第13話 7月28日

今日もまた電話の音で目が覚めた。


「また、寝てる」

「ん?すずさん?」

「そうよ、駅まで来ているから迎えてに来てよ」

「駅って?」

「しゅんちゃんの最寄り駅」


とりあえず顔を洗い、簡単に着替えて家を出た。

外では蝉が鳴き、暑さからか人の往来はいつもより少なく、キャップを被ったすずさんがすぐに目についた。


「相変わらず人を待たすわね」

「というか、いなかったらどうするつもりだったの?」

「その時はその時よ。予定調和で生きる人生なんてつまんないわよ」

「まあ、言ってることがわからなくもないけど」

「わかってくれて嬉しいわ」

「そういっても、すずさんは僕の理解の上をいっているけどね」

「そりゃそうよ。そんなことよりも、ケーキ買ってきたのよ。ここ有名なところらしいの。一緒に食べようよ」


駅から10分ほど歩き、僕の1DKのアパートにたどり着いた。

「おじゃましまーす」

すずさんは率先して家に入っていき、興味深そうに部屋を眺めていた。


「ものが何もないね。まあその分すっきりしているけど」

「そうだね。あまりものを持たないので」

実際、家具や家電は最低限のものしかなく、1DKでも十分な広さがあった。

「あと、女っけもないね。安心、安心」

「それは余計なお世話でしょ」

「じゃ、まずケーキでも食べよっか。お皿出してよ」

「はい、はい」

「本当にいつも「はい」が一回余分よね」


「ここのケーキ美味しいでしょ。やっぱり日本のお菓子って繊細な味をしていて美味しいよね」

「香港でも食べれるんじゃないの?」

「香港だともう少し甘すぎるとか、簡単に言うとおおざっぱになってしまうのよね」

こたつ兼テーブルの上にケーキを並べて、二人で勢いよく食べ終えた。


その後、テレビでやっていたヒッチコックの映画を見終えたころには、太陽の光が和らぎ、西の空では夕焼けがきれいに映えていた。


「しかし、リアクションが大きいね」

映画の最中、すずさんは場面ごとに怖がったり、心配したりで大忙しだった。

「そう?素直なのよ」

「素直というのとは少し違う気がするけど」

「また人に文句をつけて。そろそろおなかもすいてきたし、ご飯でも食べに行こうよ」

「はい、はい」

「また、一回多いし」


僕たちは駅前の居酒屋のチェーン店に入り、ビールと適当におつまみを注文した。

「さすがに日曜日だと空いているのね」

「まあね、でもよく考えたら3日間続けて飲んでるね」

「しゅんちゃんも幸せ者よね。私と3日も一緒に入れるんだもの」

「それは語弊が…」

「そうじゃないって言うの?」

すずさんは相変わらず、笑ったり、怒ったりとわかりやすい反応をする。


「まあ、でも一緒にいると楽しいかもね」

「えっ?」

先ほどまでの勝気な顔の中に少し赤らめ恥ずかしそうな表情が浮かんだ。

「もう一回言って」

「何を?」

「ほんと、しゅんちゃんって意地悪よね」

元の表情に戻ったすずさんに可愛らしいねと心の中でつぶやいた。


そして、焼き鳥は塩かたれかの決着のつかない論争が始まり、結果その戦いは休戦ということで、駅まですずさんを送って行くことになった。


「3日間楽しかったね」

「はい、はい」

「また照れて」

「照れているわけじゃないけどね」

「来週はお泊りセットを持ってこようかな」

「ん?それ昨日も話したような」

「ダメなの?でも待っててくれるのだったら香港行っても多分2、3年で戻ってくるよ」

「戻ってくるんだ?」

「そうね、さすがにずっとではないと思うし。日本で働くのも悪くないことも分かったしね。それにいつ行くかわからないんだから、今を生きなきゃだめよ」

「なんで説教されるのかよくわからないけど…」

「まあ、そういうことよ。これからもよろしくね」

「こちらこそ」

「はい、決まり。じゃ、ここまででいいわ。また明日会社でね」


改札を通り颯爽と歩いていく姿を見送っていると、ちゃっかり上りエレベーターの手前で振り返ってきたので、手を振り返し、姿が見えなくなるまで見届けた。

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