第3話 座敷牢の少女 その三
「あっ、お時間いいですか? じゃあ、話しますね。伯母……母の姉ですね。まだ五十代だったんですが、不治の病で長くなかったんです。それでこの家を売りに出したんですが、けっきょく先月、亡くなりまして。
それからなんです。毎晩、夜になると夢を見るんですよね。夢のなかで、いつも誰かが泣いているんです。女の泣き声ですね。まわりが暗いんですが、わたしはこの家に来ていることに気づいています。泣き声のするほうへ歩いていくと、この座敷牢の前に来ます。
すると、このなかに、とてもキレイな着物を着た女の子がすわっています。うしろを向いていて顔は見えないんですが、髪も長いし、着物が振袖だから、女の子だってことはわかるんですけどね。
『どうしたの? なんで泣いてるの?』って、話しかけてみるんですが、少女はこっちを見てくれません。そういう夢です」
清美の話を聞きながら、暗い座敷牢を見ると、急にゾクゾクしてくる。
龍郎は確認してみた。
「つまり、それって、この家に残された座敷わらしが、家族がいなくなってさみしがってるってことかな? 女の子の服装とかが、この部屋で目撃される座敷わらしと同じなんだけど」
「あっ、それ。座敷わらしじゃないと思いますよ?」
「えっ? なんで?」
「続きを聞いてください」
やっぱり清美はマイペースな女だ。
嫌いじゃないが緊張感に欠ける。
怪談を語るのに向いてない。
「それで思いだしたんです。伯母が生前、とても大切にしていた人形があったなって。この家に昔からある人形らしいんですが。伯母はいつも言ってました。『わたしが死んだら、この子もいっしょに棺桶に入れてね』って」
「人形?」
龍郎は座敷牢に近づき、闇の奥を見すかす。たしか、なかに市松人形があった。豆電球の光では座敷牢のすみまで見るのに充分な照明とは言えない。電気の傘からさがる紐をひっぱって、明るくした。蛍光灯が座敷牢のなかまで明るく照らす。
「あるな。人形」
「あれです。きっと引っ越すときに、伯母がウッカリして忘れてしまったんだと思います。だから、あの子、伯母のところに行きたがってるんじゃないかと。あれ、もらっていってもいいですよね?」
「錦戸さんがいいって言えば、いいんじゃないの?」
「ですよね。事情を話して譲ってもらうことにします。ちょっと、あそこから出してきていいですか?」
「えっ? 出せるの?」
「出せますよ。伯母の遺品を整理したときに、これがあったので」
清美はパジャマのポケットから大きな鍵をとりだした。形が単純で、いかにも昔のものだとわかる。こんなものを持っているということは、清美が嘘をついているということは、まずない。ほんとにこの家のもと持ちぬしの親戚なのだ。
「いいんじゃないのかな? 人形一つなくなっても錦戸さんは困らないと思うし……って、座敷わらしが出なくなると商売にさしさわるのかな」
腕を組んで龍郎が思案していると、青蘭が真剣な顔で口をひらく。
「ねえ、愚民。おまえ、この家の親戚ってことは、知ってるんだろ? ここ、なんで座敷牢なんてあるんだ?」
清美は愚民と呼ばれたのが自分のことだとわからなかったようだ。キョトンとしている。
「何、キョトン顔してるんだよ? 僕が聞いてやってるんだ。さっさと答えろ」
「ああ、わたしですか。すいません。座敷牢があるわけ……わたしもハッキリ聞いたことはないんです。母に聞いても、いつも言葉を濁すので」
「じゃあ、母親はわけを知ってるんだな?」
「たぶん」
「そのわけを聞いてこい」
「明日でもいいですか? 母、もう寝てると思うんですよね。いつも九時には寝ちゃう人だから」
「は? それで許されるとでも?」
さすがに聞いていられなくなって、龍郎はあいだに入った。
「ごめん。ごめん。清美さん。コイツ、こんなヤツで。明日でいいよ。な? 青蘭」
青蘭は「龍郎さんがそう言うんならいいよ」という目で、龍郎をながめてくる。
態度の変わり身の速さに、ちょっと、あぜんとしてしまう。
普通の女なら機嫌を悪くするだろうに、清美はカラカラと笑った。
「二人、仲いいんですね。ほんと、ジャマして、ごめんなさい。じゃあ、あの子をつれていったら、わたしは自分の部屋に帰るので」
清美はそう言うと、錠前に鍵をさしこんだ。カチリと錠がひらき、格子戸があけられた。壁でふさがれていたわけではないのに、なぜか、清美が格子戸をひらくとき、カビくさいような匂いが一瞬した。
なんとなく、ひきとめたほうがいいような気がしたものの、清美は躊躇することなく座敷牢のなかへ入り、葛籠の上に置かれた人形を手にとった。座敷牢から出てくると、もとどおり鍵をかける。
「じゃあ、ほんと、おジャマしました。楽しんでくださいね!」
おせっかいな一言を言い残して去っていった。
龍郎は青蘭とむきなおる。
「龍郎さん」
「青蘭……」
青蘭が龍郎の右手をとり、自分のお腹の上にのせた。が、すぐに侮蔑的に言いすてる。
「あっ、ダメ。萎えてる」
「その言いかた、やめろよ! おれが不能みたいじゃないか」
「現に今、不能でしょ? つまんない人だな」
二人のあいだの共感性は失われていた。あの不思議な高揚感はもう返ってこない。二人の心が通じたときにしか、あんなふうに賢者の石が共鳴しないのかもしれない。
「……もう寝よう」
「そうですね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人は別々の布団にもぐりこんだ。
でも、今度はおたがいを向きあって。布団の端から、そっと手を伸ばすと、その手を青蘭がにぎった。
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