第12話 7月27日

土曜日ということで寝だめ真っ只中の折、どこからともなく電話の聞こえる音で目が覚めた。


「いつまで寝てるの。映画見に行こうよ」

「ん?」


若干寝ぼけた頭には元気な声は少し厳しかったようで、うまく言葉がでずにもごもごしていたところ、

「すずよ、わからなかったの?」

「すずさん?電話番号知ってたっけ」

「昨日教えてくれたじゃない」


昨日仕事のせいで飲み会の合流が遅くなったことから、場所の確認のためにそれぞれ電話番号を教えあったことをぼんやりと思い出していた。


「じゃ、14時にこの前のところでね」

「え、今何時?」

「12時よ。大丈夫でしょ?」

「はい、はい」

「佐々木さんにも言われたでしょ、「はい」は一回!」

電話が終わった後にようやく今日の予定は何もなかったことに気づいた。


慌ててシャワーを浴びて、計ったように10分遅れで待ち合わせ場所に到着した。


「また、遅れて」

「家に出るときは間に合うと思ったんですけどね。残念ながら電車がなかなか来なくて」

「電車の時間くらい調べればいいじゃない」

「結果論としてはそうなんだけどね」

「また、結果論とかそんな意味のない言葉でごまかす」

「まあまあ、で、何を見に行くの?」

「今日はハリウッド映画にしましょ」

そんな会話を交わしているうちに目的の映画館に到着し、前回同様ポップコーンとコーラを買い、指定された席に座った。


3時間弱のどんでん返し満載のアクション映画を満喫し、とりあえずロビーに出た。

「今日はさすがに泣かなかったんだね、すずさん」

「そんなことないわよ、主人公の相棒が身代わりになって死んだところは泣けてきたでしょ」

「そう?誰も泣いてなかったと思うけど」

「感受性豊かな女の子なのよ。覚えておいて」


外は夏真っ盛りで、一歩ごとに汗がにじみ出るようだった。

どこかでお祭りでもやっているのか、もしくは花火なのか、浴衣で歩く女性が目につき、平日のスーツ姿の群れとは違った華やかな夕暮れ時を、2人歩いていた。


「さて、何食べよっか」

「花よりだんご……」

「ん?何か言った?」

「いや、別に」

「グダグダ言ってないで何食べるか決めないと」

「決めないといけないわけではないと思うけど」

「あ~、うだうだと男らしくないわね、私が決めちゃうよ」

「どうぞ、どうぞ」


強引だけど何だか流れに任せることに仄かな安ど感を覚えるのは、すずさんの人柄によるのかもしれない。

そうこうしているちにビールメーカー系列の居酒屋に颯爽と入っていくすずさんの姿が目に入った。

慌てて少し小走りで店に入っていくと、すでにカウンターの席を案内されているすずさんの姿を見つけたので、隣に座った。


「黒ビールとかもあるようだけどどうする?」

「とりあえず最初は普通のビールで良いかな」

通りがかった店員に生ビールを2つ頼んで、おしぼりで少し手を涼めた。


軽く乾杯をして一気にのどを潤し、どちらからともなく今日の映画の批評を始めた。

主役の男性がすずさんのお気に入りの俳優だったせいか、結果的にはもう少しひねりがあってもよさそうだったものの、総じて満足のいく物語であったということに落ち着いた。そのころには2杯目の黒ビールが運ばれてきた。


「黒ビール結構いけるね、でも普通のビールと交互に飲まないと少し飽きるかな」

外の気温のせいか、すずさんは、いつにも増して食べ物よりもビールの進み具合が顕著であった。

僕はと言えば、食べ物をちゃんとおなかに入れつつ、すずさんのペースに引きずられるようにビールを追加していた。


「そういえば、今日はお祭りとか花火とかやっているのかな?」

「知らない。何で?」

「さっき、映画館から出たところで、結構浴衣姿の人を見かけたし」

「そうだっけ、私は気づかなかったな」

「飲めるところを探してばかりで周りが見えなかったんじゃないの」

「しゅんちゃんが探してくれないからじゃない」

「そう言われればそうか、まあでもおいしいビールに与れたのですずさんのおかげですな」

「わかってりゃいいのよ」


すずさんは良いことが閃いたように笑み満面で続けた。

「今から花火しようよ。コンビニでも売っているでしょ。日本に帰ってきたら花火よ、うん」

僕は、また突拍子もないことを言い出すなと思いつつ、返答に困っていると、

「私の家の近くに公園があるから、そこでしようよ。しゅんちゃんの家の途中駅だから問題ないでしょ」

「問題ないといえば問題ないけど……」

「じゃ、善は急げ」

言葉にのせられて、まだ半分くらい残っていた黒ビールを一気に飲み干し、大急ぎで店を出た。


「やっぱり線香花火かな」

すずさんがわくわくした顔で問いかけてきた。

「そうだね、線香花火は外せないかな。後は途中で色の変わる花火とか?」

「良いねえ」

僕たちはビールを短時間で飲みすぎたせいか、または夏の花火がそうさせるのか、いつもよりテンション高めで駅に向かった。


駅前のコンビニで花火セットとライターを調達し、すずさん紹介の公園に向かった。

公園にはすでに親子3人で仲良く花火をしている先客がおり、その邪魔にならない場所を選んで陣取った。


「やっぱり花火は日本よね。香港とかだと爆竹になってしまうのよね。大騒ぎするのもそれはそれで楽しいんだけどね」

そんなことを言いながら、すずさんは手際よく花火セットの袋を破き、少し大きめの花火を取り出した。

「しゅんちゃんはこの大きめの花火をやりなよ。私は線香花火で良いや」


親子連れの楽しそうな声を聞きながら、しばらく二人並んで花火をしていた。


「しゅんちゃんは私が香港に行くと寂しい?」


あらかたの花火が終わり、線香花火の柔らかな炎を楽しんでいた時に、ふいにすずさんが話しかけてきた。


「そうだね。まあ、でもすずさんの性格だと、寂しいと言ったところでそんなことほっておいて行くんじゃないの」

「よくわかっているじゃないの」

すずさんは愛くるしい笑顔を見せた。


僕はその時、手放したくないものを見つけた気がした。


いつの間にか親子連れもいなくなり、公園には心地よい夜の静けさが漂っていた。

「さて、ぼちぼち帰りますか」

「そうね、じゃ終わった花火は私の家で捨てるから、ちゃんと持ってきてね」

「はい、はい。でも花火とすずさんを送り届けたらちゃんと帰るよ」

「そうなの?」

「それ以上の付き合いになっても、すぐに香港とか行ってお別れになりそうだしね」

「香港に一緒に来ればいいじゃない。あっちで仕事を探している間、私が養ってあげよっか」

「さすがにそういうわけにはいかないでしょ」


すずさんの発想に少し苦笑いをしながら、どちらからともなく2人手をつなぎ、すずさんを家まで送り届けた。


遠くからかすかに打ち上げ花火の音が聞こえていた。

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