第12話 私④

 文化祭ももうあと一週間というところまできた。教室のざわめきの質も変わってきて、もうすぐなんだなと肌から教えてくれる。

 それともう一人、慎も確実に変わっている。なんていうか、こう……余裕がなくなった感じがする。

 休み時間になる度、慎は教科書をしまうとすぐにノートやプリントを取り出して、十分間ずっと机に向かっている。実行委員の仕事のこともあればクラス準備のこともあるみたいで、私が話しかけてもぞんざいに扱われてしまう。だから、ここ何日か話してもいない。前までは時々一緒に帰ったりもしてたけど、私も私で部活の準備が本格的に忙しくなってきて、帰る時間もズレてしまう。

 最近は、こうして遠巻きに慎を見ていることしかできない。無理してるんじゃないかと思うけど、慎なら大丈夫だとも思う。

 と、ピリピリした空気を察してか誰も近寄ろうとしない慎の席に、ずんずん向かって行く人がいる。

 相方さんだ。

 相方さんは笑顔で慎に話しかける。慎は無表情のまま相方さんを見ることもせずにプリントを渡す。それを受け取って、相方さんは友達のところに戻って行った。

「……………」

相方さんも慎も、同じ学級委員で、クラス準備に指揮を執るのは一緒なはずなのに、なんで二人でこんなに様子が違うんだろう。

 慎は実行委員も兼任してるから?

 それだけじゃない気がする。聞いてみたいけど、今の慎に不用意に話しかけて作業の手を煩わせたくない。

 結局、私の腰は椅子から離れなかった。

「ねぇ、ちょっといい?」

机をコンコン、と叩く音がして振り向くと、見目さんがいた。この前、慎になにか話しかけていた人だ。

「え……なに?」

「ちょっと話したいことがあって。簾内くんのことで」

不意に出てきた慎の名前に肩が反応してしまう。

 ……急になんだろう。私と見目さんはこれまで話したことがあったわけでもないし、突然来られると身構えてしまう。でも、ちょうどいいかもしれない。私も見目さんと慎の関係は気になるし、わざわざ普段話さない私の所まできて話したいことにも興味がある。

「……いい、けど」

「ありがと」

見目さんは前に椅子を持ってきて座ると、頬杖をついて机に齧り付く慎を見た。

「……なんで簾内くんがあんなに忙しそうなのか知ってる?」

「なんでって……文化祭が近いからじゃないの?」

「それもそうなんだろうけど、でも簾内くん、最近はクラス準備の方は相方さんに任せてたんだよ。放課後とかはずっと実行委員会に行ってたの」

「そうなの?」

知らなかった。私も最近は部活にかかりっきりだったし。

「でも、じゃあなんで……」

「二、三日前かな、相方さんが急にクラスの出し物の規模を大きくしたいって言い出したの」

「大きくしたいって……この時期に?」

もう文化祭まで一週間しかない。私が知っている限り、慎はHRで決まったものを本番までに準備するように計画してたはず。なのに、このタイミングで?

 相方さんは苦々しい目で少し離れた所で笑っている相方さんを見る。

「ウチは止めたんだけど……『最後だから思いっきりやりたい』って相方さんに言われて、引き受けちゃった」

「ああ……」

おかしな話だとは思う。

でも、慎が引き受けたことだけは、すんなり聞ける。そうだと思う。

慎は、頼まれると断らない。

どこまでも素直に、いじらしいくらい実直に叶えようとする。

「竹馬さん的にさ、簾内くん、大丈夫だと思う?」

見目さんは相方さんから目を離して私をじっと見る。これが本題らしい。

「ウチ、部活の関係で何回か簾内くんが実行委員やってるのみたことがあるんだけど、そこでも結構仕事があるみたいだった。それにこのクラスの仕事で、正直簾内くんは手一杯なんじゃないかって思う。あんなに切迫詰まった顔して、絶対自己管理出来てないよ。ウチは止めた方がいいと思うんだけど、どう思う?」

もう一度慎を見る。顔こそは見たこともないほど必死な感じだけど、周りのためにああやって仕事をしているのは何度も見てきた光景だ。

 もちろん、今聞いた話はすぐには信じられない話だし、そうだとしたら相方さんは無茶を言い過ぎだと思う。

 けど……今まで私が見てきた慎なら、私の知ってる慎なら、これもなんだかんだで上手くやって、文化祭の本番も成功させて、終わってからみんなが喜んでるのを笑って見てるんじゃないかと思う。逆に、途中で投げ出したり失敗するっていうのはイメージがつかない。

 慎らしくない。

「大丈夫だと思う、たぶん」

「そう?結構ギリギリの状態に見えるんだけど」

「でも、慎は引き受けたんだよね?」

「うん、まあ……」

「なら、大丈夫だよ。慎がそう言うなら」

見目さんは、しばらく俯いていたけど、相変わらず手を休めない慎を見て一つ息を吐くと立ち上がった。

「まあ、本人が大丈夫だって言うなら、ウチらが無理に止めるのもよくないか。ありがとね竹馬さん」

「うん」

席に戻る見目さんを見送る。見目さんも、慎を気遣ってか話しかけたりはしなかった。

 思えば、慎のことを他の人と話したのはこれが初めてかもしれない。慎は普段あまり目立たないせいで、こんな風に誰かに心配されるなんてことはないから、見目さんは慎が人知れず頑張っているのをちゃんと見てくれたんだろう。

 そう思うと、仲間ができたみたいでなんだか嬉しい。

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