第19話 私⑥

 いつも家を出る時間に、慎の家の電気も消えていた。もう学校に向かったんだ。

 いつもより長き感じる道を歩いて、学校に向かう。学校にはまだ昨日の文化祭の跡が残っていて、今日は一日かけてそれを片付ける日になっていた。

 教室の扉を開けようとした瞬間、向こう側から勢いよく開かれて人が飛び出してくる。避けようと思ったけど間に合わずに肩がぶつかった。

「あ……、ごめん!」

水城くんは慌ただしく廊下を早足で歩いて行く。鞄を持ったままで、どこに行くつもりなんだろう。

「ちょっと、待ってよー」

あとから出てきた渡良瀬さんと雲居さんも水城くんを追っていく。

 ……?なにかあったのかな。

 教室に入ると、真っ先に本生さんのよく通る声が聞こえてきた。

「─アタシ、前々から簾内のヘラヘラした感じ嫌いだったんだよね。もしそれが素の簾内じゃないっていうなら、二度と演じたりしなくていいから。周りの期待がどうとか言ってたけど、そもそも簾内に期待とかしてなかったし。自意識過剰で勝手に自滅とか、ほんと馬鹿みたい」

本生さんは慎に遠慮なく嫌い、と言い放つ。けど、それを聞く慎は笑っていた。嬉しそうに。見たこともない笑顔で。

 慎が本生さんとあんな風に仲良く話してるのも初めて見たし、あんな風に笑うのも初めて見た。もう元気になったのかな。大丈夫なのかな。

「……………」

話しかけたい。謝りたい。

 けど、足は動かなかった。目が合わないように俯きながら席に着く。

「えっ、これ簾内が選んだのー?!いがーい、センスあんじゃん!」

「簾内くんと直音って、いつの間にそんなに仲よくなったの?」

いつのまにか戻ってきていた水城くんたちも加わって、慎の席を中心に賑やかな声が聞こえてくる。慎の声は聞こえてこないけど、きっとさっきみたいに笑ってるんだろう。

 あの、見たこともない不思議な笑顔で。

 

 みんな、なにごともなかったかのように一日を過ごしている。文化祭の片付けに慎は参加していて、でも誰もなにも言わなかった。ただ、今までと違うのは本生さんや水城くんたちが側にいること。ずっと賑やかに話していて、慎も口数は少ないけどよく笑って、溶け込んでいるように見えた。

 私の入る隙なんか、どこにもなかった。

 今日は、片付けを終えたクラスから解散することになっている。相方さんの主導で片付けは順調に終わって、早い時間で解散することになった。

「このあとどーする?予備校まで時間あるけど」

「いつものとこで時間潰せばいいんじゃない?」

「そうだね。あ、簾内くんも一緒に来る?」

本生さんたちはこのあと駅前に向かうようで、少し離れた所で帰る準備をしていた慎にも声をかける。けど慎は首を横に振った。

「……いや、今日はいいや」

「そっかー。ならまた今度ね」

「うん、また」

本生さんたちが教室を出て行くと、それだけで一気に静かになる。慎に話しかける人もいなくなって、慎は一人で教室を出て行こうとする。

 声をかけるなら、今しかないかもしれない。明日は本生さんたちと一緒に行っちゃうかもしれないし、時間をおいたらどんどん話しかけにくくなる気がする。

「あ、ちょっと待って!」 

慎が、ドアに手を掛けたところで振り返る。

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」

私の横を通って、見目さんが慎に駆け寄る。慎に追いつくと、二人は並んで廊下に出て行った。ドアが閉められて、私だけ置いてけぼりになってしまう。

 ……話したいことって、なんだろう。文化祭の話?それとも、私の知らない他の話?

 廊下に出ると、少し離れた階段の所で二人が話しているのが見えた。なんの話をしてるのかは……ここからだと分からない。

「……………」

昇降口の行き方は二つある。ちょっと遠回りになるけど、行けなくはない。

 少し待てば、また慎は一人になるんだとは思う。わざわざあそこで話すってことは、見目さんはまだ帰らないんだろうから。このあとまた話しかけることはできる。

 ……けど、あんなに開いた距離を、詰められる気はしなかった。

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