第2話 ウチ①

  ダンッ、ダンッ、ボールが床で跳ねるたび、振動が足の裏に伝わる。重心を前に傾けて、足を踏み出す。キュッとゴムと床板が擦れて音を立てる。対照的に静かに両手を離れたボールは、放物線を描いてゴールネットを通り抜けた。

「見目(みめ)ー。そろそろ上がれー」

二階からコーチの声が飛んでくる。

「はーい!」

一人でに跳ねるボールを回収してコートを出た。

 更衣室では、一足先に練習を上がっていたチームメイトたちでごった返していた。汗と、それを上書きするような甘い香水の香り。ときどき柑橘系の匂いもするけど、ここの空気はあまりに色々な匂いが混ざり合いすぎて、爽やかさのさの字もない。 

 今ではもう慣れたその空気をかき分けてロッカーを開ける。タオルで汗を拭っていると、隣からはチームメイトたちのガールズトークが聞こえてきた。

「ぶっちゃけ、この学年で一番なのって誰だと思う?」

「それはやっぱり、水城(みずき)くんでしょ」

「火宮(ひのみや)くんは?」

「でも火宮くんって、なんか真面目そうっていうか、ちょっとふざけただけで怒られそうな感じじゃない?」

「分かるー。勉強一筋!みたいな」

「水城くんの方が絶対いいって!勉強もできるし、スポーツも超上手いじゃん。イケメンだし!」

「えー、でもちょっと軽そうじゃない?」

話題はずばり、学年で一番格好いい男子は誰か。もう何度も繰り広げられた議論で、水城くん派と火宮くん派に分かれるのもいつものことだ。

 水城くんは、ウチのクラスのリーダー的存在で、イベントのときなんかはよくクラスを引っ張っている。文武両道見目端麗、しかも人柄がいい。学年どころか学校全体でみても一番人気だ。

 火宮くんは、学級委員長を三年間務めていて、成績はいつもトップ。クラスが違うからよくは知らないけど、彼もかなり人気らしい。

 二人とも名の知れた人だけど、審査員がバリバリの体育会系女子となると、やはり運動もできる水城くんに軍配が上がるようだった。ウチ的には、もう受験生なんだし、勉強一筋なのも大事なことだと思うんだけど。

「ねえねえ、麗華れいか的にはどう?水城くんと火宮くん、どっちがいいと思う?」

お約束の流れを聞き流していると、いつのまにかガールズトークの輪は動いて、ウチが輪の中に取り込まれていた。厄介なタイミングで水を向けられてしまう。

「え、ウチ?うーん……」

正直言って、ウチは水城くんにも火宮くんにもあまり興味がない。よく知らない火宮くんはもちろんだし、同じクラスの水城くんにしたって、そんなに憧れたりはしない。

 なんというか、クラスを引っ張るときの勢いに気圧されるというか、もちろん牽引役は必要なんだけど、そこまで一人で突出しなくても……と思ってしまう。ウチ的には、ダントツの才能があるワンマンタイプより、周りと連携が取れる人の方がいい。

 別に、バスケで考える必要なんてどこにもないって、分かってはいるんだけど。

「ウチは、そういうのよく分かんないし、あんまり興味もないし……」

「えー、なんでー!?あんなに格好いいのに!」

「同じクラスなのに勿体ないよ!水城くん、みんなに人気なんだよ!?」

「うーん……」

そんなこと言われても……。

 ウチの煮え切らない反応に痺れを切らしたのか、一人がこんなことを言い出した。

「そう言えば、今度合同体育があるじゃん。そこで水城くんが試合してるの見れば、麗子も格好いいって分かるんじゃない?」

「あ、いいねそれ!」

「私たちでみっちり教えてあげるよ!」

「え?いやいや、いいって。みんなで観てなよ」

なんだその結論は。慌てて止めようとしても気の強い女子たちにそんなのは効かないで、あっという間に来週の男女合同授業をチームメイトに囲まれて観戦することが決まってしまった。

「いやウチは……まあいいや」

ウチだって、水城くんを知らないわけじゃないし、彼が試合で活躍してることも知ってる。知った上で興味がないって言ってるのに、みんな聞く耳を持たないで、話題は次の合同体育で水城くんがどんな活躍をするかの話に移っていた。これ以上なにかを言っても無駄だろう。

 漏れた溜め息のやりどころを探してふと目を上げると、時計の針が体育館を閉める時間を指し示そうとしていた。更衣室も閉めるから、みんなをここから出さないといけない。

「ほら、もう鍵かけるから早く出てー」

それからウチは、盛り上がった話を中断させて更衣室からつまみ出す作業に専念した。

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