第三話 座敷牢の少女

第3話 座敷牢の少女 その一



 ようやく、(青蘭の)念願の座敷わらしの出る宿にたどりついた。

 有名な宿ではないが、ネットで検索すると、今もっとも出ると評判の小さな民宿だ。とうぜんのことながら、すでにその日は満室。数日さきまで予約でいっぱいだったが、青蘭が先着の宿泊客に札束を叩きつけると、喜んで部屋を譲ってくれた。

 おかげで宿はとれたが、青蘭の今後の生きかたが心配になる。若くて魅力的なうちはいいが、年をとってもこれだと、いつか誰かに殺されかねないと龍郎は思う。


 民宿なので、部屋数は少ない。母屋と離れがあり、母屋のほうが宿泊施設になっている。離れは宿の主人夫婦の生活空間であり、あいだに広い中庭があるので、夜には母屋の玄関口にある内線でしかつながれない。

 主人夫婦は錦戸さんと言い、もともとの宿の持ちぬしではなかった。つい最近、退職金でこの古民家を買いとり、民宿を始めたという。


「だからねぇ。どんないわれで出てくるのか、さっぱりわからないんですよ。見た人の話だと、十三、四くらいの着物を着たキレイな女の子らしいです。残念ながら、私は見たことないんですがね」と、龍郎たちを部屋に案内するとき、錦戸さんが教えてくれた。


「よく出るのは、この部屋らしいんです」


 案内してくれたのは二間続きの和室だ。一方は八畳、もう片方は六畳の本間である。京間ではないから、西日本育ちの龍郎はちょっと狭く感じる。

 買いとったときにリフォームしたのか、畳は新しい。が、調度品は以前の持ちぬしからそのまま譲りうけたようで、どれもこれも古めかしい。


 しかし、何よりも目をひいたのは、きれいな和箪笥わだんすや、床の間の素朴な顔の恵比寿の掛け軸などではない。

 二つの座敷のあいだを仕切る格子だ。十センチ角はある太い木で組まれて、天井から床まで完全に二間のあいだをふさいでいる。まんなかに一ヶ所だけ、茶室のにじり口のように小さな格子戸がついていた。古い蔵にとりつけるような大きな錠前がぶらさがっている。


「えっと、これ……座敷牢ですか?」

 龍郎がたずねると、錦戸さんはニコニコ笑いながらうなずく。

「たぶん、そうなんでしょう。この座敷のなかに女の子が出てくるそうです。髪の長い女の子が」


 座敷わらし……と聞いていたから、もっと無邪気な感じを予想していた。が、座敷は座敷でも座敷牢となると、ちょっと事情が異なる。


 青蘭は楽しそうに笑った。

「座敷牢わらしか」

「やめろよ。青蘭。夜中にほんとに出たら、どうするんだ?」

「上等です。返り討ちにしますから」

「そんなこと言ったって、おまえは霊体を祓えないくせに」


 青蘭はすねたようすで口をつぐんだ。

 助手のぶんざいで、ちょっと力をつけたからって……とかなんとかブツブツ言っている。


 入浴して、きりたんぽ鍋を食べたあと、錦戸夫婦は離れに帰っていった。


 母屋には客室が二つあったが、もう一つの部屋にどんな客が泊まっているのかわからない。浴室は共同だ。入浴後、廊下で二十代の女性とすれ違った。きっとあの人が反対側の部屋の客だろう。つれがいたふうではなかったから、女の一人旅かもしれない。


「ああ、この錠前の鍵、ないのかな?」

 龍郎と二人きりになると、青蘭はウズウズが止まらないようで、しきりと座敷と牢屋のあいだの格子の前をウロウロする。錠前をガチャガチャしているが、もちろん鍵がないのだから開くはずがない。やっぱりエクソシストには金庫やぶりの技能もないとダメなのかもしれない。


「青蘭。ここに出るのって、座敷わらしなんだよな? 悪魔じゃないよな?」

「妖怪って意外と低級な悪魔ってことが多いんですよ。西洋でも、ゴブリンとかトロールとか、たいていそうです。とくに日本は明治以前って一般に悪魔って概念がないじゃないですか。悪魔を和風に解釈したのが妖怪だったってケースが、ままある」

「あっ、そうなんだ。だから見てみたかったの?」

「そうですよ」


 まあ、青蘭ほどの大金持ちなら、今さら座敷わらしにあやかって出世する必要はないだろう。

 しかし、もしもこの宿にいるのが悪魔だったなら、青蘭に退治されてしまうということだろうか?


「なんか、みんなの夢を壊すみたいで悪いなぁ」

「何を意味不明なこと言ってるんですか? 悪魔は人間を取り殺す悪いものなんですよ? ほっとくよりは始末したほうがいいでしょ?」

「うん。まあ」


 たしかに、これまで出会った悪魔はたいてい人間を喰ったり、さらったり、悪いことをしていた。悲しい事情がないわけではない、という場合もあったが、結果は同じだ。やはり、悪しき魔なのだ。


「それにしても、なんで、おれが悪魔を退治できたのかなぁ? 霊体は青蘭でも退治できないのに?」


 今朝のことを思いだし、龍郎は聞いてみた。青蘭の答えは、こうだ。


「僕のなかにある玉と、あなたのなかにある玉は完全に対になってるから……かな? 僕の玉は物質としての悪魔に、あなたの玉は霊としての悪魔に、より強く影響をおよぼすことができるってことなんだと思う」

「なるほど。じゃあ、二人でいるときなら、ほとんどどんな悪魔でも消滅させられるのか」

「そうなりますね。二人の玉と玉をふれあわせていれば、力も増幅するし」


 それなら、青蘭を守る上で、ひじょうに役立つ。


「さあ、青蘭。もう寝よう。今日は疲れたよ。座敷わらしも客が起きてると用心して出てこないよ」


 それでも青蘭はしばらく、名残惜しそうに、座敷牢のなかをのぞいていた。

 格子の向こうには、こっちほど家具はない。すみのほうにたたんで置かれた布団が一式。何もかけられていない衣紋掛け。葛籠つづらが一つ、置かれている。葛籠の上には市松人形が。


「ほら、青蘭。布団入るぞ」

「いいですけど、僕にイタズラしないでくださいよ?」

「…………」


 そんなこと言われると、よけい意識してしまうと、なぜ気づかないのだろう? それとも、わざとなのだろうか? 龍郎をからかうために?


 龍郎はため息を吐きだして、となりあわせに敷かれた布団の一方に入った。

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