第28話 私⑩

「せんぱぁ〜い!」

 高校生活最後の日、挨拶しようと部室のドアを開けた途端、待ち構えていた竹視さんが飛びかかってきた。

 ─ゴツッ。

 勢い任せに飛びかかってきたせいでお互いのおでこがぶつかって、骨と骨が鈍い音を立てる。

「いたっ!」

「せんぱぁ〜い、なんで卒業しちゃうんですか〜」

 けど竹視さんはそんなことにはお構いなしでしなだれかかってくる。私の制服に爪を立てる様はまるでゾンビみたいだ。

「なんでって……ちゃんと単位取ったから」

「……あれ?そういえばこの前進路指導の先生が竹馬先輩の出席日数が足りないって……」

「いやいやいや、ちゃんと卒業証書もらったし。ほら」

 この子は真顔でなんてことを言うんだろう。そんな何食わぬ顔で言われるとこっちが不安になってくるからやめて欲しい。思わず卒業証書に書いてある名前が自分のか確認してしまう。

「……ちっ」

 広げて見せた卒業証書を、竹馬さんは親の仇を見るような目で睨む。これ以上見せてると破かれそうだ。早くしまっとこう。

「あーあ、せめて浪人してくれればなぁ……」

「アホ。なに言ってるのよ」

 唇を尖らせて洒落にもならないことを呟く竹視さんの頭を小突いて、梅松さんが助けにきてくれた。思いの外強い力で私に絡む竹視さんを強引に引き剥がしにかかる。

「すみません先輩、いつにもましてダル絡みで。こっちはなんとかしときます」

「あ、うん。こっちこそ、いつもごめんね。それと、今までありがとう」

「はい。ありがとうございました。落ち着いたらでいいんで、また来て下さいね」 

 やっぱり、梅松さんがくると話が早いなあ。さっきまでのグダグダした絡みが噓みたいに、サクサク挨拶が済んでしまう。

 これ以上下手に長居すると永遠に出られなそうだから、今日のところはこのへんで帰ろう。

「じゃあ、二人とも元気でね」

「先輩!」

手を振ると、竹視さんは羽交い締めにされながらも手を振り返してくれた。その目には薄っすら涙が滲んできて、私までウルッときてしまう。

「また!来て下さいね!絶対ですよ!」

「……うん。すぐ来るよ。絶対だから。ありがとうね」

 ドアを閉める。梅松さんを振り切った竹視さんが出てくる前に背を向けて、早足で部室を離れた。

 人気のない渡り廊下まで来て、誰も来ないのを確認して、窓に寄りかかる。

 この辺で色々整理しておかないと、変なところで溢れてしまいそうだった。

 竹視さんとも、梅松さんとも、これでお別れだ。もちろんこれからもちょくちょく会うつもりだけど、それでも今までみたいに毎日会うことはできない。

 最初、入部したての竹視さんに話しかけられたときはその距離の近さに戸惑ったものだけど、すぐにそれは心地よさに変わっていた。

 竹視さんの屈託のなさに、いつも救われていた。

「……はあ。喜んでいいのか悲しんだらいいのか分かんないや」

 窓の外には、私と同じように卒業式を終えて思い出を振り返る人たちが何人もいる。

 後輩らしき人と話し込む人。

 同級生と肩を組む人。

 参観にきた親と写真を撮る人。

 そんな中、なぜか誰とも話さずに一人で校舎を見上げている人がいた。

「………慎」

 なにしてるの、そんな所で。

 思わず溢れた呟きは、当然ここからじゃ届かない。

 指で目尻を拭って、昇降口に向かう。

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