第6話 アタシ②

 放課後、部活の後輩に会いに行った水城くんたちを待つために、アタシとヒトエとアスカは教室で喋っていた。

「スグのってさ、それどこの?」

彼氏とチャット中のヒトエを放っておいて、アスカが身を乗り出して聞いてくる。それ、っていうのは変えたメイクのことだろう。もしかしたら、一人気づくのが遅れたことをまだ気にしてるのかもしれない。

「これ?なんか今週の雑誌に載ってたの。新しいブランドなんだって」

「へぇー、どこの店?わたしも見てみたい」

「じゃあ、今度一緒に行く?アタシも他にも色々みたいし」

「ホント?行く行く!いつにする?」

スマホを開いて週末の予定を決めていると、ヒトエが無言でスマホを仕舞った。少し不機嫌そうな表情でアタシとアスカを見たあと、これみよがしにため息をつく。

「ヒトエ、どしたの?」

アスカが声をかけると、ヒトエはよくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに食いついた。

「それがさー、あいつ、彼女が髪型変えたことに今頃気づいたんだって!マジありえなくない!?」

「……あー」

アスカが、やべ、地雷踏んだ。どうしようスグと目で聞いてくる。

 取り敢えず、話きくしかないでしょ。

「ヒトエが髪型変えたのって、一週間くらい前じゃなかった?」

ヒトエは、二学期に入ったのを機に肩まであった髪にウェーブをかけて、色を少し抜いていた。ただの気分転換というよりは、彼氏の好みに合わせたというのが大きい。本人は言ってないけど、アタシとアスカはなんとなく察していた。

「そうそう!なのに一昨日会ったときになんもなくて、今日聞いてみたら『え、そうだったの?ゴメン気付かなかった』だって!」

彼氏の好みに合わせたのに、その彼氏が気づかない。誰だって怒るだろう。

 けど、ヒトエの彼氏がそういうのに鈍感で朴念仁なのは今に始まったことじゃなくて、こういう愚痴もしょっちゅうだ。だから、対処法も分かっている。

「あー、分かる分かる、鈍い人って、ホント最悪」

今にもスマホを床に叩きつけそうなヒトエを宥めるために、少しずつ論点をずらしながら同感してみせる。

「たまにいるよね、そーゆーの全く分かってない人。なんか、住んでる世界が違うっていうか」

アタシの意図を汲んだアスカも乗っかって、ヒトエを宥めにかかる。

「ほら、このクラスにもいるじゃん。なんか隅っこの方でコソコソしてて、なに考えてるか分からないようなの。そういうのって、アタシらみたいな話にはついてこれないんでしょ。……例えば、あそこの人とか」

教室を見回して、最後に一言ぼそりと付け加える。

 アタシたちとは反対側の席で机に向かってなんかしてる男子。昼休みに来た、学級委員の簾内だ。さっきまで竹馬さんっていう女子と話してたけど、一人になってからはアタシたちの話にはまるで反応しないでずっと俯いている。まさしく住んでる世界が違うって感じ。

 アスカもヒトエも、簾内をみて小さく笑った。

「ああ……」

「確かに、分かってなさそー」

「ねぇ、簾内さー」

アタシが声をかけると、簾内は驚いたように辺りを見回した。声を掛けたのがアタシだと分かると、とってつけたような笑みを浮かべる。

「本生さん。なに?」

「アタシ、今日なんか違わない?」

簾内の顔に露骨にクエスチョンマークが浮かんだ。やっぱり、なにも分かってない。アスカとヒトエも笑いを堪えている。

「……ごめん、違うって、どういうこと?」

プッ。アスカかヒトエか、堪えきれなかった笑いが小さく漏れる。

 ここまですればもう十分ヒトエの気はそれただろうけど、もうひと押ししてみよう。昼休みのことを思い出すと、どうにもこの学級委員は気に入らない。

「アタシさ、この前から髪型とか色々変えてみたんだよねー。分かんない?」

見せるように毛先を指でいじる。ここまでしてようやく簾内は質問の意図に気づいたようで、合点がいったような顔になった。

「あ、そういうことか。ごめん気づかなくて。似合ってると思うよ」

「ぷっ、あはははっ!」

「に、似合ってるって……なにそれ、意味わかんないんだけど!」

とうとう二人が声をあげて笑いだす。悪いとは思わない。それくらい、簾内の返しは的外れだ。

 簾内はなんで笑われているのか分からないというふうに目を瞬かせていたけど、もう用が済んだと思ったのか机に向き直ろうとする。

 その間際、口が微かに動いたのが見えた。

「……もっと自然な方がいいと思うけど」

「……は?」

今、なんか言った?

 アスカとヒトエは笑っていて気づかなかったらしい。けど今、確かになにか言っていた。けどその簾内は、何事もなかったかのように書き物をしている。

 どうしよう、聞き返そうか?でも、あんなに平然としてるし、空耳かもしれない。そうするとアタシがイタい奴みたいになってしまう。

 結局、聞き返せなかった。

 でも、勘違いなんかじゃない。簾内は間違いなく言っていた。

『もっと自然な方がいいと思うけど』

なにあれ。どういうこと?

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