33 甘い物が好きじゃないならアフタヌーンに来るな!



 4月2日。前日から始まった『桜アフタヌーンティー』を1ヶ月前から予約して、瑠璃ちゃんと来られるのを私はすごく楽しみにしていた。


 このホテルの売りである綺麗な日本庭園を眺めながら味わえるようにというホテル側からの配慮か、用意された2脚の椅子は正面で向き合うようにではなく、横並びになっている。


 これならいちいち横を向かなくても、そのまま正面に絶景があるからいいわね!


 あ、でもこれじゃあ瑠璃ちゃんの顔を見るにはいちいち横を向かなくてはいけなくなるのか。結局面倒だなあ。


 なんて、そんなことを考えていたのは少し前のことで。今はその席にはあの男・・・が腰を下ろしていた。



「……これは夢?」



 瑠璃ちゃんの代わりに『一条青葉』が私に微笑む。これを夢と言わずになんと言えばいいのだろうか。


 なんて、つい本音が1部出てしまったけれど、別にいいよね。これは私の悪夢だしね。……ははは。



「僕との出会いは夢みたいですか? そんなふうに言われると、少し照れてしまいますね」



 彼の反応がやけにリアルで、あっこれ現実だ、と私が気づくまで、そう時間を要しなかった。



「幸いにも夢ではありません。今僕と君がこうして出会ったのは現実です。僕にとっても夢みたいではありますが」



 何か素敵なことを言われている気がするけれど。ダメだ。全然私の心に入ってこない。


 これは私が彼との出会いだけでなく、彼の存在そのものや発言を受け入れられていないということだろうか。


 ……というか、どうしよう。私早速黄泉との約束を破ってしまった。



『お願いがあるんだ』

『何ですか?』

『これから先、──』



 彼の好きな人という、彼の人生において最大の秘密を打ち明けられた時。私は彼の懇願に対して迷わず頷いた。──というのに。



 ……黄泉、本当にごめん!!



 私すごく不義理なことをしている。黄泉からお願いされていたのに、これって黄泉の信頼を裏切る行為になるよね!?



「そういえば、瑠璃と仲良くして頂いているようですね。ありがとうございます。これからも仲良くしてあげてくださいね」

「……えっ、ええ。わたくし、瑠璃ちゃんとお話するの大好きですから、それは、全然、構いませんわ……ええ、それは」



 そもそも、今日はその瑠璃ちゃんと約束していたアフタヌーンだというのに。どうしてあなたがここにいるんですか?


 何度か青葉とのくだらない雑談を繰り返す内に、思考がクリアになってきた。けれど、へタレな私はそう思いはしても、彼に直接聞く勇気はない。



「瑠璃がどうしてまだ来ないのか、気になりますか?」

「……え。……ええ、とても」



 よほど顔に出ていたのか、青葉に心情を言い当てられてしまう。


 驚いて顔をあげると、やっと目が合いましたねと、また微笑まれてしまう。


 金髪碧眼の誰がどう見ても王子様にしか見えない青葉に悩殺スマイルをされたら、きっと老若男女誰もが彼に夢中になるんじゃないか?


 もちろん私だってその例外じゃない。自分の命がかかっていなければ、チョロい私なんかコロッといってたはずだ。


 うん、安易に想像出来る。絶対「青葉様かっこいいっ!」ってなってる。


 まあ、今はときめきよりも恐怖が勝っているせいで、きっと私は真っ青だろうけどね。



「心配せずとも、もう少ししたら瑠璃も来ますよ。ただ、君に直接確認したいことがあったので、瑠璃に内緒でこうして君に会いに来てしまいました」

「確認、したいこと?」

「ええ、いくつかありますが……そうですね。瑠璃が来るまでの間いくつか質問してもいいですか?」



 その問いに拒否権はなかった。




***




 予約時間になったため、ドリンクのオーダーを店員さんが聞きにくる。私は季節限定のアイスティーを。青葉はアイスコーヒーを。


 彼は甘い物が苦手らしいので、運ばれてきたアフタヌーンティーセットは私1人で食べていいらしい。何でも瑠璃ちゃんには後で新しく注文するからだと。


 ……誰かと一緒に美味しい物を共有したいから瑠璃ちゃんと来たかったというのに。甘い物が好きじゃないならアフタヌーンに来るな!


 もうこうなったらやけくそだ。今回は仕方ない。瑠璃ちゃんが来る前に1人分を食べきって、また後日仕切り直そう。


 そう決めた私がスコーンに手を伸ばすと、自分は食べないから全て食べて結構だと彼は言う。


 あら、そう? さすがに青葉が食べないからって、青葉の分まで食べてしまうのはどうかと思ったんだけどね。……まあ、食べ物に罪はないしね? 2人分食べきって早く帰りましょう。



「ではまず1点。僕達の婚約話が持ち上がったのは、互いに5歳を過ぎたタイミングでした。瑠璃もそのタイミングで君という存在を知ったはずなのに、やけに君のことについて詳しかった。君は瑠璃と面識があったんですか?」



 る、瑠璃ちゃんんんっ!!


 あなた自分がやったことは自分で片付けてくださいな! ここは適当に誤魔化しておくか……。



「いいえ、わたくしは瑠璃ちゃんとこの学園に入学して初めてお会いしましたわ。それまでは1度も会ったことはありませんでした。大方、同じ幼稚園に通う赤也からわたくしのことを聞き、子どもが絵本に出てくるお姫様に憧れを抱くように、わたくしのことも色々と思いを巡らせていたのでしょう」

「……なるほど。そうですか」



 厳密には、婚約話が出た時には私と赤也はまだ出会っていないし、その約1年後に赤也と瑠璃ちゃんは親しくなっている。


 そのため、この言い訳は事実と異なる嘘っぱちということになる。


 それに、私は瑠璃ちゃんとはバレンタインのチョコレートを購入する際に1度だけ会ったことがあるしね……。


 瑠璃ちゃんから赤也と親しくなった時期などを青葉が詳しく聞いていたら見破られる可能性があり危なかったが、なんとか誤魔化せたようだ。ふぅ、第1関門突破ね。



「確かに、瑠璃は昔から……なんと言うかその……思い込みが激しいと言いますか、あまり周りの言うことは聞かず、1人で突っ走ってしまうところがありましたからね。君の言い分は納得できます」

「…………納得して頂けたのなら良かったですわ」



 ……お、おう。

 ……瑠璃ちゃん。

 あなた、実の兄にけっっこうひどいことを言われていますよ。


 けれど、間違ったことは一切言われていないので、私も……なんと言うかそのぉ……フォローのしようがありませんわ。


 私も大好きなお兄様にこんな風に言われてたら普通にショックだなあ……。


 ううう、お兄様はこんなひどいこと言いませんよね?

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