第四節 愛の檻に囚われた神

「あ、名前聞くの忘れちゃった」


人々が神を崇める中、

あの娘は少し変わっていた。


初めてだった。

'"生きている"人に出会えたような感覚だった。

レールを引かれている人ではなく、

自ら道を選んでいる様な、そんな感覚。


昨晩、気になる娘がいるなと思ったが、

やはり変わった娘だった。


元々、神々の影響が人にどれだけ害をなしているかをみる為に来たのだが、思わぬ収穫がありそうな気がする。


本来の目的を果たせれば、問題はないし。

もしかすると、他とは違う彼女から

何か得られるかも知れない。


私が望む答えが見つかるかも知れない。


「でも、彼女と他の人間は

 一体何が違うのだろうか?」


人はどこか個体別に個性がありながらも、

どこか、同一体を見ているんじゃないかと言う気にさせる時がある。


弱いから、

何かに縋ったり、

皆同じ思想を持って一つのコロニーを作りたがるのだろうか?


確かに神に比べては非力な種族だが、

物理的な力だけが全てではないはずだ。


そんな種族だからこそ、

"世界の御心"は彼らを産み、愛し、

望んでいるのではないのか?


それに、神々よりも短い命ながら、

命を紡ぎ、世代を超えて成長を続けている。


これは立派な力なのに、弱いと思い、

集団化するのだろうか。


わからない……。


たが、人間達は

私がどんなに足掻いても得られなかった

愛を得ては、幸福にしているのは確かだ。


その人間を学べば、

私も満たされる日が来るかも知れない。


その為にはイレギュラーなあの娘についても知っておきたい。



「ふぅ…。何はともあれ、

 まずは"世界の御心"が望むことを遂行しよう」


我らを創りし世界。

貴女の為に。




***



確かこの村の外れの丘に千年樹があったはず。


「あった、これだな」


夕闇に佇む、巨大な千年樹は

とても雄々しく夜風に靡く。


人に見られたら面倒なので

一応、周囲を確認し、

私は樹に手を当てて"世界の御心"に語りかける。


「我らが母よ。

 貴女が憂いている争いの為、

 アガタにつきました」


『私の息子、エオニオス。

 待っていました。

 どうか人々を助けてあげてください。

 もろくも儚く美しい種族です。

 粗悪な神は、神ではありません。

 早くその者達から救ってあげてください』


「わかっております。今しばらくお待ちを」


『エオニオス、貴方を愛しているわ』


「私も……愛しております。また連絡します」



手を離し、ため息をつく。

「"愛"ですか……」


貴女の愛は自分の望みを叶えるものに与える称号なのでは?と、言う言葉を飲み込む。


生まれてから数千年は愛だと信じてやまなかった。

皆から貰える私を讃える声も愛だと信じていた。


だが、気づいてしまった。


時間を重ね、

神々も増え、種族も増え、

色々なものを観ることで、気づいてしまった。


誰からも愛されている原初の神の私は、

本当は誰からも愛されていないのでは、と。


口では讃え、崇め、敬う。

だが、私だけを求める声は聞こえてこない。 


皆の中心でいながらも、

私は皆の中にはいないのだ。


生みの親である世界が言う愛に縋りついて

物悲しさを埋めてきたが、

世界の愛すらも最近では一方的なもので、

私を想って向けられているものではないと解ってきてしまった。


何故なら、

貴女の瞳にも私は映っていないのだから。


それでも世界に逆らえないのは、

私が世界を愛おしく思っているからだ。


いや、もしかするとその気持ちすらも

創られたものかも知れない。

雛鳥が初めて見たものを親と信じ込むのと同じように、そうであることが必然であるように、私も創られた可能性がある。


世界を守り、尽くせばいつかは"世界の御心"は

私のことだけを愛してくれることは

あるのだろうか?


あぁ、悲しい、憎い。

なのに、愛おしい気持ちが消えない。



美しい大地も、

高く輝く空も、

優しく撫でる風も、

激しく巡る水も、

燃え盛る焔も、


悲しみにくれながらも、

前を見つめて健気に生きていく命も


いくつもの種族が愛を芽吹かせ、

睦み合い命を紡ぐことも、


この世界の全てが、

愛おしくてたまらない。


"世界の御心"も、

目に見える世界自身も、

何もかもが、愛おしい。


返ってくることがない愛なのも知っている。

報われないことも、

利用されているかも知れないことも知っている。

でも愛おしくて仕方がないのだ。



「いっそ、壊れきって、

 何も感じなくなれば楽なのに。


 愛されるとは、なんなのだろう…。

 私は何のために生きているのだろうね……」


満たされないこの心。

愛を知れば満たされるのだろうか。

愛されれば満たされるのだろうか。

正しく愛すれば満たされるのだろうか。


愛で満たされている者たちは、

どんなに短い寿命だろうと、嘆くことなく、

目に光を灯し、心も満ち足りていた。

何よりも笑顔が眩しいほど輝いていた。


あれが"幸せ"というものなのだろうか。



「どうして、…私には何もないのだろう…」


何度も問いかけても答えがない疑問は

昏い空に溶けて消えた。


星が浮かび始める空は悲しいほど綺麗だった。





 

「あの、大丈夫ですか?」


驚き振り向くと、そこには

少し息が切れ気味の宿屋の娘が立っていた。


「…あぁ、すまない。

 少し考え事をしていたのだ。

 もう、こんなに暗くなってしまっていたんだね。

 探しに来てくれたのだろう?

 申し訳ないことをしたね。戻ろう」


娘の横を何事もなく通り過ぎようとした。

その時だった。


「考え事の答えは、見つかりましたか?」


少女の顔は凛としつつも、

憂いを帯びた哀しい顔をしていた。


私は首を横に振り答える。


「見つからない。

 どこ探しても、どう考えても、

 ……見つからない。

 私には見つけられないことなんだと思う」


「これからも、

 ずっと、見つからなさそうですか?」


「そうだね、たぶん、

 私の時が止まるその時まで、ずっと」


娘の瞳が揺れた気がした。

その目を哀しそうに伏せ、呟く。


「どうして求めても手に入らないことが

 この世にあるんでしょうね?

 みんな持ってるのに、

 なんでわたしにはないんでしょうね。

 苦しいですよね、辛い、ですよね……」


彼女の瞳に今何があっているのだろう。

彼女にもそう言うものがあるとかも知れない。


「君もそう言うの、ある?」


「……少しだけ。

 きっと貴方の悩みより小さい事だけど、

 わたしなりにずっと悩んでることがあって。


 でもね、世界ってそんなに悪くないのよ。

 辛くて悲しいこともあるけど、

 良かったって思えることもちゃんとある。


 きっと、わたしの心が弱くて、

 いつまでも悩んでいるだけなの」


「君は……」

その時、一陣の風が吹き荒れ、

現実に引き戻される。


小さく息を呑み、焦り始める彼女。

「まずい、もう日が落ちるので戻らないと…。

 この辺、日が暮れると真っ暗になるんです」


一瞬、垣間見た、心の闇。

彼女も何か手に入れないものを

求めているのだろうか。


焦る彼女を横目にそんなことを考えていた。


「話し込んでしまって、ごめんなさい。

 取り敢えず危ないので帰りましょう」


丘の下の村の明かりが次々と灯るのをみて

焦っているようだ。

 

「だいぶ暗くて足元が見えないと思うので

 明かりがある所までわたしの手に捕まってください」


手を差し伸べる彼女。

「え……?」

「早く捕まってください。

 私はこの道に慣れているので、

 多少暗くても大丈夫です」


きょとんとしていると、

彼女の方から手を握りしめて、

腕を引いてくれた。


「ねぇ、君、私を探しにきてくれたの?」


「はい。そうですけど…おかしいですか?」


私の為に誰かが動いてくれるなんて

いつぶりだろうか?

しかも息を切らして迎えにきてくれるなんて。


「いや、おかしくないよ。…ありがとう」


私は彼女の手をそっと握り返した。


握り返されると思ってなかったようで、

彼女は驚いてふと振り返る。


わずかな夕陽の色に照らされた彼女は

少し大人びた美しい顔をしていた。


「ねぇ、君の名前、教えてくれる?」


目が合い、私が微笑むと、

彼女も少し微笑んで、


「ウルキアだよ」

と、返して強く手を握ってくれた。


握られた手は柔らかくて暖かくて、


嬉しかった。

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