第八節 秘密

服や顔についているのは、血……??


「ウルキア、驚かせてごめん。

 お風呂、今空いているかな」


「ちよっとまってて!!」


急いでおかみさんを探し、事情を説明した。


「あんた、何があったんだい!!?

 今、お客さん用の浴場は使用中だから

 わたしやウルキアが使っている方をつかいな!」


「ウルキアも付き合っておやり!」といって

エオニオスの手を引いて浴場へ案内をした。


「着ているものはこれに入れて!後で洗うから!

 あと、エオニオスの怪我はどこ?

 包帯とか用意するから場所教えて」


浴場に着くやいなや、

彼に背を向ける形で指示を出しつつ

タオルなどを用意していた。


その時、バサッと衣擦れの音がした。


振り返ると上半身にある

痛々しい傷を露わにさせていた。

胸に斜めの切り裂かれたような傷が見える。


「––––––––っ!!!!」


「傷は、ここだけ」


丁度、戻ってきたおかみさんも

その傷をみて絶句していた。


「私は、加護待ちだから、治癒は、早い。

 大丈夫…死にはしないよ」


彼は血の気の引いた顔で苦しそうに笑う。


おかみさんはそんな彼を見て、

お湯に浸からず、汚れだけ拭くように言った。

頷いて直ぐに桶にお湯を汲みタオルを用意する。


「ウルキア、あんたは彼の手当てをしたら、

 今日は上がって付き添ってあげな。

 宿の方はわたしに任せておくれ」


「ありがとう、おかみさん!」


「2人とも、すまない……」


「気にしなさんなって。

 じゃ、私は戻るよ。

 ウルキア、よろしくね」


こくりと頷き、エオニオスに残りの服も脱いで腰にタオルを巻いてもらうようにお願いした。


彼の支度が終わり、急いで清拭を行う。


土埃も付いており、丁寧かつ

できるだけ早く傷に障らないようにしなければならなかった。


足、腕、背中と清拭を行う。

どこもかしこも細かい傷ができていた。


その上、背中には砂利が埋まっている所があり、

痛々しい状態だった。


息を呑む音を聞いて彼もひどい状態なんだと気づく。


「背中、ひどい?」


「うん…砂利が……」


「取れるだけ取ってもらってもいいかな」


「わかった。……ごめんね」


痛みのせいか、時折、ピクッと身体が動く。

早く済ませた方が良いと思い、

止めることなく、できるだけ砂利を取っていく。

だが、中にはすんなり取れない物もあった。


「あのね、

 ピンセットで取ったほうがいいやつがあるの。

 部屋に戻ってからも手当させて」


彼はこくりと頷き、

最低限の汚れと砂利だけを取り除いた。


最後に胸を見る。


出血は止まってるようだったが、

赤く裂かれた肉が見える。



「縫わなくていいの……?」

「大丈夫、包帯で固定できれば後は治癒力でいける」


その言葉を信じ、黙々と傷の周りを拭う。

ある程度綺麗にした後、

傷のあるところに消毒液をかる。


「––––––––––ゔっ!!!!!!」

沁みる様で彼の形の良い唇から

呻き声が漏れる。


「ごめんね、もうちょっとだから」


手際良くガーゼで傷を覆い、包帯で軽く巻く。

ガウンのようなものだけを着せてゆっくりと立たせた。


わたしとおかみさんの部屋は通常の通路以外に

従業員の浴場と繋がる別通路がある。

そこを通って人知れず彼を部屋に導く。


「ごめんね、お客さんに見られたくないと思うから、

 わたしの部屋で我慢してね」


部屋に着き、ベットに座らせる。

あてていた背中のガーゼを取り、

できるだけ数に触れぬ様、慎重に異物を取り払った。


最後の一粒を取り終え、

新しいガーゼと包帯で傷を覆う。


「痛かったよね……。もう終わったよ。横になる?」


「うん……。そうしようかな……」


傷を労るように介助をして横たえさせた。


「ねぇ。……何があったか聞いてもいい?

 話せる範囲でいいから」


「…………。

 ……今日ね、ちょっとした知り合いと、色々あって」


苦笑い気味に、彼はそれだけを言った。


「そう……」


回答の雰囲気から

詳しく聞かない方が良いんだろうなと思った。


でも、彼が苦しんでいる事に間違はない。


詳しい事は分からない。

だけど、"彼が苦しんでいる"その事実は明確で。


その情報だけで、十分だった。

それ以外の情報は必要なかった。

わたしに出来る、すべき事はたった一つ。



わたしは、彼の手を握った。

心が悲しみに溺れてしまわない様に。

苦しさで前が見えなくならない様に。



「ウルキアの手、あったかいなぁ……。

 誰のことも傷つけず、この手をただ、ただ、

 握っていられたら、どんなに良いだろうか……」


少し掠れた彼の声。

何かもっと力になれれば良いのだけど。


「わたしにできること、ある?」


「ここにてくれるだけで、十分。


 あぁ……このベッド、ウルキアの匂いがする。

 安心、する、なぁ……」


彼は少しだけ茶化し気味に一言呟き、

そのまま寝息を立て始めた。


冗談のつもりで言ったようだが、

彼の瞳から一雫の涙が零れていた。


「ばか。

 わたしを安心させようとして

 冗談を言っている場合じゃないじゃない……」


硬く繋がれた手が解けるまで、

傍で休もうとわたしも目を閉じた。



***



朝日が登り、日差しで目が覚める。


「ん––––––……。

 …………ん!!!?」


「おはよう、ウルキア」


これはどういうこと、かしら…。


「あの…これは……」


「昨日、寝辛そうだったから、

 隣に寝てもらって、

 ついでに抱き枕になってもらいました。


 首筋に擦り寄ってくる時、

 猫みたいで可愛かったなぁ」


「へ……?……わ、わたしそんなことしたの!!?」

驚き、離れようと動くわたしを

エオニオスは腕で閉じ込める。


ちょ、へ……!?

あぁ、もう!想像するだけで恥ずかしくなる!!

想像しなくても今の体制が既に恥ずかしいし!

恥ずか死にしてしまう!!!

てか、友達の距離ってこんなに近いものなの??って思うの、わたしだけー??

誰か教えてー!!!


人が混乱してるっていう時でも

そんなことを気にせず、彼は言葉を続ける。


「あっ、ウルキア、

 首筋に息が当たるとくすぐったいよ」


色気で死ぬー!!

無自覚なんだよね!?これ!!


「じゃ、はなしてー!」


「やだ」


「やだ、じゃなーいっ!もうっ!」


わたしが呆れて無理に動こうとした時だった。


「……っ!!」

傷に障ってしまった!!?


「……!?……ごめん!傷、大丈夫!!?」


「いてて……。ごめんね、大丈夫だよ。

 ただ自分が動いて痛んだだけ。


 それでも、結構治ったんだよ?

 波長が近いウルキアがいたからかな?

 いつもより神力の効果が高く……」

「いーからみせて!嘘じゃないわよね!?」


渋々、彼は腕を緩め、

わたしと一緒に状態を起こす。


しゅるりと包帯やガーゼを取り去る。

背中の傷から押し出された

細かい砂のような砂利がパラパラと落ちてきた。


キズが再生し始めると、

身体は異物を排除するように押し出す。

それがもう行われている。


速い……。

普通に人じゃ、ありえない。

これが加護の力なんだろうか。


一番酷かった胸の傷もかなり良くなっている。

それでもまだまだ痛々しい。


「ね、大丈夫だったでしょ?」


「……大丈夫じゃ、ない!!!

 完治するまで寝ててください!」


「えー、もう大丈夫なのに」


「えーでもあーでも、ありません!

 絶対に、安・静・で・す!!!」


「仕方ないなぁ…。

 そしたら、ここで休んでもいい?

 お願いだよ。ここの方が安心するんだ」


「……絶対に安静にしてくれるなら。

 あと、今、ごはんもってくるから、

 ちゃんと食べてね」


彼の了承の旨の返事を聞きながら

わたしは部屋を後にした。


おかみさんに挨拶と状況を説明した。

おかみさんもすごく喜び、

ごはんを用意してくれた。


そして部屋の前に着いた時、

ドア越しに誰かに許しを乞う様な声が聞こえた。


一瞬ためらったけど、

敢えて聞かなかったことにしてノックをする。


わたしがその声について気にする事を

きっと彼は望んでいない。


「どうぞ」


「ご飯、持ってきたよ」


「ありがとう。

 おかみさんにもお礼を言っておいて欲しい」


「うん、わかった。伝えておくね。

 そうしてら、またお昼に来るね。

 お昼は一緒に食べよう??」


「本当に?…………嬉しいなぁ」


長いまつ毛で象られた綺麗な眼が細められる。

彼はくすりと微笑んで、

「大人しく待ってるね」とわたしに手を振った。


手を振り返し、静かにドアを閉める。


さっきのことが気にならないといえば嘘になる。

ただ、やっぱり何かを聞くのは今はではない気がする。


彼が隠してることについては、

いつか彼が言いたくなったら聴こう。


それまで、彼が望むように傍にいよう。


 

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