第六節-裏拍 君は私のもの

私は世界に産み落とされた原初の神だった。

神全てを統べる者。


そして、全てを持っていない者だった。


私の後に誕生した神々は

私を羨み、慈しみ、敬愛を捧げた。


けど、心は孤独だった。

皆の愛は原初の神への愛であり、

エオニオスに対するのものではない。


そして、柔らかな敬愛は、

いつしか見えない凶器となり、

私は少しずつ殺されていった。


そう。

私は原初の神として、

万能を当たり前のように求められた。

いかなる時も、いかなる場合でも。


それに応える様に創られたわたしは勿論、

当然のように、全てをこなす日々。

ミスは許されない。

それをやんわりと強要してくる神々。


当の本人たちは原初の神という偶像に縋り

そこに私を当て嵌めようとする。


私が原初の神ではなく、

原初の神を演じている私がいるにしか過ぎなかった。


母である世界も、

愛していると言っておきながら、

ただ私に望みを乞うだけ。


神々が嫌になり、

理由をつけて距離を置くことにした。


その理由とは、

世界が新しく創った"人"という生き物を

手助けするというものだった。


機会チャンスだと思った。

私が間違えなければ、一から関係性を築いて、

自分を見てもらえる世界が手に入ると思った。


そして、人と生きてみようとした。


だが、現実は甘かった。


超越した力を見るや否や

崇められ、敬われ、

崇拝という名の愛を囁きだした。


それらも、

エオニオス、個人に対する感情モノではなかった。


結局、神と人、大差変わらなかった。

私も人を愛し、

人もエオニオスを愛してくれる、

そんな世界を夢見てたが変わらなかった。


そして、ある日、私は人を試した。

人々の願いを叶えなかったのだ。


するとどうだろう。

思った通り、その途端に信仰は薄れた。


人はなんて欲深で、弱い生き物だろうと思った。


その後、世界樹になるリンゴを取りに

神が多く住む地域に戻った時だった。


なんと、神々の私を崇める声も弱くなっていた。

我々を捨てただの、もう役に立たないだの、

陰で言われている色んな声を耳にした。


神々も弱い生き物でしかないと思った。

人よりも力があるにも関わらず、

同じレベルの考え方しかできないなんて、

人より劣ると思った。


でも、まぁ、その結論は当たり前だったのだ。

神は人よりも寿命を長くできる秘訣があるだけの、

神力があるだけの、ベースは同じ生き物なのだから。


神々はそんなことを知らず、

人を見下す者もいる。

その光景たるや、なんと滑稽か。



実の所、神は生まれつき、

長寿でも神力を持っているわけでもない。


世界が作り出した神の維持装置である

"世界樹のリンゴ"を食べることによって賄われている。


リンゴを食べれば寿命が延び、

神力が使える様になる。


勿論、そんな強い力を持ってリンゴを食べて力に変えられるための強靭な身体が必要だ。

人が食べれば、全身から血が吹き出し破裂する。


詰まるところ、神はただ、

"神力が使える核を埋め込まれた

人よりも頑丈に創られた世界の駒"にしか過ぎないのだ。


勿論、唯一の原初の神である私を除いて。


私は何があっても世界の意向を叶えるため、

このロジックからは外れている。


リンゴでエネルギーを高めることはできるが、

皆の様にリンゴを食べなくても衰弱したり、寿命がつきることはない。


それが原初の神である。

そして、そんな絶望の淵にいても

壊れることすら許されず、

世界を愛おしいと想うように創られた神である。




私は淡い期待をそんな脆い種族である

"人"にいだいた。


それこそが間違いだったのだが。


人から見ても神から見ても私は存在だったのだ。


そうなってくると、

人が弱いとか、神には神力があるとか

そんなのは関係なくなる。


自分より偉大な役に行き過ぎた力を見せれば

意思が揺らぎ、

力に魅せられ、甘えだす。


良かれと思って力を使ってしまった、

私のやり方がそもそもダメだったのだ。


使うならばもっと上手く隠れて使い、

見守るべきだった。



私は神も人と距離を置き、

表舞台から隠れることにした。


世界が言ったことだけを遂行するだけの

密かな存在になった。


そして行く末を見守り続けた。



するとどういうことだろうか。

神よりも人の方が成長を見せたのだ。


神は寿命が基本、

事切れることがないためか

成長を見せなかった。

中にはまともなのもいるが、基本は怠惰の塊で、

己の欲だけで時間を余し、

生きているだけの存在になった。


人は限りある事に対し、

何かを残そうと躍起なったり、

非力が故に、ある物を工夫をしようと団結し

互いに高めあって国や村などを創っていった。


群集心理という集団特有の心理に囚われたり、

中には弱過ぎて依存して生きたり、

志半ばで心が折れる者もいたりしたが、

基本、足掻いて命を燃やして生きていた。


神々の怠惰な生き方に比べれば、

確実に成長したところが大きいと思った。


そして、

これも世界に作られた想いなのかもしれないが、

人は美しい生き物に成長したな、と思った。



私は、そうやって想いを馳せながら

人が栄えていく光景を見守り続けた。


短い生の中で、直向きに生き、

愛を育み、次の世代に希望を託す。


まるで、季節の様に巡る世代の流れは

儚くも強く美しかった。


私もあの様に情熱的に誰かに想われ、

想い、子孫を紡ぎ、一生を駆け抜けられたら、

どんなに満たされるのだろうか。


光が強ければ闇も濃くなるのは必然で、

満たされる事のない願望は、

より強くなっていった。


目の前にあるのに、

人は当たり前のように紡いでいくのに、

私には手に入らない。


何故だろうと余計に寂しくなっていった。


だから、

見守る反面、凝視しないようにした。


そんな生活を続けて幾星霜が経ち、

ある時、神々の諍いに人が巻き込まれているという話が聞こえてきた。


案の定、世界はその神を切り捨てたらしく、

討伐してこいと私に言ってきた。


たまにある事だったのでいつもの様にこなして、

また引き篭もる予定だった。



それなのに世界は人の様子を間近で見て影響を調べてこいと追加でオーダーを出した。


乗り気ではなかったが

羨ましさが募る前に状況だけ見れば良いと思い

人に接する事にした。



時期ということもあり、人の出入りが激しいため、

違和感なく村や町に出入りできた。


そこで私はある一人の少女に出会った。

その彼女こそがウルキアである。

彼女は魂の形が美しくも少しだけいびつだった。


その上、あまり聞かない神批判をする娘だった。

神は確かに身勝手だが、

世界の意向には基本逆らえない様になっている。

害はないはずだが、

どうしてそう思うのか疑問だったが、

話をしてわかった。


害があるない以前の問題だった。


彼女は群集心理に囚われず、

自分の意思で物事を深く考えるタイプだったのだ。


"なんとなく当たり前な事"を当たり前と受け止めないタイプの人と接するのは初めてだった。

興味深かった。


また、村の人とも接したが、

群集心理に囚われながらも、

ある程度の個々の意思は割とある様で、

思っていたよりも人は自由に生きていた。


弱い点もまだまだあるが、

昔よりも大分気持ちの良い生物になっていた。

嬉しい反面、やはり恨めしく、

私の心に少しずつ影を落としていった。


その感覚が恐ろしく様子を見る程度で

このオーダーを早々に終わらそうと思っていた。


が、思いもよらないことが起きた。

ウルキアとの縁だった。


客として心配してくれたのが最初だった。

心配などされた事がなかった私は、

その手に縋ろうとしてしまった。


嬉しかったのだ。

エオニオスを心配し、

危険を呈して迎えに来てくれたことが。

手を引いて帰ろうと言ってくれた事が。


ちっぽけな事なのだ。本当に。


でも、私を揺り動かすには充分で……。


そこから転がり落ちていくのは簡単で、

昔の絶望など忘れ、

彼女といればもしかすると欲しかったものが

手に入るのではと期待してしまった。


そして、彼女に積極的に関わろうした。

彼女と一緒に洗濯や買い出しなど、

いろんなことを経験した。


とても新鮮だった。

何より彼女との空間は居心地が良かった。

欲しい言葉、欲しい空気感、全てが心に沁みた。


だが、接していくうち彼女が弱いことを知った。

自分を満たしてくれる為なのか、

彼女が苦しむのが嫌だったからかわからない。


けど、どうにかしてやりたいと思った。


その矢先。


時代樹を通し、世界と話していた時だった。

いつも通りの会話だったはずなのに、

ひどく現実に戻された感覚になった。


陰鬱とした感情のまま宿に帰りたくなく、

今だけは夢を見ていたいと縋る気持ちで、

一眠りしている時だった。



私の感情の起伏で神力が漏れ出てしまい、

その力にウルキアが影響を受けてしまったのだ。


神のリンゴを食べれば人は破裂する。

つまり、神力が無防備に入ると人は壊れる。


と文字通り、ウルキアは壊れかけた。

心がつぎはぎの様に歪で元々脆かったウルキアは

身体ではなく、精神が壊れそうになっていた。


本来、神力は意図的に相手に送らない限り、

相手に入り込めない。

波長が違うため、まず自然にはできないのだ。


ただ、例外があり、

相性によっては波長が合えば起こりうる。


まさか、

ウルキアと合ってしまうとは思ってもいなかった。


彼女をもっと丁寧に扱うべきだった。

接している内に壊れやすい事を忘れてしまっていた。


ただ、彼女を失う事が、たまらなく怖かった。


怖いと思うのもいつぶりだろうか。

初めて自分が誰の目にも映っていないとわかった時

くらいからだろうか。


どうしたら良いか分からず、

ただ、抱きしめることしか出来なかった。


それなのに、

彼女は自分よりも私のことを心配して泣いてくれた。


なんて甘い涙なのだろう。

私の為に泣いてくれる存在がいるなんて。

この日、初めて私は泣いた。

声を漏らし、感情を垂れ流し、

彼女の肩をひたすら濡らした。



接した人たちはみんな優しかった。

けど、欲しいものを与えてくれるのは

ウルキアだけだった。


やっと見つけた存在だった。


余りにも相容れない私達の別れは必ず訪れる。

特に今のウルキアは何も知らないから、

予想だにしない終わり方にしかならないだろう。


それでも、許される限り彼女のそばに居たいと願った。


これが、自分の欲望で願った最初の願いだった。




***


私はウルキアが壊れかけた後、

こっそり加護を授けることを決めた。


「勝手にごめんね」


目を瞑る彼女の唇に口づけをした。

柔らかく甘い香りがした。


加護を与える際、祝福の口づけをする。

本当なら額でもよかった。

でも、どうしてだろう。

彼女の唇にしたかった。


加護とは聞こえがいいが、

所謂、神がお気に入りにする

マーキングみたいなものなのだ。


所有欲が私にこんなにあるなんて知らなかった。


「……んっ」


少し長すぎたか彼女は少しだけ吐息を漏らした。


「苦しかったかな。

 ごめんね、後もう一つあげたいんだ」


加護を与えることを理由に彼女の唇を貪る。

淫で神聖な行為は静かに行われた。

そして、彼女の胸元が光り出した。


そろそろ加護が定着しただろうか。

唇を離すとどちらか分からない銀の糸が引く。


「……っ、口づけってこんなに甘かったんだね。」


享楽にふける神々がいるのも頷ける。


「ごめんね、確認させてね」


シャツを少しだけ解き、紋章が出たのを見る。

光が収まるのと同時に紋章は吸い込まれて消えた。


加護の紋章は力を使うときだけ浮き出る様になっており、普段は浮き出ない仕組みになっている。



ちなみに私が与えた力は2つ。

いかなる神力にも影響しないこと。

そして身体的な疲れや病にかからない。

この2つだ。


ウルキアの呼吸が安定していることを確認し、

彼女と彼女が持っていたカゴ持ち上げ、

私は宿に向かった。

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