第七節 秋の高い空の下、貴方を求める

次の日、わたしはベッドで目が覚めた。

身体が今までにないくらい軽く、スッキリしていた。


あれ、昨日、千年樹のところで意識がなくなってから

どうなったんだっけ。


思い出せない。

エオニオスの加護に当てられて…錯乱して…

彼の話を聞いたら、いたたまれなくなって…。


そこで限界だったのだろうか。


着替えながら昨日の回想をする。

うーん…だめだ。思い出せない。


その時ノックが響いた。

「ウルキア、おは…」

「あ、」


エオニオスは呆然。

ブラウスを着ている途中の私も、呆然。


はっと我に返ってエオニオスは扉を閉める。

「ごめん!見るつもりはなくて!!」


「だ、大丈夫!大丈夫!気にしないで!!」


着替えを急いで済ませ、部屋の中に招いた。


「ごめんね、ノックの返事を待てば良かった。 

 昨日のことが気になって、気が急いてしまった。」


わたしは恥ずかしさの余り、

顔が真っ赤のままで受け答えをする。

さっきのことも、昨日のこともあり、

目が合わせられない……。


「気にしないで……。

 わたしも起きるのが遅かったから……。

 あと、昨日は、……ごめんなさい。」


「いいんだ。むしろ感謝してるんだ。

 私は今まであんな風に語り合える人がいなかったから

 すごく嬉しかったんだ。


 それに君がおかしくなったのは私のせいだから、

 どちらかという私の方がごめん、なんだ」


彼は、罪悪感に駆られた優しい瞳で

わたしを凝視みつめていた。


「……そうしたら、今回のことは

 おあいこにしませんか??

 良いことも悪いことも、

 お互いし合ったから、お互い様ということで。

 どうかしら?」


安心させようと微笑むと

その提案が気に入ったようで彼も優しく微笑んだ。


「是非!ウルキアさえ、よかったらそれで!

 あ、ねぇ、ウルキア……。

 そこで、一つお願いなんだけど……」


「なんでしょう?わたしにできることならー…」

「ウルキアじゃないとだめなんだ!


 えっと……


 あの……」


こんなしどろもどろなエオニオス、初めて見る。

言いにくいことなのかしら。


「どうしたの?なんでも言ってくれていいわよ?」



「あ、ありがとう……!


 あの……!


 …………友達になってくれない、かな」


「……へ??」


「いや、かな……?

 ここに滞在している間だけでもいいんだ…」


「いえ、嫌なことなんてないけど……。


 ……ねぇ、エオニオスさん。

 友達って期間限定でなるものではないと思うの。


 お互いが望む限り、友達でいいと思いますよ」


不器用なだな、この人。

あ、でもそれは、わたしも人のこと言えないか。


「ウルキア…それじゃ……」


「これからよろしくね、エオニオス」


「言葉もラフでいいよね?」と添えつつ

友達の作り方に慣れない不器用な彼に

立ち上がって手を差し伸べる。


友達として受け入れられたのが嬉しいのか、

呼び捨てが嬉しかったのか、

彼は目を輝かせて、

お礼と共にわたしの腹部めがけて抱きついてきた。


「うひゃぁ!!!」


「ありがとう……、ありがとう……っ!!」


どこか震えるように、でも逃さないように

彼はぎゅっとわたしを抱きしめた。

離れがたく、わたしもそっと彼の頭を撫でた。


この人…不器用すぎるよね…。

できないことはないし、性格も悪くない。

人を蔑むこともないし、意地悪もしない。


でも、自分の扱いだけは雑っぽいし、

感情にいたっては制御効かない感じがする……。

わたしも結構ウジウジしてこじらせているけど、

そのレベルじゃない気がする。


育ってきた環境が酷かったんだろうと思うと

切なくなった。


撫でた髪は

絹のようにサラサラで、

宝石を糸にしたように綺麗。


「いちいち謝らなくていいよ。

 嫌な時はちゃんとうから自由に接していいよ。

 友達だもん」

 

わたしを見上げて彼は目を細めて嬉しそうに笑った。


こんな純粋で綺麗な笑顔をわたしは知らない。

これから先、

貴方の笑顔がどうか、絶えませんように。




***



あの日からエオニオスは前よりも

わたしといる事が増えた。


おかみさんは嬉しそうに見守っており、

なんだかくすぐったかった。


ちなみに、あの日のことは

エオニオスがうまく説明してくれていた。

買い出しの途中体調が悪くなって倒れたのを

偶然居合わせた彼が運んだ、というものだった。


「おかみさん、エオニオスとは

 そういうんじゃないからね。」


「そういうのって、なんだい?

 わたしゃ、なんとも思ってないよ。

 あぁー、春だねぇ、と思ってるくらいさ」


やっぱり勘違いしてる……。


「もう…。違うよ。彼はね。

 友達なんだ。」


「へ??

 あんたたち……あぁーさいや、なんでもない。

 まぁ、時間の問題だと思うけどねぇ。


 あんた達さ、いい顔になったよ。

 私はそれが嬉しいんだわ。

 だから、見守らせてもらうよ」


おかみさんはちょっとニヤついた顔で

仕事に戻っていった。


なんだか恥ずかしい。

とりあえず、わたしも仕事にもどらないと。


今日は仕込み当番だね。


「まずは野菜を切っていきますかぁ」


野菜に手をかけ始めたところで

2階からエオニオスが降りてくる。


「おはよ、ウルキア。今日は何をするの??」


「今日は仕込みだよ」


エオニオスは用事がない時以外は

宿の仕事を手伝ってくれた。


そんなに気を使わなくていいよといったら

「色んなことが新鮮だし、やりたいんだ。

 それに早く終わったらその分、一緒にいれるでしょ?」と、

あの顔面をキラキラさせながら答えてきたのだった。


いや、どう考えてもあの美貌で

あの笑顔で言われたら断れないよねぇ。


あの笑顔をさぁ、

曇らすとかさぁ、罪悪感過ぎて断れないよねぇ。



そんな訳で今日も隣で

わたしの仕事の手伝いをしている。


彼は本当になんでもできる。

野菜の切り方、包丁の扱い方、教えたらなんでも

手早くサクッとできてしまう。


いや、もう本当。ハイスペック過ぎん??


でもそうやって出来るように仕込まれたり、

彼自身も努力してきた可能性もある。

だとすると、なんて切ない…。


「エオニオス、あのね。

 貴方がなんでもこなしてくれるおかげで、

 わたしの仕事、すごく楽になってるよ。

 本当に、ありがとうね」


彼は一瞬だけキョトンとした顔をした後、

ぱーっ!!と笑顔が輝いた。


ま、眩しい…、とりあえず喜んでくれて良かった。

うーん、今のを喜んだってことは、

やっぱり、みんなの為に頑張って

色んなことをしてきたけど、

感謝とかされなかったって感じなのかな。


搾取されたって言ってたもんね…。

与える側で在り続けて、

与えられる事はなく、

それを拒否する事も許されない。


そんな事されたら、哀しいよね。


わたしは感謝とか彼に対する色んなことを

ちゃんと伝えていこうと心に決めた。



***


仕込みの後、

わたし達は裏庭のベンチでお昼休憩を取ることにした。

お昼ご飯のサンドイッチを平らげて

一休みしていると、エオニオスが質問をしてきた。


「ねぇ、ウルキア。

 ……ウルキアのこと、知りたいって言ったら怒る?」


「あの日のことだよね。なにも、怒らないよ。

 つまらない話だけどいい?」


エオニオスは頷く。

わたしは頷き返し、

大きく息を吸い込んでから語り始める。


おかみさんから聞いていたことを交え、

千年樹の所に捨てられていた子供である事、

そこでおかみさんに拾われた事、

おかみさんはその前に夫と子供を亡くしている事など、

知っていることを全て話した。


「おかみさんはね、本当に愛してくれるの。

 でもね、わたしの中では上手く納得できなくて。

 

 本当の家族ってどういうものなんだろうとか。

 どうして……捨てられたんだろかとか。

 色々考えちゃって。


 愛してもらっているけど、

 なんか埋まらない感じがあって……。


 可笑しい話なんだけど、自分でもね、

 何が本当に欲しいのか、

 はっきりと分かってないの。

 ただ、"一番"が欲しいのかなぁって最近思う。

 "一番"ってなんか良いなぁって。

 

 そういうのがさ、欲しくて欲しくて。

 羨ましいなって。


 ねぇ。誰かの一番になれたら、満たされるのかな」


「ウルキア……」


「……ね。つまらない話でしょ?」


本当にくだらない話なのだ。

"自分だけ辛い"みたいな顔して陰鬱としてこじらせて。

それが分かっていても辛いと塞ぎ込んでしまう

自分が歯痒い。


「はぁ……」


見上げた空は高くて、

どこかで鳥が泣いている声がする。

今日も世界はこんなに綺麗なのに、

わたしたちだけ取り残されているみたい。


「ねぇ、エオニオス、


 欲しいモノが探しても探しても見つからない時って、

 どこを探せばいいんだろうね。


 気持ちのやり場がない時は、

 どうすればいいんだろうね」


改めて意識するとなんだか虚しいなぁ。

自然と涙ぐんでしまう。


「なんで、わたし、捨てられちゃったんだろう。

 あんなにさぁ、お腹痛めて、子供って産むんだよ?

 そんなに辛い思いしてまで産んだのに、

 なんで、捨てちゃったんだろう……。

 それくらい、憎かったのかなぁ…………。

 要らなかったのかなぁ……っ」


涙がこぼれそうで拭う。

涙がついた手が風に撫でられ、冷たさに覆われる。


そんな冷えたわたしの手を

エオニオスがそっと握った。

温かく、優しい体温が伝わる。


「あったかいなぁ……。

 捨てられていなかったら、

 父や母にこうやって手を握ってもらえ--……」


エオニオスは繋いだ手を引き寄せて

わたしを強く抱きしめた。


「満たされる相手が見つかるまで、

 私じゃ、だめだろうか……。


 凍える君の手を安心するまで温める。

 身体が寒ければ、苦しいくらい抱きしめる。


 私にウルキアは必要だ。

 君は、要らない子なんかじゃない……。

 ……私にとって唯一の存在なんだ」


「エオ、ニオス……」


わたしは彼の背中に手を回し抱きしめ返した。


エオニオスは今まで、独りだったから

わたしが一番なだけだと分かっている。

恋愛も友愛も関係なく、

傍にいるのが、わたしだけだから、

わたしが一番と思っているのだと。


それなのに、この手を拒むことはできなかった。


どうか彼にとっての一番が変わりませんようにと、

酷いことをこいねがう。


そんなことを考えているなんて知らない彼は

優しくわたしの涙を拭き取り、額にキスをした。


まるで誓いを立てるかの様だった。




***




あれから、わたしが落ち着いた後に

エオニオスは用事があるという事で

出かけてしまった。


そしてわたしは宿の仕事をおかみさんと捌き、

夜を迎えていた。



そういえば……まだエオニオスが帰ってきてない。

だいぶ外が暗いけど大丈夫だろうか。


そう思った時だった。

扉が開いてだれかが帰ってきたような音がした。

きっとエオニオスだ!扉まで小走りで迎えに行く。


「おかえりなーー…」


え……。





そこに立っていたのは血まみれのエオニオスだった。

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