4 お、お兄様ああ~~~!!
お嬢様は案外忙しい。
茶道に華道、家庭教師、ピアノやバイオリン。様々な習い事をこなしながらの生活は充実しているし、常に何か予定を入れて忙しくしていたい私としては有難いと言えば有難いのだけど。たまには幼稚園に通う友人と遊びに行きたい。
前世でのそんな昔の記憶は曖昧だが、もう少し頻繁に遊んでいたはずだ。今はせいぜい月に1度予定があえば、といった感じだ。
そりゃそうよね、私がこんなに忙しいということは、他のご令嬢達も忙しいわよね。だけど私達まだ5歳よ? こんなに忙しいのなら息が詰まってしまわないか心配だ。
私は精神年齢が高いからこれくらい全然苦じゃないけれど、
息抜きがてらに、今度2人の好きなお菓子でもプレゼントしようかなと幼稚園での友人達のことを考えていたら、乗っていた車が走り出した。いつものように景色を眺める。
「あら、今日は道が違うのね」
「はい、着いてからのお楽しみでございます」
そういえば、今日のドライバーさんはお兄様の専属の人だ。珍しいこともあるもんだ。
立花家ほどになると家族1人1人に様々な専属の人が着く。別にお迎えくらいお兄様と一緒の車でいいんだけどね。お金ももったいないし。お父様は周りの目を気にしてちゃんとしてるけど、前世では元庶民の私からすると無駄だなあ〜って感じ。
いつも私のドライバーをしてくれるおじさんはとっても寡黙で、「はい」か「そうですか」しか話してくれない。だけど、くだらない私の話を毎回真剣に聞いてくれて、私でも覚えていなかったようなこともずっと忘れずに覚えていてくれたり、すごく優しい人なのだ。
今日のドライバーさんはどちらかと言ったら話上手で、人見知りの私も彼の笑顔とトーク術に、すぐにリラックスできた。
うん、なんかお兄様のドライバーさん、って感じ。私のドライバーさんと足して2で割ったらちょうどいいかもね。なんて、少し失礼なことを考えて思わず笑ってしまった。
「わざわざごめんね、雅」
「……お兄様!」
「うん、サプライズのつもりだったんだけど、どうかな?」
「とっても驚きましたよ……」
じゃあ成功だね、とお兄様は微笑む。お父様といいお兄様といい、うちの家族はどうしていつも突然なんだ。
「雅、前にここ行きたいって言ってたんでしょ?」
「よく知ってますね? わたくしお兄様に言いましたっけ?」
笑顔で誤魔化すところは本当に兄妹なんだと実感する。
確かにここは以前行きたいと誰かに話した気がする。どうせ行くことなんて出来ないのだから、私は余りそういったことを口にしない。……そういえば、『立花雅』も口数は多い方ではなかったけど、もしかして私と同じ理由かしら。
「ここのカフェ、すごく行きたかったんです。お兄様ありがとうございます」
「どういたしまして。さあ、お手をどうぞ」
お、お兄様っ!!
気分はまるでお姫様。お兄様、まだ小学生なのにこんな素敵なエスコートが出来るなんて、さすがすぎます! 思わず私は実の兄にときめいていた。
黒髪サラサラストレートヘアの日本人形みたいな純和風顔の私と比べて、お兄様はどこかのお城から来た王子様みたいな見た目をしている。本当に兄妹って思うくらい顔は似てるのに
お兄様に連れられてお店の奥へと突き進む。案内されたのは私達2人が過ごすにはちょうどいい個室。おお、これがVIP待遇か。さすが立花家。
「う〜ん、何にしようかしら?」
「もう注文してあるんだ、もちろん雅の分もね」
え、えええ~! 迷う楽しみだってあるのに! お兄様、それはさすがにワンマンすぎる!
せっかくのお姫様気分もお兄様のワンマンプレイのせいで台無しだ。私の好みを家族であるお兄様はもちろんご存じだろうけど、私にだってその日の気分とかあるんだ。いちごのショートケーキ、アンタンス、イスパハンだって! 選ぶ楽しみをとられた私は少しむくれる。
「お待たせ致しました」
「わ、わぁぁぁ〜!!」
「ふふ、喜んでくれた?」
運ばれてきたのはミニケーキセット。真っ白い正方形のお皿の上にちょこんと盛り付けてある。まるで宝石箱みたい。どれも違う種類のケーキ。それに私の大好きなピスタチオのマカロンもある。20種類はあるよね、もしかしてこのお店のケーキ全種類あるのかな?
「本当は全種類にしようかなって思ったんだけどね、雅は黒ごまやコーヒーはあまり好きじゃないし、これでも雅の好きなのを厳選したんだ」
「え、お兄様が?」
「うん、そうだよ」
お、お兄様ああ~~~!!
結果こんなに多くなっちゃったんだけどねと申し訳なさそうなお兄様に嬉しいですと元気に返す。
小学生でこの気遣いにサプライズ。本当に小学生ですか、お兄様。我が兄ながら将来有望すぎます。さっきまでワンマンとか言ってすみませんでした。お兄様大好きですっ!
私の細かい好みまできちんと把握して胡麻やコーヒー系のケーキを抜いてくれたんだ、それだけで私は満たされてお腹いっぱいだよ。
「……お兄様、ありがとうございます」
「雅、最近なんだか元気なかったみたいだからさ……悩んでいるのなら、何でもお兄様に相談していいんだよ」
元気がないなんて、そんなつもりなかったけれど。もしかしたらそうなのかもしれない。自分でも無意識の内に色んなこと悩んでたのかもしれない。うん、確かに、……私悩んでたわ。
あの日から毎週遊びに来る『有栖川赤也』への対応を。
あれからもう数ヶ月は経った。確実に私の体調は回復しているし、それを彼だってわかっている。それを全て理解した上で私はもう来なくていいとは言わない。いや、言えなかった。
関わらないと私が決めてもあちらから来られたら、無下にはできないし。それに、あれだけ慕ってくれる天使に少なからず情が芽生え始めてしまっているのも事実で。
時々寂しそうにお父様を見つめる彼をどうにかしてあげたかった──。
「せっかくですから半分こにしましょうか」
「全部雅が食べていいのに」
「お兄様だって甘い物お好きじゃないですか。それにわたくし1人でこの量は食べ切れませんよ」
このケーキみたいに、独りで抱えきれないことも、誰かと半分こすれば抱えきれるかしら。お兄様なら、一緒に抱えて下さるかな?
そういえば、こうして兄妹2人で話すのは初めてかもしれない。記憶を思い出す前まではほとんど関わりがなかったから。私が倒れてからよく話すようになったんだよね。
きっと忙しい中、わざわざ私のために時間をさいて下さったんだ。私があれだけ多忙なんだ、お兄様なんて私の比じゃないはず。ふふ、嬉しいなぁ、私もし『立花雅』じゃなかったら絶対お兄様に恋してたと思うわ。まあ、きっと妹だから特別優しいとは思うんだけどね。こんなことされたら誰だってときめいてしまうよ。
「……雅の話を聞かせてくれるならいいよ」
お兄様の問いには返事をしなかったから、話す気はないと勘違いされたようだ。むぅっと、少しむくれている頬。これじゃあどっちが年上かわからない。赤也少年といい、お兄様といい、本当に可愛らしいなあ……。
「ええ、聞いて下さい、お兄様。わたくし、お兄様に話したいんです」
まあ、精神年齢的に前世を含めて私のが圧倒的に年上なんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます