第10話 7月22日

日本を離れている間に梅雨明け宣言がなされたらしく、朝からこれでもかというほどの青空が広がっていた。

そんな晴天に励まされるように、1週間分のたまった書類を片付けることに朝から専念していた。ようやく夕方になってひと段落つき、甘さを求める脳に従い、近くの自動販売機に缶コーヒーを買いに出かけた。


「あら、しゅんちゃん、お帰り」

自動販売機で微糖の缶コーヒーを買っていると、後ろから佐々木さんが声をかけてきた。


「朝から仕事大変そうね。私たちに挨拶にも来ないし」

「そんなこと、いつもしていないでしょ」

「『ただいま』くらいあっても良いんじゃない?」

「はい、はい」

「なんだか憎ったらしい言い方だわね。で、どうだった?タイでは何か探し物は見つかった?」

「そうですね、メコン川やラオスの国境付近でフラフラしてましたけど、そんな簡単には人生何も見つからないですね」

「そりゃそうよ。見つかる時は見つかるんだから、そんな遠いところに行く必要ないって」

「結構深いですね。年の功ですか」

言い終わる間もなく、佐々木さんが僕の左腕をつまみ上げた。

メコン川の雄大な風景を眺めて一つ分かったことは、心の奥底でモヤモヤしている部分をわかってくれる人と一緒にこういう景色を見たいという気持ちだった。

ひょっとするとそれが僕の探していいた生きる意味なのかもしれないと漠然と頭に浮かんだが、話がややこしくなりそうなので、その場では話さずにいた。


「佐々木さんとしゅんちゃんじゃない?こんなところで何ひそひそ話しているの?」

「すず、お疲れ様。よく嗅ぎつけてきたわね。ねえ聞いてよ、こいつ、わたしをおばさん呼ばわりしたのよ」

「ひどい、しゅんちゃん」

「ひどいって言いながら、なに笑顔なのよ」

「まあいいじゃない、楽しそうなことと美味しいものについては鼻が利くのよ。しゅんちゃん、楽しかった?」


僕は怒りが増している様子の佐々木さんから目を背けるように、

「ずっと体力勝負な感じだったけど、予定通りタイからラオスにも渡れたし、まあ満足な旅だったといったところかな。国境付近で日本人が歩いていると怪しげな人たちに声かけられることもわかったし、社会勉強ですな」

「ついていかなかったの?」

「見るからに怪しそうだったしね。しかも何故か片言の日本語しゃべってたし、興味に撒けて人生を投げ出す勇気はさすがになかったかな」

「そこはやっぱり話のネタとしてついていくべきよ」

佐々木さんは怒りがおさまっていないふりをしつつ、いかにも残念といった風に口を挟んできた。


「でも、私たちと一緒に飲めなかったから寂しかったんじゃないの?」

人生を投げ出すリスクについてスルーされたことに苦笑しながら、

「そんなことはないですけどね。そういや、タイの安宿で寝ていた時に、2人が出てくる夢を見ましたよ。場所はわからないんですけどなぜか火事になって、佐々木さんは先に逃げたようで、すずさんもがしがしさっさと避難しようしていましたね」

「夢を見るなんてやっぱり寂しかったんだね。でも私だったらちゃんとしゅんちゃんを助けてあげるよ」


「何少し嬉しそうな顔しているのよ」

にやにやしながら佐々木さんはすずさんの横顔を眺めていた。

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