第3話 アタシ①

直音すぐねさ、昨日のあれ観た?」

「観た。バンジージャンプのでしょ?」

「そうそれ!あれ超ウケなかった!?」

昼休み。アタシたちはいつものメンバーで集まっていた。アタシとヒトエとアスカ。高校一年のときから、ずっとこの三人グループで動いている。

「ごめん遅れたー!購買がちょー混んでてさー」

昨日やってたバラエティーの、リアクション芸人のオーバーリアクションの話で盛り上がっていると、音を立ててドアが開いて、アスカが遅れてやってきた。アスカだけ今年から違うクラスになって、昼休みになるといつもこうしてアタシたちの教室までやってくる。

「ちょっとー、遅いよー」

「ごめんごめん……ってあれ?」

パンを持って輪に入ったところで、アスカが動きを止めた。じっとアタシの顔を見つめる。

 来た。

「もしかしてスグ、メイク変えた?それに髪も……」

「うん。やっぱ分かる?」

毛先を指に巻きつけてみる。昨日よりちょっとだけ明るくなったブラウン。目元もちょっと変えたし、リップも鮮やかにしてみた。

「分かるよー!え、なになに、好きな人でもできた?」

「別にそんなんじゃないし。ただの気分」

「ってゆーかアスカ、それ今更じゃない?ウチは朝見たときから気づいてたよ?」

ヒトエはジトッとした視線をアスカに送る。その視線に気づいたアスカは、慌てて弁護しだした。

「それは、だってクラス違うし……」

「えー?」

ヒトエはもったいぶるように返事を渋る。アスカは焦ったようにヒトエの肩を掴むと、前後に大きく揺さぶった。

「ホントだって! 信じてよー!」

「あー分かった分かった!冗談だってば!冗談だからやめてって!酔う!」

あまりの激しさにヒトエが手をパタパタ振って降参しても、アスカは揺さぶるのをやめようとしない。

「ねーごめんってばー、怒らないでスグー!」

ガクンガクンガクン。止めるどころか一層揺さぶりを強くしながら、アスカは拝むような目をアタシに向けた。その目には少し笑いが含まれていて、これはヒトエの意地悪へのちょっとした仕返しなんだと分かった。

 でもそのヒトエはさっきから無言だし、ホントに酔って吐いたりしたら困る。

「別にいいって。怒ってないから」

そう言ってアスカを引き剥がす。

「あ"ー、目が回る……。ちょっとアスカー、なにもあんなにしなくてもよくない……?」

 虚ろな目のヒトエがこめかみをおさえながら文句を言う。

「あはは、ごっめーん☆」

「このっ……」

復活したヒトエがアスカに摑みかかる。アスカはそれをヒラリと躱して、二人は掴み合い始めてしまう。

「ちょっと、やめなって」

私の声はもう聞こえてないみたいで、止める気配はない。しょーがないし、止めるのは諦めてお弁当の卵焼きを口に運んだ。

 ドタバタ騒ぎになるのは好きじゃないけど、アスカも気づいたことだしアタシ的には満足だ。隣のクラスの女子も、このクラスの水城くんたちも褒めていた。他学年の男子だって、口にはしないけど間違いなく気づいてる。向けられる視線でだいたい分かる。

 やっぱり、褒められて、注目されるのは気分がいい。次はどんな風にしようか。もっと思いきったことをしてもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、アタシたちの前に人が立った。アスカもヒトエも、手を止めてその人物を見る。

 立っていたのは、眼鏡を掛けた男子だった。少なくとも水城くんたちじゃない。彼らならこんなにきっちり制服を着るなんてセンスのないことはしない。

本生ほんじょうさん。それに渡良瀬わたらせさんと雲居くもいさんも。もう予鈴も鳴ったし、そろそろ席に着いた方がいいよ。それに、渡良瀬さんは隣のクラスだよね?早くしないと間に合わなくなるよ」

思い出した。このクラスの学級委員だ。名前は……確か、簾内すないとかいったっけ。

「……はーい」

盛り上がっていたところに水を差されて、白けたようにアスカは教室を出ていく。

 それを見送って、簾内はもう一度アタシらに釘を刺すと席に戻っていった。

「……あいつ、なに?急に割り込んできて、意味分かんないんだけど」

ヒトエが耳打ちしてくる。その声には不快感が滲んでいて、それにはアタシも同感だ。

 なんなのあいつ。面白くない。

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