15 だから立花雅さん。オレの婚約者になってよ




「はい、お約束の品です」



 手渡したのはあの人気店のチョコレート。


 もう一度、あの混雑に入っていくのは気が引けたけど、テイスティングをさせて貰ったらすごく美味しかったので迷わず購入した。黄泉には4個入りを。前野くんには6個入りを。お兄様とお父様には10個入りを。



「……どーも、ありがと」



 西門黄泉はものすごく不満げに受け取る。


 こんなに美味しいチョコレートを貰っておいてなんだその態度は。


 お父様を持ち出して私を脅してまでチョコをもぎ取ったくせに、一体なにがそんなに不満だというんだ。



「なんかさぁ、もっと、こう……本命に渡す恥じらいみたいなものがさぁ、キミにはないの?」



 どうやら問題はチョコではなく、私自身にあったようだ。


 そもそも義理に恥じらいなんてないからなあ。元々ないものを求められても無理ってものよ。



「そっちの! そっちのハートの缶に入ったチョコは? それのがまだ本命っぽいよ! そっちちょうだい!」

「これは赤也用ですわ」

「……キミの本命ってもしかして」

「可愛かったのでわたくしと桜子ちゃんと葵ちゃんにもこれを」

「……ああ、そう」



 赤いハートのチョコレートが食べたい。これが唯一だした赤也の希望だった。


 少しリキュールがきいているラズベリー風味の赤いハートのチョコレートにマンゴーリキュールのきいた黄色いハートのチョコレート。それぞれ3つずつ、ピンクのハートの缶に詰め合わされていて見ているだけで心躍る。


 赤也もそれでいいって言ってくれたからそれを購入したけど、男の子には可愛らしすぎたかな? ピンクのハートの缶なんて、きっと使わないわよね。桜子ちゃんと葵ちゃんはヘアゴムやバレッタを入れてくれるそうだ。私もそうしようかな。


 そのまま直接赤也に渡そうと思ったんだけど、せめて当日に渡して欲しいと頼まれてしまった。


 いつ渡しても変わらなくない? むしろ二度手間になってしまって、赤也もいやじゃないかな。


 そんなふうに心配する私をよそに、お願いだから当日にしてくれと、赤也は断固として受け取ってくれなかった。



「……本当キミって色々残念だよね」

「わたくしが残念!? ……初めて言われましたわそんなこと!」

「普通こんなに人気のある男の子に本命チョコが欲しいって言われたら期待したりしないの?」

「その発言をするあなたの方が残念だと思いますけど」



 自分で人気あるとかいうのどうかと思いますわ。それに、期待させて貰えるような素敵な言葉を頂いた記憶はこれっぽっちもございませんが。



「……詐欺だ。深窓の令嬢を具現化したような麗しい女の子だって聞いてたのに……」



 聞いていた、と西門黄泉は言う。この反応に少しだけ既視感を覚える。ああ、そうだ。あの時だ。



「そういえば」



 そう、白川くんと黄泉と初めて会話したあの日。



「前に言ってたじゃないですか、あの『立花雅』さんかって」



 あの時私は黄泉が私のことを知っているのは、きっと葵ちゃんが白川くんにした私の話を黄泉も聞いていたからだと思ったんだ。


 けれど、後々聞いてみたら葵ちゃんは白川くんに私の名前を出したことは1度もないと言っていた。


 だとすれば、一体誰が?


 私の家はそれなりに富も権力もあるので、名前を名乗る度にあの・・『立花家』のご令嬢かと驚かれる。けれどもあの時は違った。



『へえー、キミがあの『立花雅』さんかぁ』



 そうよ、確かにそう言った。黄泉は、私にあの『立花雅』かと言ったんだ。立花家ではなく、私自身に驚いていた。


 まるで誰かから私自身のことを聞いているみたいな口ぶり。


 だからいつもとは違う違和感があったんだ。



「そうだっけ~」

「言ってましたよ」



 覚えているくせに、絶対わざととぼけてる。



「誰かからわたくしのこと聞いてたんですか? もしかして、お父様がまた何か……」



 お父様ならありえる。私が大人しいとか恥ずかしがり屋だとか、あることないこと黄泉に吹き込んでいそうだもの。でも白川くんはお父様とは面識はなかったはずだ。



「──青葉」

「え、」



 まさか出るとは思わなかったその名前に、思わず表情が強ばる。


 どうして、黄泉から『一条青葉』の名が。


 ゲームでは2人には接点はなかった。そのはずだ。何度も何度も青葉のルートを攻略したが、たったの1度だって彼の名前は出てこなかった。なのに、どうして。



「だからね、青葉から聞いてたんだ」



 混乱する私に、黄泉は追い討ちをかけるようにそう述べる。素敵な笑顔とともに。



「キミはいずれ青葉の婚約者になるべき人なんだって」

「……『一条青葉』が?」



 私に山ほど婚約話が持ち上がっているのと同様に、青葉にだって婚約話があるはずだ。立花家ほどとはいかなくてもそれなりの家柄の可愛らしい女の子達と何度も顔合わせだってしたことだろう。


 なのに何故、最終的に婚約者になる相手を私だと言い切れるのか。



「な、なんですかそれ。まるでそうなることが確定事項みたいに……」

「本当にね。未来なんてどうなるかわからないのに。だから気になってたんだぁ~……あの青葉が気になってるご令嬢はどんな子なんだろう、って」



 未来なんてわからないと彼はいうけれど、私は正しい世界を知っている。


 私と赤也は姉弟のように過ごして、互いに依存し合う。青葉はそんな雅の初恋の相手で、将来を誓い合った婚約者。これが本来あるべき世界なのだ。



 それを、前世の記憶がある私は知っている・・・・・のだ。



 もしかして、『一条青葉』もそうなんじゃないだろうか。私のように前世の記憶があって、だからこそ断言できるんじゃないだろうか。



 私は、ほとんど確信のようにそう思った。



 彼が転生者であってもそうでなくとも、少なくとも、青葉は何か知っていると。



「一条くんと、お知り合いだったんですね」

「うん、オレと青葉と梓は、みんな同じ幼稚園だったからね」



 なるほど、だから黄泉は白川くんと親しいのか。そして、白川くんも青葉から話を聞いていたから私のことを知っていたのか。



「話に聞いていたのとは違って、随分変な人だったけど……まあいいや」



 今なんだかひどいことを言われた気がする。小さな声だったからよく聞こえなかったけど。私の気のせいかしら。



「……オレはね、この婚約を阻止したいんだよ」



 ぐいっと、さっきよりも距離を詰められる。近くでみると確かに綺麗な顔をしていると思う。人気があると自称するだけのことはある。



「だから立花雅さん。オレの婚約者になってよ」



 私の顎をくいっとやる所作があまりに綺麗で、思わず見とれてしまった。


 迫られているこの状況にも関わらず、この時の私は、ああ、これが世に言う顎クイかあ、なんて呑気なことを考えていた。


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