第11話 アタシ④

 カレンダーが進み、文化祭まであと三週間というところまで来て、アタシたちはクラス委員の相方さんの主導で文化祭の準備に取り掛かり始めた。

「じゃあまずは買い出しだね。行ってくれる人は手挙げてー」

ノート片手に相方さんが指示を出していく。買出し班が出発して、手を挙げなかったアタシたちは教室に取り残される。

「相方さん。アタシらはなにしたらいいの?」

「んーと、そうだね……じゃあ、本生さんたちは装飾とかお願いしていい?竹馬さんが色々考えてくれるみたいだから、詳しいことは竹馬さんに聞いて」

「オッケー」

短いやり取りを終えてヒトエと、当たり前のようにそこにいるアスカの元に戻る。普段一緒にいる水城くんたちは部活に出ていていない。そもそもこの時期に教室に残って準備をしてるのなんてよっぽど暇な文化部の人たちと、アタシらみたいな帰宅部の人だけで、今も教室には十人もいなかった。

「アタシらは装飾だって」

「装飾?なにすんの?」

二人に相方さんの言葉を伝えると、案の定な答えが帰ってきた。

 そんなの、アタシも知らないよ。

「それはあの人に聞けばいいんだってさ。行こ」

端の方で簾内と喋っている竹馬さんの元に向かう。アタシらが近づいてきたのに気づいた竹馬さんは、話すのをやめて怪訝そうな目でこっちを見た。

「竹馬さん。アタシら装飾になったんだけど、なにすればいいの?」

「あっ、ええと……」

竹馬さんは露骨に困ったような顔をして簾内を見る。普段話さない人だし、こういう反応も今更珍しくもない。簾内に目を向けると、貼り付けたような笑みが返ってきた。

「装飾は今はあんまりやることないんだ。大きな物はもう少し人が揃ってから作り始めるから。だから……そうだ、友さ、本生さんたちとどんなふうに飾り付けるか決めればいいんじゃない?本生さんたちなら僕よりもこういうの詳しそうだし」

「えっ……」

突然の話に、竹馬さんはビクッと肩を震わせた。俯きがちにアタシと簾内を交互に見る。

 まあ、気持ちは分かる。今までロクに話したこともない、共通の話題の一つもなさそうなアタシたちと竹馬さんの共同作業なんて、どう考えても人選ミスだ。

 けど簾内は自分の案に自分で納得してしまったようだった。

「本生さんたち、どういうのが高校生とか中学生とかに受けるのかって詳しいでしょ?出し物のメインターゲットが同年代の人だからさ、飾り付けとか教えてよ」

「え、じゃあさ、雑誌とか持ってきていい?ほら、そういうのって色々調べないとだから。参考資料として」

アタシのうしろで話を聞いていたヒトエが、アタシを押しのけて身を乗り出す。雑誌とかの持ち込みは校則で禁止されているけど、これを口実に持ち込もうと考えているんだろう。ヒトエはこういう悪知恵はよく働く。

 簾内もそれは分かっているようで、苦笑して頷いた。

「いいよ。ただ、先生とかにはなるべく見つからないように、」

「やった!」

「じゃ、買ってくるね!」

言い終わらないうちに、ヒトエと話に便乗したアスカは教室を飛び出していってしまう。近くのコンビニに走ったに違いない。

「……いいの?」

「なにが?」

「あんなの許可しちゃって。学級委員でしょ?」

いわゆる『生徒の模範となる学級委員』が、こんな校則を破るようなことを許していいものなのか。

 そう聞くと、簾内は気まずそうに笑って唇に指を添えた。

「だから、これは他言無用ってことで。それに、こうでもしないとやる気にならないでしょ?」

「……ふぅん」

なに、その見透かしたような台詞。

 アタシらのことなんて手の平の上ってこと?

 そんなわけはない。けど、その笑顔をみると裏にそんな思惑があるような気がして、嫌な気分になる。この前といい今回といい、なんなのコイツ。

「竹馬さん、あいつらが戻ってくるまでまだ時間あるし、先に始めよ」

「え、あ、うん」

一人固まっていた竹馬さんを促して窓際の席を陣取ると、簾内は、

「じゃあ、僕は先に行くね。友、また明日」

そう言って鞄を持って帰っていった。学級委員のくせに、一番に帰った。

「なにアイツ。学級委員じゃないの?」

「多分、実行委員の仕事だと……」

思わず漏れた呟きを竹馬さんが拾って教えてくれる。

「実行委員?文化祭の?」

「うん。慎は、実行委員もやってるから」

「ふぅん……じゃあ、相方さんは?」

指示出しを終えた相方さんは、よく一緒にいる人たちと喋っている。

「相方さんは……今日仕事じゃないんじゃないかな」

「へぇ、アイツだけ頑張ってるんだ」

「あのっ、」

食い気味に竹馬さんが話しかけてくる。その声には若干咎めるような響きがあって、でも目を合わせるとまた俯いてしまう。

「……本生さんは、慎のこと嫌いなの?」

「なんで?」

「なんていうか、さっきから突っかかってる感じがして……」

そんなに声に出てただろうか。あんまり自覚はないけど、この人が言うならそうなんだろう。この際だ、色々聞いてみればいい。

「別に、そんなつもりはないけど。簾内って、いつもあんな感じなの?」

「あんな感じって?」

「ずっとヘラヘラしてて、なに考えてるのか分からない感じ」

「ヘラヘラ?」

竹馬さんは首を傾げた。見てる顔は同じはずなのに、どうやら見解の相違があるらしい。

「ヘラヘラなんて、してないと思うけど……それに、よく周りの人のことを考えてるし……」

成程、確かにアタシたちのことはよく見透かしてるみたいだったけど。なに考えてるのか分からないのに、アタシたちのことは分かっているふうな素振りをする。

 それが一番不気味で、気持ち悪い。

「そう?アタシからしたら、ただヘラヘラ笑って周りの顔色伺ってるだけに見えるけど」

「そっ……!」

カタンッ。

 竹馬さんの持っていたペンが机にぶつかって音を立てる。

「……そんなこと、ないよ」

「……あっそ」

どうにも、竹馬さんの見てる簾内の顔とアタシの見てる簾内の顔は、180度違うらしい。つまり、竹馬さんには普通に接するけどアタシには愛想笑いで適当なこと言って誤魔化してるってことか。

 なんだ、考えて損した。

長い買い物から帰ってくると、アタシたちは色んな雑誌を並べてあーでもないこーでもないと飾り付けのアイデア出しをした。

 竹馬さんは、やっぱりずっと居心地悪そうにオドオドしているだけだった。

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