第三節 荒ぶる神々

朝起きてダイニングの方へ行くと行商人達とおかみさんが話していた。


「おはよ、おかみさん。なにかあったの?」

「どうやら、この先の道が

 崩れて通れなくなっちまってるんだと」

「道が崩れる…?」

「なんでも、神様同士のトラブルが

 起きているらしいんだよ」


朝早く旅立ったとある行商人一行があれば

引き返してきて再度泊まりに来ていた。


「おかみさん、嬢ちゃん、

 そんな訳ですまないんだが、

 もう少しお世話になりたいんだが、

 いいだろうか?」


「うちはいいですよ、部屋余ってますし、

 気にしないでくださいな。

 それに神様の起こしてしまったことなら

 仕方ないからねぇ。

 前の部屋と同じ部屋でいいかい?」


「恩にきるよ…!

 その代わりと言っちゃなんだが、

 男手が必要なことがあったら言ってくれ!

 うちの衆で空いてるやつ貸すから!」


おかみさんはお礼を言い、

行商人一行を部屋に案内しに向かった。

しばらくは忙しいのが続きそうだな。


「よし、がんばろ」


気合を入れつつ、おかみさんの代わりに

店番と仕込みをしようとカウンターに立つ。


「てか、道がなくなるくらいって…。

 どんなことしたら道ってなくなるわけ…?

 信じられない……」


この世界には神様がいて、統治していた。

それは当たり前のことで、

神様は尊く、

人なんて取るに足らないほどの力を持つ種族。


そんな神達がたまに争い合うことがある。

神々の力は強すぎて、

たまに人の生活に影響が出ることがある。

今回のように。


ただ、人々が争わず、

飢えのない平和な世界を与えてくれるのも

また神なのだ。


「神様と生きてるのか、

 神様に生かされているのか、

 はぁ…、人と神様ってなんなんだろう。

 

 神様って」

「あの…」


扉に背を向けた形で仕込みをしつつ、

ぼやいていところ、急に声をかけられた。

わたしは驚き、

咄嗟に謝りながら振り向いて頭を下げた。


「す、すみません!

 お客様が入ってきてたのわからなくて…」


あれ…一瞬見えたこの人って…。


「いや、こちらそ、

 いきなり声をかけてしまって、

 申し訳ない」


頭を下げた姿勢からそっと顔を上げると

更なる驚きが走る。


「…!!」

「どうか、したかな?」


昨夜、屋根から見かけた薄紫色の髪の青年だった。

甘く優しめなトーンの声が

訝しげに問いかけてくる。

 

「い、いえ……!

 あ、あのっ、お食事ですか?お宿ですか?」


「宿の方で。部屋、空いてるかな?」


「確認しますね。

 えっと…。あ!よかった!

 一部屋なら空いてますよ!」


パラパラと帳簿をめくって確認すると

奇跡的に空いていた。


「よかった。

 その一部屋でお願いしたい」


「お連れ様が増えることはありますか?」


「ないよ。一人、だから」


「わかりました。

 では帳簿に名前を記載してください。」


彼はペンを取り帳簿に名前をさらりと書いた。


「これで、いいかな?」


どれどれ。

えっと、エオニオス…さんって言うんだ。


「はい!大丈夫ですね。

 ではご案内いたしますね!」


わたしは後から彼がついてきているのを確認しながら部屋に案内する。


「こちらがお部屋です。

 御用の場合はわたしかおかみさんにお話ください。

 後でおかみさん紹介しますね」


宿の作りが珍しいのか、あたりを見回す彼。

違う地域だと家の形も違うと聞いた。

多分彼は遠い地域の人なんだろう。


気にいったのか一通り見渡すと

柔らかく微笑んでわたしを見た。

が、顔面が眩しい…!!


「ありがとう。とてもいい宿だ」


顔も声も良いって、ずるくない?

何はともあれ、おかみさんと築いてきた宿を

褒めてもらるなんて……!!


「ありがとうございます!

 おかみさんと頑張っている宿屋なので

 褒めて頂けると嬉しいです!

 あの、鍵、こちらにおいておきますね」


彼は、わたしの様子をみて一つ嬉しそうに頷いた。


そして、

テーブルにそっと鍵を置き、

去り際にふと彼をみる。

 

目の前に広がる光景は

まるで一枚の絵画のようだった。


窓から差し込む光で輝く薄紫色の髪と

ダークブルーの瞳がとても美しかった。

息をすることを忘れ、

ただ、ただ、魅入ってしまう。


「ん?どうかしたかな?」


「…へ?」


「具合でも悪い?」


わたしの近くに来て顔を覗き込んでくる。


「……っ!

 え、いや、あの、何でもないです!!

 そ、そうだ、お客様も仕入れ関係で

 旅されてるんですか? 」


わたしは驚き、誤魔化すように会話を投げた。

見惚れてたなんて、恥ずかしくて言えない。

てか、この人、心臓に悪い…!


「ん…まぁ、そうだね。そんな感じかな」


遠い目をして考えるように彼は回答する。

まずいことを聞いてしまったのかもしれない。

少し困ったように笑いながら話していた。


早まる鼓動とまずいことをしてしまったかのような罪悪感で、取り敢えず立ち去りたかった。


それに以上は触れてはいけない気がした。

必要な情報だけ伝えて立ち去ろう。


「実は、

 この先の道で神様達のトラブルがあって…。

 先に進むのは時間がかかるかもしれません」


「そうなんだ…。

 でも、私の旅は多分、大丈夫。

 影響は出ないと思う。

 教えてくれて、ありがとう」


「はい。

 では、ごゆっくりしていってくださいね」


会釈をし、足早に立ち去ろうとした時だった。


「あ、待って。

 ねぇ。君は神様が嫌い?」


唐突な彼の質問に戸惑う。


「え…?」

「さっき神様のこと、言ってたから」


切なそうな顔で問いかけられる。

なんだか悪口を言っているかのような

罰の悪い感じがして目を逸らしてしまった。


「うーん…嫌いというか、

 神様ってなんなんだろうなぁって。

 人と神、きっとお互い

 知ってるようで知らないし。

 今回のこともいきなりだったし、

 なんなんだろうなって。

よくわからない大きな力を持ってる

 "何か"に影響されているという感覚に

 なるんです」


「よくわからない…?」


一瞬目を見開いたようにキョトンとした顔してわたしをみてくる。


「はい…」


「ふふふっ、確かに、そうだよね。

 お互いよく知らないね。間違いないや。

 なんか、ごめんね。

 変なことを聞いて」


やっぱりわたしの考え方は変なのだろう。

笑われてしまった…。


「いえ、わたしこそ…

 変なこと言ってごめんなさい。

 おかしいですよね。


 神様がいるから世界が平和だっていうのも

 わかってはいるんです。

 でも、会ったこともないし、よく知らなくて…。

 ただ、みんながなんで無条件に

 受け入れられているのかが、

 わたしには不思議で…」


そう、この世界はみんな神様中心と言わんばかりに神様を敬い、尊んでいる。

確かに恩恵は大きい。わかってる。


だけど、

見たこともないよく知らない相手に

そう思えるものなのだろうか?

まるでそう思うように人はできてるかのような違和感がある。


でも、

誰もそんなことを思っている気配はない。

わたしが、やっぱりおかしいのだろうか。


「素直な話が聞けてよかった。

 私もね。神様、よくわからないんだ。

 君は変じゃないよ」


え…。

意外な彼の一言に驚きつつも、

もやっとしている気持ちが

一気に晴れるような気がした。


「…ありがとうございます。

 なんか、気持ち、楽になりました…」


では失礼します、と会釈をし、部屋を出た。


足早に部屋を出て、一旦自分の部屋に戻った。


初めてだった。

ずっと、わたしは変な子なのかなってどこかで思ってた。

みんな良くしてくれているのに、

どこか仲間に入れないような感覚だった。


肯定されることが、認めてもらえることが、

こんなにも嬉しいだなんて。


知らなかった。

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