第二節 出会い

夏が終わり、秋が始まろうとしていた。

実りの秋は行商人の行き交いが激しくなる。

収穫があると言うことは人が集まる。

そして人の流れが大きく動けば

旅芸人やそれを目当ての旅人など

色々な人が動く。


その理に従い、

宿屋はいつも大盛り上がりとなる。


「ウルキアー!

 こちらのお客様にエールを注いでおくれー!」

「はーい!」

宿泊客がいつもの倍以上の大繁盛だった。

秋の初めというのに汗だくで駆け回って

お客様の対応をする。

「おかみさん、

 スープ追加でお願いしまーす!」

「あいよー!」



***


「…ふぅ、やっと終わったぁ…」

もう、疲れたなんてもんじゃない。

しんどすぎる。

毎年のことだけど、これはかなりくる。

げっそりしてるところに、おかみさんから声がかかる。

「ウルキア」

「ん?なぁに?もうくたくたでやばいよぉ」

「ほら、これでも食べて元気をお出し」


この香りは…!!!

鼻腔をくすぐる好物の匂いに目を輝かす。


「ご苦労さん、

 ウルキアがいてくれたから

 なんとか切り抜けられたよ!

 今日は特別にお肉だよ!!」


「マジ!?やったー!

 おかみさん愛してるー!!」


マジで神ですよ、おかみさん。

自分も疲れているのに、

いつもわたしを思ってくれる。

本当にこの人に拾ってもらえてよかった。


「はいはい!

 食べたらお風呂入って明日に備えるのよ!」

「はーい!!」



※※※


美味しそうにお肉を頬張るウルキアを

私はこっそり見ていた。


実は今日のお客さんの中に、

行商人の親子連れがいた。

ウルキアは時折その親子を眺めては

寂しそうな顔をして見ていた。


自分のルーツや存在意義について

よく悩んでいるようだった。


そりゃ、悩むよね。

自分が生まれた理由も、

自分が捨てられた理由もわからないんだもん。


ただ、万が一、

望まれていない存在だったとしても

今は望まれている存在であることを、

忘れないでほしい。


ウルキアはそのことにちゃんと気づいている。

でも今は自分の存在がグラついているから

わかっていても、意識のどこかで悩んでしまうと思う。


どことなく大人が混じり始めている憂い顔の

ウルキアの顔を見つめた。


あの日からもう16年もたったんだねぇ…。


–––––あれは、そう、16年前のこと。

私、ピレインとウルキアが出会った日のことだ。


村の千年樹の根に守られるかのように

赤子が1人置き去りにされていた。


服の汚れもなく、

そっと置き去りにされた赤子は

夢中で天に向かって手を伸ばしていた。


天に向かって何かを求めるかのように

柔らかな手を伸ばしては、

空を掴むといった行為を繰り返していた。


何も掴めないはずなのに、

何かを掴もうと必死で繰り返している。

何を求めているのだろう?


「誰かの子か?」

「いや、うちの村には妊婦がいない。

 他所のだな」

「かわいそうに…」

村人たちは集まって

どうしたもんかと悩んでいた。


私はこの子を不憫に思いながらも、

心のどこかで愛しいと感じでいた。

諦めずに何度も何度も何かを求める姿を

守りたいと思いった。


「この子、私が育てちゃダメかな…」


「ピレイン、お前、

 この前夫と子供を亡くしたばかりで

 何を言っているんだ。

 その子は代わりにならないぞ。」


「代わりなんかじゃない…!

 ただ、守ってやりたいなって」


「あんた、宿屋もこれから1人でやっていこうって時に赤ん坊なんて…」


「大変だろうさ。でもね、なんだろ。

 この子となら頑張れそうな気がするんだ」


そっと手を差し伸べると、

空を掴もうと必死だった赤子の手が

私の指をしっかりと握りった。


「繋ぐ手を…求めていたんだね…。

 1人は寂しいね…」


暖かい手に何故だか涙が出そうだった。


様子を見ていた村人たちは

やれやれと言った顔をしつつも

2人を暖かく見守っていた。


「よし!そうとなりゃみんなでピレインとその子を守っていきましょう!」


「そうさ、みんなで協力すりゃなんとかなるさ!」


「ねぇ、ピレイン。名前、決めてやんなよ!」


「みんな…」


ピレインは目頭がさらに熱くなった。


「ほら、名無しの権平じゃかわいそうじゃないか。

 早く名前つけておやりよ」


「うーん…それじゃ……。

 ウルキア、ウルキアなんてどうだい?」


ピレインがウルキアを抱き上げながら問いかける。

ウルキアは一瞬キョトンとした顔をした後、

嬉しそうにきゃっきゃと笑い始めた。


「本当に喜んでいるみたいね。

 気に入ってくれたんじゃないかしら??」


「じゃ、決まり!

 あなたは今日からアガタ村のウルキアよ!

 ようこそ!私はピレイン。

 あなたを歓迎するわ!!」


青く澄んだ夏の季節。

ウルキアの可愛らしい笑い声が高らかに響た、

印象的な夏だった。



–––––あの日、手を繋いで救われたのは私の方。

  

   ウルキア、

   おまえの手が私を繋いでくれたんだよ。



 どんな困難にも負けず、

 あなたらしい世界を創造できるよう、

 祈りを込めて名付けたあの日が懐かしい。

 どうか、おまえにとって

 この世界が幸せな世界でありますように。

 

 そう思っていたんだけど……


「現実はうまくいかないもんだね…」


ウルキアはさ…考えすぎなんだよ。

もっと自由に生きていいんだよ…。

愛を求めたってさ…、

わがままを言ったてさ…。

 

私が教えてあげられたらいいんだけど…。

きっとそれは私の役目じゃないんだと思う。

私の役目はきっとずっとそばで

味方になってあげること。


いつか、

ウルキアの心の穴を埋めてくれる人が

現れますように。



※※※


「ぷはー!!さっぱりした!!やっぱりお風呂のあとの牛乳は最高だよねー!」


夜風に当たるべく、

牛乳片手に自分の部屋から屋根に登る。

晴れた日は夜の星々を見上げながら

一日をここで終える。

それが日課だった。


「この時期の村は賑やかだなぁ。

 まだあかりが灯ってる」


この時期の村は一年で一番賑わう。

人の行き交いが多くなるため、

飲み屋さんは夜遅くまで開き、

賑やかに過ごしていた。


そして、その飲み屋や宿屋の提灯の灯りが村を彩り、

とても幻想的で美しい夜に仕立てていた。


酒を楽しむ男衆だけの行商人。


村の活気をさらに高める旅芸人一行。


お祭りのような雰囲気を楽しむ家族連れの旅人。

子供達なんてワクワクが止まらないようで、

注意されながら動きまわっている。


あんな風に親は子を見守りながら育てていくのだろう。

おかみさんもあんな風にわたしを育ててくれたのだろうか。


本当は自分の子にしてあげたかっただろうな。

おかみさんは自分の子を亡くしている。

わたしをその子の代わりとして扱うことは今までになかったけど、やっぱり、

自分が産んだ子に愛を与えたかったんじゃないかなって思う。


それに、わたしはわたしで、

本当の親というものに執着をしている。


本当の親からの愛が欲しいのか、

それとも、

本当の親から愛されていない事自体がそうさせてるのか、

今となっては、解らない。


ただ、一番に愛される事が羨ましい。


胸に空いた穴が埋まらない感覚、

満たされない焦燥感、

叫び出したくなるような孤独感、

時折、この仄暗い気持ちに襲われることだけは

確かだ。


わたしは物思いに耽りながら

ぼーっと行き交う人々を眺めていた。


その時、ふと、

目を引く男性がいた。


シルクのように艶やかで美しい薄紫の髪を

風になびかせ、佇んでいた。

その美しい青年は浮世離れした雰囲気で、

行き交う人の中に取り残されたような

寂しい感じがした。


まるで、

あの人の周りだけ世界が違うみたいだった。


一人でいるところを見ると、

あの人も行商人だろうか?


その時だった。


「…っ!」


青年の顔がふとこちらに向き、

こちらを見つめ返してきた気がした。


距離があるし、

薄暗い屋根にいるから見つかるはずない。


なのに視線が交わっている変な感覚がある。

驚いて息を呑みつつ見つめていたが、

ふと視線を外しどこかに歩いていってしまった。


「びっくりした…。

 たまたまこっちを見ているように見えた

 だけだよね…。

 見えるはずないし…。

 うん。絶対、気のせいだ。

 よし、……髪も乾いたし、部屋に戻ろう」


慣れた手つきで窓からさっと部屋に戻り

布団に潜り込む。


それにしても…綺麗な人だったな…。

あんなに綺麗な人がいるんだな…。

 

「どんな声…、しているのかなぁ…」


微睡の中、ぼんやりと彼について考えながら

わたしは意識を手放した。

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