第29話 ウチ⑩

 職員室でバスケ部の顧問の先生や担任の先生への挨拶を済ませていると、同じように挨拶に来ていたらしい火宮くんと目が合った。挨拶の意味を込めて会釈すると、向こうも返してきた。

 それだけで特に話すつもりはなかったけど、偶然帰るタイミングが火宮くんと重なって、一緒に職員室を出ることになった。

「火宮くんも来てたんだ」

「ああ。お世話になった先生方に挨拶をな」

「さすがだね」

 卒業式の日まで、火宮くんは評判通りのしっかりした委員長だ。たとえ、簾内くんのことを数えたとしても。

 けど、火宮くんはそう思わなかったようで、自嘲するように唇の端を歪めるだけだった。

「そういう見目さんだって、挨拶してたんだろ?」

「まあね。推薦のときなんかは色々してもらったし」

「部活の方はいいのか?確か部長だったろう」

「ああ、それは卒業式前に一通り済ませちゃったから。あとはもう帰るだけかな。火宮くんは?」

「俺もそんな感じだな」

「そっか」

 火宮くんがどこに住んでるのかは知らないけど、そういうことなら少なくとも昇降口まではこのままかもしれない。

「……火宮くん的にはさ、この三年間どんな感じだった?感想とか、ある?」

 昇降口までずっと無言もなんだからと、ふと思いついた質問をぶつけてみる。

 三年生代表としての挨拶は卒業式でしてたけど、火宮くんみたいな人が壇上以外のプライベートでどうこれまでを纏めるのか、興味があった。

「……これはアフレコでお願いしたいんだが、」

 しばらく考え込んだあと、火宮くんはなぜかインタビューみたいな断りを入れて、声を潜めて話し出す。

「俺がこんなことをしだしたのは、実は内申点目当てだったんだ」

「え?そうなの?」

 これは確かにカットしないと。

 なんとなく、ここまで委員長然としてるんだから生粋の委員長タイプなんだと思っていた。人の上に立つべくして立つ存在。でも、そういえばウチは簾内くんに対しても最初そういう風に思ってたんだっけ。

「中学に入ったときから、高校以降のことを考えるなら生徒会や委員会に入っておいた方がいいのは分かっていた。それに、そういうふうに打算的に動けるくいには周りの人よりも大人だと自負してもいた。だから生徒会に入って、三年のときには生徒会長もやった。高校でも似たような理由だ。ただ、俺から立候補する前に中学が一緒だった奴に推薦された形だけどな」

 そこで一旦言葉を切って、なにかを思い出そうとするように間をおく。

 やがて話し出した火宮くんの口元には、苦笑いのようなものが浮かんでいた。

「……そんな俺だから、これまでずっと、誰かに使われてるような、いいように利用されてるって意識はどこかにあった。俺なんて操り人形だと」

「……………」

 むしろ、火宮くんは同級生の中でも自立心の高い人のように思っていた。自分のしっかりした意思で周りを引っ張っていると。

 けど、本当の意味で自分の意思で人の上に立つ人なんていないのかもしれない。

 評価があるから。

 動かない周囲のために動ける自分がやらないといけないから。

 周りの推薦があるから。

 更に上の人たちからの期待があるから。

 それだけのことなのかもしれない。

 周りの人なくして、リーダーは生まれない。

「けど、そんな俺がいつのまにか人を操る人になってたなんて、思いもしなかった。簾内に、昔の自分のような、いやそれよりも重くて苦しい思いをさせてたなんてな」

「……………」

「そういう意味で、この三年は重要だったよ。お世辞じゃなく、充実した高校生活だったと思ってる。少なくとも、中学の時と同じような意識で傀儡でい続けるよりは、得られるものがあった。操り人形もやってみるものだな」

「……なんか、ごめん」

「別に謝ることじゃない。俺が進んでやったことだし、どうせ誰かが……お、」

 火宮くんが、なにかに気づいたように遠くを、昇降口の外を見る。

「ん?なにかあった?」

 ウチの身長だと、下駄箱やらごった返した人だとかで、なかなか見えない。

「じゃ、俺はこっちだから」

「あれ?帰らないの?」

 火宮くんは踵を返すと、校舎に戻っていく方向に向けて歩き出した。

「ああ。ちょっとな。多分、俺は今すぐに帰らない方がよさそうだ」

 そこまで言って、火宮くんは言葉を切った。肩越しに振り返る。

「さっき俺が言ったこと、伝えといてくれ。もちろん、無理にとは言わないが」

 それだけ言い残して、早足に角を折れてしまった。

「え、ちょっと……え?」

 どういうこと?

 帰らない方がよさそうって、なにがあったんだろう。しかも、さっきのことを伝えるって、なにを?誰に?

 気になるけど、今から追っても追いつかないし、首を捻りながらローファーに履き替える。

「あ、見目さん」

 昇降口を出た所で声をかけられる。バスケ部の人たちのじゃない、女子の声。

 声のした方を見ると、竹馬さんと簾内くんがいた。二人もここで話し込んでいたらしい。

「……あ」

 分かった。

 火宮くん、簾内くんを避けたんだ。

 人混みに紛れて見えなかった二人も、背の高い火宮くんには見えたんだろう。それで、出くわしたら簾内くんを不愉快にすると思ったに違いない。

 それなら、頼まれた伝言もなんだったのか分かる。

「簾内くん。伝言」

「伝言?」

 突拍子もない言葉に、簾内くんが眉をひそめる。もしかしたら、ウチが文化祭直後に伝えた伝言のことを思い出してるのかもしれない。

「ありがとう。感謝してる、だって」

「……………」

 一瞬、虚を突かれたような間があって。

 簾内くんはゆっくりと目を逸らして、くすり、と笑った。

「……なら、よかった」

「?なになに、なんのこと?」

 一人、話についてこれてない竹馬さんが目を瞬かせていた。

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