第13話 ウチ⑤
HRが終わって放課後になると、みんなが一斉に動き出す。ある人たちは机を動かして大きな作業台にして、ある人たちは自転車の鍵を持って教室を出て行って、ある人たちはロッカーから段ボールや文房具を引っ張り出す。
クラスの文化祭準備が本格的に始まっていた。
指揮を執っているのは相方さん。ノートを片手に買い出す物を指示したり、なにを作るか確認したりと、楽しそうにしている。
けど、もう一人の学級委員の簾内くんはその隣にはいない。
最近になって実行委員の方が忙しくなってきたようで、クラスの準備は相方さんに任せていつも真っ先に教室を出て行ってしまう。
今日も、鞄を肩に掛けて声もかけずに教室を出て行こうとする。
「あ!簾内くん!ちょっと待って!」
そう声をかけたのは相方さん。近くにいた友達と頷きあうと、簾内くんに駆け寄っていく。
「相方さん?なに?」
「あのさ、一つ相談があるんだけどさ」
「相談?」
ここ何日も相方さんは簾内くんの立てた計画をもとに一人で指揮を執っていた。今更相談するようなことがあっただろうか。作業の手は止めないで、聞き耳をたてる。
「うん。実はさ、出し物の規模をもうちょっと大きくしたいなー、なんて思ってるんだけど、どうにかならない?」
「……え?」
……え?
簾内くんの声とウチの心の声が見事に一致した。手も思わず止まってしまう。
相方さんは続ける。
「いやさー、今のところ準備も順調じゃん?もっとなにかできるんじゃないかなーって思ってさ」
いやいや、なにを言ってるの?
準備が順調なのも、余裕があるのも、全部簾内くんが万全を期すように計画していたからに決まっているのに。それに、もう本番まで二週間もない。ここからまた新しいことを始めるなんて。
簾内くんもそう思っているようで、二つ返事で引き受けはしない。
「いや……でもここから更にっていうのは難しいんじゃないかな。上手く進んでるって言っても、まだ終わったわけでもないんだし……」
「えー、そこをどうにか!」
相方さんは両手を顔の前で合わせて拝むようなポーズをとる。
「最後の文化祭だしさ、思いっきりやりたいの!」
その台詞は、簾内くんには効いたようだった。表情が変わる。どうにかできないか、考え始める。
「……分かった」
少し悩んだあと、結局簾内くんは折れた。相方さんから具体的になにを増やしたいのか聞いて、計画をたてる約束をして今度こそ教室を出て行こうとする。
「あ、あとさ、もう一つあるんだけど」
その簾内くんの背中に、相方さんは更に重石を載せる。
「クラスの予算あるじゃん?あれ、どうにか増やせない?規模を大きくするならもっと必要だしさ、今作ってるのももう少し豪華にしたいなー、なんて」
「ちょっと、相方さん」
聞いてるだけのつもりが、声が出てしまった。でも、もう聞くに耐えない。
この人は、どれだけ図々しい要求をし続けるつもりなのか。
「いくらなんでも、それは無茶だよ。もう文化祭まで日にちもないし、ウチみたいに部活がある人はそっちの準備があるからこっちにかかりっきりにはなれない。それに、予算を増やすなんて、そんなのできるわけないじゃん。全部のクラスに平等に配ってるお金なんだから」
突然割って入ったウチに、相方さんは露骨に嫌そうな顔をして簾内くんに向き直る。押せば折れる簾内くんに直接頼もうとしている。
けど、いくら簾内くんでもこれは無理なようで、考える間も置かないで首を横に振った。
「ごめん、流石に予算は増やせない。でも装飾のこととかは考えておくから」
「えー……。まぁいいや、じゃあ出し物の方、宜しくね!」
相方さんはそれでもまだ不満そうだったけど、友達の所へ戻って行った。規模を大きくするという一番の要求は通ったからだろう。
そして、さらに仕事を増やされた簾内くんはなにごともなかったかのように教室を出て行く。
「待って!」
声をかけると、簾内くんは急くように動かしていた足を止めてくれた。
「見目さん?どうかした?」
「どうかした、じゃないよ。なんであんなの引き受けたの?」
あんなの、というのはもちろん相方さんの提案のことだ。
「こんなタイミングでもっと大きくしたいなんて、無理に決まってるよ。簾内くん、実行委員会だって忙しいでしょ?これ以上仕事増やしたって……」
「うーん、確かに大変なんだけどさ、」
簾内くんは照れ臭そうに目を逸らしてはにかむ。
「最後だからパアッとやりたいってのは分かるし、ああやって頼まれたら断れないよ」
「……………」
ああ、なるほど。これが簾内くんなんだ。
きっと、今まで色んな仕事を一人で引き受けてきたのも、これが理由なんだろう。簾内くんは、こういう人なんだ。頼まれると断らない。
それに対してウチが今更なにかを言っても、きっと変わることはない。
「……でも、これは無茶だよ。一人じゃできない。ウチも手伝うよ。実行委員の方は無理だけど、クラスの方ならウチだってできるから」
「……………」
仕事を降ろさせるのが無理なら、せめて減らしたい。
そう思って言ってみたけど、簾内くんはすぐには答えなかった。黙ってウチを見ている。
「……………」
「……簾内くん?」
「……あ、ごめん。ちょっと思い出してた。似たようなこと、前に友心にも言われたことがあったから」
「そうなんだ」
やっぱり、ウチより長く簾内くんを見てれば、こう思うこともたくさんあったんだろう。
簾内くんは俯いて少し考えるような間を置くと、伺うようにゆっくりとウチを見た。
「……やっぱり、やり過ぎなのかな」
「そうだよ。一人でやろうとし過ぎだよ。ウチも手伝うし、竹馬さんだって助けてくれるよ」
「……………」
簾内くんは答えない。
けど、その目は迷うように揺れ動いている。
「簾内くん、」
「あー!麗華いたー!」
と、廊下の端から大きな声が響いた。
振り向くと、バスケ部のチームメイトが手を振って駆けてくる。
「ど、どうしたの?」
「準備でトラブっちゃったの!ちょっと来て!」
そう言うなり腕を掴んで引っ張って行こうとする。
「あ、ちょ、まだ話が、」
「見目さん」
ズルズルと引き摺られていくウチに、簾内くんは笑顔で手を振る。
「手伝ってくれるのは嬉しいけど、僕は大丈夫だよ。それに、見目さんは部活もあるでしょ。最後の文化祭だし、バスケ部の出し物は楽しみにしてるから。準備、頑張ってね」
「でも、」
背を向けて委員会に向かう簾内くんと、反対側に引き摺られていくウチの距離はどんどん開いて、もう声は届かない。
簾内くんのとウチの、二つの上履きが床に擦れる音だけが届いていた。
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