16 姉さんの想像力は相変わらず豊かだね……
「……さん、……姉さん!」
自分を呼ぶその声に気がついたのは、おそらく何度も何度も呼ばれてからだ。赤也の少しいじけた顔がそれを物語っている。
「僕の話聞いてた?」
「ごめんなさい、赤也がお兄様に憧れて麗氷男子にした話でしたっけ?」
「いや、それはその前の話。今話してたのは、僕の友人に姉さんのファンがいるって話」
「あら、わたくしの?」
どうやら話は随分先へと進んでいたようだった。それだけ自分は放心状態だったということだろう。
「最近姉さんぼーっとしすぎ。何か気になることでもあるの?」
「気になること…………そうね、気になる人ならいるわ」
「えっ」
私があげたバレンタインのお返しにと、せっかく赤也から誘って貰ったホテルのアフタヌーンの紅茶が冷めてしまっている。
新しく頼めばいいものを、元庶民で貧乏性な私は勿体なくて嫌々口に含む。
紅茶に浮かんだスライスされたレモンを見て、名前に『黄』のつく彼のことが思い浮かんだ。
そういえば彼はホワイトデーのお返しに生マシュマロをくれた。手のひらサイズの普通のマシュマロよりもだいぶ大きなマシュマロ。1つ1つ丁寧に作られているふわふわとしたそれは、口に含むとしゅわっと溶けた。
今まで食べていたマシュマロはなんだったのかと思うほど滑らかな口溶けに、夢中で食べ切ってしまったのは記憶に新しい。
私の好みを知らないのなら、素直にプレーンを買ってきてくだされば良かったのに、そこで自分の好きな味だからという理由だけでレモン味をチョイスしたのはあの人らしいといえばあの人らしい選択だ。
あいにく私はレモンも好きだったので良かったものの、もし嫌いだったらどうするつもりだったのだろう。
きっとどうもしないんだろうな。そんなこと考えてくれる優しさがあればそもそも私の好みを聞いてくれていたはずだもの。
ゲームの『西門黄泉』がどのような人物だったのか覚えていないけれど、私の知る『西門黄泉』は自己中心的で自分勝手で思いやりの欠片もない人物だ。まるでどこかのガキ大将だ。容姿が綺麗な分、彼よりタチが悪いかもしれない。
──そんな思いやりの欠片もない彼、『西門黄泉』のことが私は今とても気になっていた。
***
「この状況で顔色1つ変えないなんて、立花さん本当に女の子?」
「……本当に失礼ですわね。だってあなたはわたくしに何もしないもの」
「どうしてそう思うの?」
「西門くんは別にわたくしに興味があるわけじゃないですし」
「そんなことないよ。興味がない人と婚約したいなんて思わないでしょう?」
黄泉はそういうけれど、私だってそこまで鈍くないつもりだ。他人に好意を寄せられているかどうかくらいわかる。
彼は私に婚約をしようとばかり言うけれど、私にはそれが
私のことなんか興味もないけれど、どうしても婚約だけはしたい。そんなふうに思えるのだ。
つまり彼は私のことなんて露ほども興味なんてないのだ。
「……どうして、この婚約を阻止したいんですか?」
私と青葉が婚約しようがしまいが、この男──『西門黄泉』には何の影響もないだろうに。
「……うーん、そうだなあ」
ようやく離れてくれた。私にはその手の色仕掛けは通用しないとわかったのだろう。
「強いていえば、好きだからかな」
「……はぁ?」
黄泉のふざけた言動に、思わず令嬢らしからぬ声を出してしまった。
すぐさまからかわれたのだと理解した私は、文句を言ってやろうとしたけれど、そう言った彼の瞳が酷く切なく真剣で、文句なんてどこかに吹き飛んでしまった。
あの時の黄泉を思い出す。切羽詰まった辛い表情。おそらく私には言うつもりのなかった本音。そう、彼はきっと。
***
「きっと恋をしているのね」
さんざん私に婚約を迫る黄泉が迷惑で鬱陶しかったし、同じだけ苦手だった。
彼は本心が見えなくて、何を考えているのかわからない。少しだけ不気味な存在。
だけど、あの時は一瞬だけ彼の本心が見えた気がした。
きっと黄泉は誰か好きな人がいるんだろう。理由はわからないけれど、その人のために私と青葉の婚約を阻止したいんだ。
「……相手は? ちゃんとした相手じゃないと僕は認めないよ」
「さあ? どんな相手かしらね。でもきっと素敵な方だわ」
どうして黄泉の好きな人に対して赤也がここまで口を出すのだろうか。
心配しなくてもあの『西門黄泉』の好きな人だ。
きっと作中のヒロインくらい人間的魅力のある人なんだろう。
ああ、想像したら相手が気になってきたわ。
「……ん? 姉さんの好きな相手だよね? 何でそんな他人事なの?」
「いやだわ、違うわよ。西門くんのお相手よ」
噛み合わないと思ったら、赤也は私の好きな人と勘違いしていたのか。残念ながら私にはまだそんな人いませんよ。
「ああ、姉さんにしつこく付きまとってるっていうあの西門さんね」
「そんな言い方良くないわ。確かにあの方は何を考えているのかよくわからないし、自分のルックスに自信をお持ちで、忘れ物の多い面倒くさい方だけど」
「……いや、僕はそこまでは言ってないからね?」
「でも、お相手のことを好きだと言う彼の眼差しは真剣そのもので、本当にお相手のことが好きなんだって伝わってきたわ」
好きになったきっかけは? 2人の出会いは?
前世では青葉と赤也しかプレイしていない私は黄泉のストーリーなど知るはずもなく、同時期にプレイしていた友人は全キャラ攻略していたはずだが、黄泉のことをなんて言っていただろうか。
ああ、ダメだ。全然思い出せない。でも確か彼女は黄泉よりも好きなキャラがいて、その人に夢中だったはずだ。
黄泉に関係ないことは思い出すのに、彼に関する記憶が全くと言っていいほどない。ここまでくると逆に気になってくる。
「あぁ、すごく気になるわ! あの『西門黄泉』が一体誰を好きなのか!」
「……気になるって、そういう意味のか」
赤也が何か安心したようにほっと胸をなでおろしていた。先程までの不機嫌がなおったみたい。良かった良かった。
「……でも確かに変だよね。好きな人がいるんだったら手っ取り早くその人と婚約しちゃえばいいのに」
「わたくしもそれは不思議だったの」
私と青葉の婚約阻止なんて回りくどいことせずに、さっさとその人と婚約してしまえばいいのにと思わずにはいられない。
『西門黄泉』ならそれくらい楽勝だろう。家柄的にも、容姿的にも。残念なのは性格だけで、それをカバー出来る要素が2つもあるのだから。
それともそう出来ない理由があるのだろうか。
「もしかして禁断の恋なのでは?」
「はあ?」
また始まったと赤也が呆れた顔をしていたけど、気にしないことにする。
「決して好きになってはいけない相手なのよ! 身分違いの恋とか! ううん、もしかしたら既に婚約者がいる方とか!」
「姉さんの想像力は相変わらず豊かだね……」
少し突飛な妄想だったとは思うが、この展開韓国ドラマにはよくあるんだよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます