6 立花優




 僕には妹がいる。それも6歳も年の離れた、僕によく似た顔の妹が。




「なんか意外だよなあ~」

「何が?」

「立花ってお兄ちゃんって感じより1人っ子って感じだもん」



 それはちょっとわかる。



 実際僕は妹と余り話したことがないし、食事時しか会わない。習い事はきちんと通ってるみたいだけど、それ以外ではめったに外出しない。


 産まれてすぐはよく笑っていたような気もするけれど、今は常に無表情でまるでお人形さんみたいだ。血のかよってないのかっていうくらい真っ白い肌に、なまじ整った顔をしてるから、よりそう思ってしまうのかもしれない。


 まぁ、何を考えているかわからない彼女が僕は少しだけ苦手で、1人っ子って言われた方がしっくりきていた。




***




 最近妹がおかしい。


 原因はわかっている。妹が5歳の誕生日に熱を出した。それも相当な高熱を。熱を出してから人が変わったようにおかしくなった。もちろん、いい意味で。


 今まで病気という病気をしてこなかった妹が突然倒れたもんだから、両親は大慌て。過保護だなあなんて、最初は気にもとめてなかった僕だけど、さすがに1週間近く寝込まれたら心配にもなる。



「雅、入るよ?」



 返事なんてないのはわかっているけど、一応声はかける。妹の部屋は思ったよりも可愛らしくて、どこのお姫様だよと内心ツッコんでしまった。このパステルピンクとヒラヒラしたレースをあしらった内装は母の趣味か?


「……し、て……が……」

「……雅! 起きたのか!?」

「どう、して、わた、しが……『立花雅』な、の」


 うーん、うーんと、うなされながら妹は苦しそうで。……まだ寝ぼけてるのかな? どうしてって、僕は自分が『立花優』であることなんて考えたこともなかったよ。どうやら僕の妹は少し変わっているらしい。



 心配だからそっと妹の手を握ったらぎゅっと握り返された。



 それからも『立花雅』になんかなりたくなかったとか、死にたくないとか、ぶつぶつ言っていた。



 自分と『立花雅』を別人みたいに扱うなんて、少しどころかかなり変わってる子のようだ。妹よ。お前は『立花雅』本人なんだよ?



 そんな妹が不謹慎にも可愛らしくて、初めて人間なんだなって実感した。


「……優、起きなさい」

「……んん」

「ふふ、いつの間にそんなに仲良くなったの?」


 目が覚めたら両親が傍にいた。


 どうやらあのまま眠ってしまった僕は両親と妹の部屋で鉢合わせしてしまったらしい。


 お母様は絶対僕のことをからかうだろうから、わざと2人がいない時間に訪れたのに……。頻繁に妹の様子を見に帰ってくるから今回もそうなのだろう。


「こんな所で寝たら、風邪をひくわ。……貴方まで倒れてしまったら、お母様もう生きていけないわっ!」

「……ごめんね、お母様」


 目に涙を溜めてお母様は僕を抱きしめる。いつも身綺麗にしているお母様が今日は少しだけ髪もボサボサで化粧も崩れている。


 妹だけでも2人はこんなにやつれてしまったんだ、僕まで倒れたら死んでしまうんじゃないかな。せめて僕だけでも体調を崩さないように部屋で休もう。


 そう思って立ち上がろうとしたら、雅の声がした。


「……ここは? あれ、わたくし……」

「雅っ!!」

「雅ちゃんっ!!」

「意識が戻ったんだね! 誰か! 医者を呼べ!」

「……おにいさまにおかあさま? それにおとうさまも」


 妹が目覚めたことで家中大騒ぎ。まだ状況を読み込めていないのか、妹はきょとんとしている。


 妹が目覚めたことが嬉しくって、つい抱きしめてしまった僕に、少しだけ驚いていたけど、妹は抱きしめ返してくれた。


 そんな僕らを包み込むように両親が抱きしめた。妹は苦しそうだったけど、幸せそうだった。


 久しぶりに見た妹の笑顔はものすごく可愛くて、胸がきゅっとなった。ああ、僕の妹ってこんなに可愛かったんだな。






 なーんてことがあったのがついこの前で。



 あれ以来妹は人が変わったかのようにいっつもヘラヘラしてる。お兄様、お兄様、とパタパタ駆け寄って抱きついてくれるのは嬉しいんだけど、貴重な笑顔もこう毎日見てると感動も薄れてくる。まあ、前みたいに無表情よりはいいんだけど。


「お兄様っ! 一緒にテレビみましょ!」

「うん、いいよ。何をみるの?」

「韓国ドラマです! お手伝いさんに頼んで録画して貰いましたの!」


 韓国ドラマって。おいおい妹よ。5歳児にこんなドロドロした話がわかるのか? 僕の心配を他所に、妹は思いっきり韓国ドラマを楽しんでいた。


 家庭教師によれば、妹は真面目で勉強もかなり出来るらしい。それによく周りを見ていて、感情の機微に敏感らしいが、それを韓国ドラマに使うのは優秀な脳味噌の無駄遣いな気がする。


 さっきから出てくる人達は財閥やら跡継ぎやらで揉めていて、主人公はイケメン全員から好かれるという非現実的なストーリー。


 ……こんなの共感する人いるのか。と思って妹の方をちらりと覗き見る。



 な、泣いてる!! あの妹が!! こんなチープなドラマで!!


 この前から妹は表情がころころ変わって、よく言えば年相応に、悪く言えば少しアホになった。


 ……妹には恋愛ドラマなんか早いんじゃないかと思ったけど。女の子だもんな、ヒロインに感情移入くらいしちゃうよな。うんうんと、勝手に納得した僕のことなんか忘れてのめり込んでる。


「……悪役令嬢、可哀想……うっ、ひっく」



 そっちか!! 当て馬の方か!!



 どうやら妹が感情移入しているのはヒロインではなくそのライバルで彼女の恋路を邪魔する我が儘お嬢様の方だった。


 ……我が妹ながら、ますます理解出来ない。本当変わってるよなあ。 普通女の子って主人公に感情移入するもんじゃないの?


 妹曰く、昔から一途に思い続けていた初恋の婚約者をこんなぽっと出の女に取られるのが可哀想なんだと。そこまで思ってくれるなんて、脚本家さんも脚本冥利につきるんじゃないかな?


 雅は優しいねと頭を撫でたら、えへへと喜んでいた。うん、可愛い。単純なとこが、すごく可愛い。


 両親はまだ妹の中身が残念なことに気づいていない。感情表現が豊かになったなくらいにしか思っていないみたいだ。妹は僕にも隠しているようだけど、ところどころ隠しきれていないよ。詰めが甘いね。


「悪役令嬢って?」

「……えっとぉ……主人公をいじめる裕福なお嬢様、かな?」

「へえ、そうなんだ。何だかひどいことする人だね」

「…………」


 おや、急に目が泳ぎだしたぞ? 以前と比べてヘラヘラするようになった分、焦った時もものすごく顔に出るようになった。え、僕今何か余計なこと言った?


 全部見終わったら涙目でわたくしは悪役令嬢になんかなりませんからねっ! と訴えてきた。え、だから何の話?




***




「最近立花楽しそうだな」

「そう?」


 自分ではそんなに変わったつもりはないけど。僕よりも妹のが急変したよな。


 この前もお菓子作りを失敗して泣きべそかいてたっけ。成功するまで作り続けたら太っちゃったらしい。


 両親は失敗したのは捨てていいと言ったのだけど、もったいないからって全部食べてた。


 僕も手伝ってあげようとしたんだけど、お兄様はこっちを食べて下さいと成功したのだけくれた。


 馬鹿だよね。せっかく成功したのにほとんど食べられないなんて。思い出したらまた笑えてきた。


「立花、今妹ちゃんのこと考えてただろ」

「よくわかったね」

「わかるよ。最近お前妹ちゃんのことしか話さないし、妹ちゃんのこと考えてる時ニヤニヤしてるからわかりやすいんだよ」



 ニヤニヤとは失礼な! してないよ、確かに妹は面白いけどさ。



「まあ、いいんじゃないの? お兄ちゃんっぽくなったよな、お前」

「……うん、僕もそう思う」


 以前は実感なんて湧かなかったけれど、妹がいるってこういうことなんだなって、雅といる度実感する。


 自分でもびっくりするくらい妹の前ではお兄ちゃんらしく振る舞っている。


 あんなつぶらな瞳でお兄様すごいですっ!なんて言われたら、かっこつけたくなるよね? だからシスコンじゃないってば!!


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