第四節-裏拍 愛の檻に囚われた神様の手を引いた

夕刻。

エオニオスさんがいないことに気づく。


「おかみさん、今日から泊まることになった

 お客さん、まだ帰ってきてないみたい」

この人っと帳簿で指差しみせた。


「え!?もう日が暮れちまうってのにかい?」

おかみさんは、驚いて困った顔をした。


「そうなんだよね。

 私なら暗くても道に慣れてるし、

 探しに行った方がいいよね?」

「でも、今は色んな人が外から来ている。

 何が起きるかわからないだろ?

 誰か男の人にお願いした方がいいんじゃないかい?」

「大丈夫だよ。

 すぐに探して帰ってくるから」

「…わかったよ。そこまで言うなら…。

 何かあったら助けを呼んだりするんだよ!」

「わかったよ。じゃ、いってくるね」 


おかみさんはひどく心配した顔をしつつ、

見送ってくれた。


わたしは急いで村の人にもエオニオスさんを見てないから聞き周りながら探した。


息を切らしながら村を一通り見て回る頃には

星々がうっすらと姿を現していた。


村を探してもいないってことは

丘の方かも知れない。

わたしは丘を目指して駆け出した。  



***


丘の方に着くと一人の人影が立っていた。

やっぱりエオニオスさんだ。


だが、近づくにつれて

彼が苦しそうな顔をしているのに気がついた。


声をかけようとしたが、

考え事をしているようにも見えて、

止めてしまった。


その瞬間だった。

彼が一瞬泣いているように見えてしまい、

とっさに声をかけてしまった。


「あの、大丈夫ですか?」


彼は少し驚いたようで慌てて振り返ったが、

すぐに憂いを帯びた優しい顔に戻った。


「…あぁ、すまない。

 少し考え事をしていたのだ。

 もう、こんなに暗くなってしまっていたんだね。

 探しに来てくれたのだろう?

 申し訳ないことをしたね。戻ろう」


彼は何事もない風な顔で

わたしの横を通り過ぎ丘を下ろうとした。

すれ違い様に感じた

彼から香る、華の甘く切ない香が

彼の哀しみを表しているかのようで

胸が苦しくなった。


こんなに辛そうにしている人は初めて見る。

この人を苦しめているのは

一体なんなんだろう……。


わたしはそれとなく、聞いてみた。


「考え事の答えは、見つかりましたか?」


彼は立ち止まり、

わたしの問いに首を横に振り、

答えてくれた。


「見つからない。

 どこ探しても、どう考えても、

 …見つからない。

 私には見つけられないことなんだと思う」


見えない何かを遠く見つめながら

彼は答える。


彼の瞳には

今、何が写っているのだろう。


「これからも、

 ずっと、見つからなさそうですか?」


「そうだね、たぶん、

 私の時が止まるその時まで、ずっと」


……そっか、

彼は見つけることを諦めてしまっているのに、

見つからないことを諦められないんだ。


わたしにもわかる。


諦めきれずに、望んでは堕ちて、

もがいては沈んで、

抜けられない沼地にはまって、

捨てることも忘れることもできない感情。


「どうして求めても手に入らないことが

 この世にあるんでしょうね?

 みんな持ってるのに、

 なんでわたしにはないんでしょうね。

 苦しいですよね、辛い、ですよね……」


誰しも悩むことはあると思う。

だけど、みんなはいつしか答えを見つけて

幸せを手にしている。


なんで、答えが見つからないのだろう。

心が弱いから、自分の弱さを認められないから、向き合えないから、

答えが見えないのだろうか。


よかったと思うことも沢山ある。

なのに、そう言うことを大事にできず、

感傷に浸って自らを暗闇に引きもどし、

首を絞めることを繰り返している。

この人にはそうなってほしくない。

なっていたとして、抜け出して欲しい。

そう、ならないだろうか。


「君もそう言うの、ある?」


「…少しだけ。

 きっと貴方の悩みより小さい事だけど、

 わたしなりにずっと悩んでることがあって。


 …でもね、世界ってそんなに悪くないのよ。

 辛くて悲しいこともあるけど、

 良かったって思えることもちゃんとある。


 きっと、わたしの心が弱くて、

 いつまでも悩んでいるだけなの」


「君は…」


彼が何か言いかけた時、

一陣の風が吹き荒れ、現実に引き戻された。


あ…、足元が結構見えなくなってきている。

これだとあと少しで陽が完全に落ちてしまう。


「まずい、もう日が落ちるので戻らないと…。

 この辺、日が暮れると真っ暗になるんです」


話している場合じゃなかった。

ここは暗くなったあと、獣も出ることがある。


「話し込んでしまって、ごめんなさい。

 取り敢えず危ないので帰りましょう」


村の明かりを頼りに下りれば問題ないが、

慣れていないと転ぶ危険がある。

嫌かも知れないけど、

手を取ってついてきてもらおう。

 

「だいぶ暗くて足元が見えないと思うので

 明かりがある所までわたしの手に捕まってください」


「え……?」

「早く捕まってください。

 私はこの道に慣れているので、

 多少暗くても大丈夫です」


彼はいきなりのことで、

戸惑っているようだった。

ただ時間がないので、強制的に手を引いた。


「ねぇ、君、私を探しにきてくれたの?」

後ろから、

彼が不思議そうな様子で聞いてくる。


「はい。そうですけど…おかしいですか?」

当たり前のことを彼はなぜ疑問に思うのだろうか。

彼は何か思うところがあるようで、

少し間を開けた後、

嬉しそうにこう呟いた。


「いや、おかしくないよ。……ありがとう」


彼の手が握り返される。


握り返してくれると思ってなかったので、

驚いて彼を見る。

彼は優しい声音でこう言った。


「ねぇ、君の名前、教えてくれる?」


少し哀しさが残る微笑みが、

紫色の星空に映えてとても綺麗だった。


「ウルキアだよ」


この人は一見綺麗で近寄り難いけど、

本当はただの不器用な人なのかも知れない。


わたしは危なっかしいこの手が離れないように強く握った。


思っていたよりも逞しく、大きな手だった。



***


宿屋についたわたしはおかみさんに怒られてしまった。


それをみて、エオニオスさんが慌てて間に入って説明し、謝罪をしてくれた。


おかみさんは本当に心配してくれてたようで、

「二人が無事だったらいいさ、次は気をつけておくれ」と話し、わたしの頭を撫でた。


この人はどこまで優しいのだろう。

この優しさと本当の両親に愛されてたらと言う妄想を比べてしまうわたしは、本当になんで愚かなんだ。


おかみさんに申し訳なくなって涙が出てくる。


「よし!おかみさん!

 心配をかけたお詫びに、

 わたし、ディナーのお仕事、頑張るね!」


そうやって涙を見せないよう、

張り切ったふりをして

ディナータイムの仕事に戻るのだった。

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