第20話 ウチ⑦

 火宮くんから頼まれた伝言を伝える機会をずっと探していたけど、なかなか話しかける隙がなかった。文化祭二日目にも来なかったし、文化祭が終わって片付けをしていた今日だって、いつのまにか仲良くなってたらしい本生さんや水城くんたちとずっと一緒にいて、ゆっくり話すことはできなかった。

 そんな感じで一日が終わって、放課後、簾内くんが本生さんの誘いを断っているのが見えた。

 今がチャンスかもしれない。

「あ、ちょっと待って!」

最悪無視されるかもと思ったけど、簾内くんは足を止めてくれた。

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」

簾内くんはなにも言わずに怪訝そうにウチを見た。でも教室を出て行かないのは了解の合図だろうし、鞄を掴んで追いかける。

「向こうで話そうよ」

簾内くんに声をかけてから、チクチクと背中に刺さる視線が痛い。ドアを閉めてシャットアウトする。

「……話って、なに?」

 簾内くんは先に歩き始めている。早く帰りたいのかもしれない。追いつくと、簾内くんの方から口火を切ってくれる。

「火宮くんから、伝えて欲しいって頼まれたことがあって」

「……………」

隣を歩く簾内くんに緊張が走ったのが分かった。

「伝えたいこと?」

「うん。えっと、」

と、ポケットの中でスマホが震える。

「……ごめん、ちょっといい?」

電話の着信じゃないし、なんだろう。簾内くんに断ってスマホをつける。

『1時30分 部活ミーティング』

リマインダーの通知が表示される。あれ、これってもうちょっと後じゃ……あ、早く帰りたいみんなの要望で繰り上げたんだった。もうあと五分くらいしかない。もう行かないと間に合わなそうだ。

「ごめん!ちょっと予定があったんだった。やっぱり明日でいい?」

「え……まあいいけど」

「ホントにごめん!じゃあまた明日ね!」

簾内くんは呆気にとられてたみたいだったけど、頷いてくれた。手を合わせて謝って、部室棟に向かって走る。

 予定は狂ったけど、明日話す約束は取り付けられたし、大丈夫。

  

 次の日も、朝から簾内くんは本生さんたちと一緒にいた。もうすっかりグループの一員になっている。若干ぎこちなさはあるみたいだけど、話に相槌を打って、時々笑って、だいぶ馴染んでいるみたいだった。

 休み時間、簾内くんが席を外したタイミングを狙って追いかける。

「簾内くん!」

「……見目さん。昨日言ってた話、いつにする?」

声をかけると、簾内くんの方から切り出してきた。よほど気になってるらしい。当たり前か。

「えっと……昼休み、空いてる?時間かかるかもしれないし、ゆっくり話したいんだけど」

「分かった。じゃあ、昼休みで」

「うん」

「……じゃあ」

簾内くんはもう用は済んだとばかりにそそくさと行ってしまう。

 やっぱり、ぎこちない。

 今までの簾内くんは捨てたんだろう。愛想よくすることも、期待に応えることも、もうしないんだろう。

 別にそれが悲しいなんて思わない。思う資格はない。けど、なんか、当の簾内くん本人が、一番前の簾内くんを捨てられていない気がした。

「見目さん」

 昼休みになると、簾内くんの方からウチの席に来た。

「お昼食べながらでいい?」

「別にいい」

 若干声を潜め気味に打ち合わせて、席を立つ。

 やっぱり、時々視線を感じる。本生さんみたくグループで話すならまだしも、ウチ一人と簾内くんだと不自然に映るのかもしれない。

「じゃあ、行こっか」

 昼休みの食堂はとても混んでいる。でも二人分くらいの席ならあちこちに空いていて、そのうちの一つに滑り込んだ。

 簾内くんは席に着くと手に提げていたお弁当を広げる。そう言えば今まで気にしたことなかったけど、簾内くんはお弁当派らしい。ウチは普段はなにか買うんだけど、今日は話があるからお弁当をお母さんに作ってもらってきた。

 しかも、無造作に開けられたお弁当は料理をしないウチにも分かるくらいにすごい。なにがすごいって、冷凍食品らしきものが一つも入ってない。ウチなんか、おかずは全部冷凍なのに。

「……それ、全部ちゃんと作ってるの?」

「え?……ああ、うん、まあ。……で、昨日のことだけど、」

「あ、うん、ごめんね。伝えたいことがあるって話だよね」

いけない。女子力全開のお弁当にウチが気を取られてた。

 本題に入ろう。

「……文化祭の時に、火宮くんから声かけられたの。簾内くんはどうしてるのかって」

「……………」

簾内くんは黙って話を聞いている。

「簾内くん、委員会でも色々やってたんだね。……色々、クラスみたいに仕事抱えてたんでしょ?」

「……………」

「それで、クラスで色々あってそれから来てないって言ったら、火宮くん、すごい申し訳なさそうにしてた。簾内が抱え込みすぎてるのは分かってたのに、それを止められなかったって。『大丈夫』って言われて、それ以上踏み込めなかったって」

「……………」

「火宮くんに、謝っておいて欲しいって頼まれた。それと、もう俺たちのために無理をしなくていいとも」

「……………」

簾内くんは、俯いたままなにも言わないでいる。

 今の簾内くんに、なにかウチが言っていいんだろうか。頼まれたことは伝えた。これで終わり。けど、火宮くんがなにを思ってウチに伝言を託したのか、それも言っておかなきゃいけない気がする。

 と、簾内くんが顔を上げた。けどその目は正面にいるウチじゃなくて、明後日の方向を向いている。

「……そう。あの人がそんなことを心配してたなんて、意外だな。てっきり怒ってるものだとばかり思ってたのに」

フッ、と、唇の片端を吊り上げて皮肉に笑う。

「怒ってるって……」

簾内くんは、今までの自分と周りの人たちをどういうふうに思ってるんだろう。心配するより先に怒るなんて、そんなの赤の他人がすることだ。

 簾内くんは、火宮くんをそんなふうに思ってるってこと?火宮くんはそんなふうには思ってなかったのに。

「……ウチは、火宮くんに自分で言えばって言ったの。けど、それはできないって言ってた」

「できない?なんで?」

「自分はもう簾内に軽蔑されてるだろうし、今簾内に会って実行委員のことだとか火宮くんのことを思い出して自分を責めてほしくないからって」

「……そう。伝えたいってことは、それだけ?」

「う、うん」

「分かった」

簾内くんは不自然に食べかけのお弁当に蓋をすると、逃げるように席を立った。

「……別に謝ってもらうことなんてないけど、向こうからこれきりにしてもらえるならそれはそれで都合いいや。見目さん、伝言お疲れ様」

空を見ながらまくしたてるようにそう言うと、早足で離れようとする。

「待って!」

そうはさせない。今度はなあなあでは終わらせない。そうするとよくないことは、文化祭の一件でよく分かってる。

「簾内くん、本当にそう思ってる?本当にせいせいしてる?」

「……なんで、そんなこと」

簾内くんは立ち止まってはくれたけど、目は合わせようとしない。

「いいから答えて。文化祭のことはウチたちが悪かった。それは謝らせて。勝手な期待ばっかりだったのも、一方的に簾内くんに頼りっきりだったのも。でも、簾内くんは、今までの簾内くんを捨てきれたの?今の簾内くんは、本当の簾内くん?簾内の本心?」

簾内くんは変わった。いつの間にか本生さんたちと仲良くなって、竹馬さんとは話さなくなって、ウチや、多分他の人にもつっけんどんになった。

 でも、そのどれもが不自然に見える。

 それは、ウチがまだ簾内くんの残像を抱えてるからじゃない。ウチや、本生さんよりもずっと、簾内くん自身が簾内くんの残像を引きずっているんだ。

「……別に、本心もなにも……。だいたい、なんでそんなことを急に聞くの?」

「だって、」

誰がどう見たって、簾内くんの態度は不自然だ。火宮くんの言葉を伝えた時だって、無理して笑おうとして、笑う必要なんかなかったのに。

「……………」

「……簾内くん、」

「……知らないよ、そんなこと」

ガヤガヤとしたざわめきの中にポツンと雫のように呟いて、簾内くんは今度こそ食堂を出て行った。

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