第3話 座敷牢の少女 その二



 男同士だから友達だと思われたのだろう。それとも青蘭を女だと勘違いして、アベックだと間違われたのだろうか。

 くっつきそうなほど近く敷かれた布団のなかで、おたがい背中をむけあっている。


 近いようで遠い。

 超えられない、この境界。


 これからずっと、この距離に苦しみながら眠れない夜をすごすのは、あまりにも不健全だ。

 龍郎は布団のなかで半身を起こした。

 青蘭もまだ眠っていないのは、息遣いからわかる。


「青蘭。はっきり言うけど、おれはおまえをあきらめるつもりはないから!」


 青蘭は布団のなかで体を丸めた。そっとまばたきするのが、豆電球の暗い光のなかでも見てとれる。

 このまま聞こえないふりをして無視するつもりのようだ。

 しかし、龍郎はくじけない。昔からメンタルは強いほうだ。


「なんで『好き』って言ったら『嘘つき』になるんだ? そのわけを教えてくれよ。なんで、おれの言葉が信じられないの?」


 ことによると、また青蘭が泣きだすのではないかと思った。でも、わけを知らないと、ここから一歩も進めない。青蘭が傷ついているのなら、その理由を知って、つらい記憶を克服する手助けをしたい。


「青蘭。怒らないから、正直に聞かせてほしい」


 すると、しかたないと思ったのか、青蘭も起きあがってきた。


「龍郎さん。僕は……子どものころから、ずっと穢されてきた。ほんとの僕を知ったら、あなただって嫌いになるよ。きっと……」

「おれは嫌いにならないよ。どんなおまえでも、変わらずに愛し続ける」


 手を伸ばし、布団をつかむ青蘭の手をにぎる。青蘭がビクッとふるえる。でも、嫌がらない。

 ほのかに鼓動が伝わるのは、おたがいのなかにある玉のせいだろう。共鳴している。


 龍郎はその手をにぎりしめた。もう片方の手で青蘭の肩を抱きよせ、ゆっくりと唇をふれあわせ……ふれ……。


「あのぉ。すいません」


 ふれあわせられなかった!

 とつぜん、女の声がした。さては、座敷わらしか?


(う、嘘だろ? なんで今? 今ものすごく、いいふんいきだったよな? いくら座敷わらしだって、空気読んでくれよ!)


 叫びだしたい気分で頭をかかえる。

 青蘭は気分が乗ってしまったのか、声を無視して龍郎に抱きついてきた。なんだか、いろいろ、いやらしいことをしてくるので困ってしまう。


「ちょ、ちょっと、青蘭……ダメだって。嬉しいけど。座敷わらしが出、出、出てきたぞ?」

「もういいよ。だって気持ちいいんだもん。ねえ、ここ、さわってみて。こっちも。ああん……なに、これ? たまんない……」


 声だけ聞けば、すっかり一体化している態だが、単に青蘭の下腹部を右手でなでまわしているだけだ。エロというより、お腹をこわした子どもを気遣う父親の仕草だ。

 しかし、青蘭はウットリしている。

 龍郎も理性が消えてしまいそうに心地よい。


 と、また、あの声がした。

「すみません。あの、もうお休みですか? お話させてもらっていいですか?」


 龍郎は気づいた。

 その声は部屋の外——廊下から聞こえている。そういえば向かいの部屋に若い女の人が宿泊していた。おそらく、その人だ。


「せ、青蘭、残念だけど……すっごく残念だけど、今夜はやめとこ?」

「ええ? なんで? 龍郎さんのイジワル!」


 ぐずる青蘭をむりやり引き離すのは、半身が引き裂かれそうなほど無念だった。ほんとに惜しい機会をなくした。これが最初で最後のチャンスだったかもしれないのに。


 とは言え、女性が急病などで救助を要していたら大変だ。龍郎は泣く泣く、事足りるをあきらめた。

 ぬぎかけのガウンをひきずるようにして、まといつく青蘭を背負ったまま、襖の前まで膝立ちで移動していく。

 襖には最新式の和室用ドアロックがとりつけられている。ロックを外して開けると、思ったとおり、先刻すれちがった女が立っていた。龍郎と青蘭のようすを見て、顔をひきつらせて数歩あとずさる。


「ご、ごめんなさい……おジャマだったみたい」

「えーと……」

「ジャマだよ。ジャマ。これからいいことするとこだったのに!」


 女性はためらったようだが、それでも、あとには引かなかった。意外にしぶとい。正直、龍郎でさえ、今は遠慮してくれたらなぁと思うのだが。


「あなたたち、座敷わらしに興味ないみたいね! よければ、わたしと部屋を交換してくれない? 向こうにも予備の布団あるし、好きなだけ、あれこれしてください」


 いいよと青蘭が言うのかと思えば、女が座敷牢の前にかけより「ああッ、やっぱりある!」と叫ぶのを聞いて、急速に冷静な目に戻る。


「……おい、おまえ。ただの客じゃないな? この部屋になんの用だ?」

 いつもの青蘭だ。おい、愚民と言わなかっただけマシなほうである。


 女はあらためて龍郎たちのほうに向きなおり、ぺこりと頭をさげる。

「わたし、遊佐ゆさ清美きよみと言います。古くさい名前で、すいません。うち、旧家の親戚筋なので、キラキラネームつけてもらえなかったんですよ」


 なかなかマイペースな女性だ。

 青蘭はイラついている。

 まあ、お楽しみの邪魔をされた上、キラキラネームになりそこなった話をされれば、たいていの人は気分を害する。たとえ、青蘭でなくてもだ。


「あっ、すいません。この家、昔はもっと羽振りがよかったんですよね。昔は庄屋で。おじいさんの前の代に急速に傾いたらしいんです。それで最後の持ちぬしだった伯母が死ぬときには、もうお屋敷のほうはつぶれて、この家しか残ってなかったんですよね。もともとは、ここも離れの一つで、昔は庭に蔵なんかもあったんですよ?」


 清美の言っている意味が最初よくわからなかったが、聞くうちに、だんだん事情が飲みこめてくる。


「つまり、あなたの伯母さんが、この古民家のもとの持ちぬしだったんですね?」

「そうです。そうです。すいません。わたし、テンパると自分でも何を言ってるかわからなくなって」

「じゃあ、なんで客として泊まりに来たんですか?」

「じつは伯母が先月、亡くなったんです。そのあとから、わたし、変な夢を見るようになったんですよね」


 どうやら長い話になりそうだ。

 龍郎はため息をついて、布団の上にすわりなおした。

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