第1話 魔女のみる夢 その十八
星流の霊は消えていた。
神父だったという、青蘭の父。
だが、彼は賢者の石の力を熟知していた。ただの神父ではなかったのだろう。いわゆるエクソシスト。悪魔祓いを専門にしていたのではないだろうか?
(おれに力を託した。この力で、おれは青蘭を守る)
まっすぐであり続けろと、星流は言った。それなら、龍郎は迷っている場合ではない。ただ青蘭のそばにいて、青蘭に寄りつく悪魔どもを祓っていくだけだ。いつかは青蘭のなかに巣食うアンドロマリウスとアスモデウスも駆逐してやりたい。青蘭に非業の死なんて迎えさせるわけにはいかない。
龍郎はこの日、決心した。
何があっても、自分は変わらないことを。二度とゆるがないことを。
ロザリオを首にかけて、龍郎は廊下へふみだした。
嫌な感じはしていた。魔王の気配が近い。だが、まだ、魔王の結界のなかではないようだ。それが星流の力なのかわからないが、以前より悪魔の匂いに敏感になっている。
それに、なんだか自分の力を簡単に把握できる。星流の力を継承する前は、自分のなかに何かの力はあるものの、それをどう使っていいのか見当もつかなかった。だが、今は自分に何ができて、何ができないのか理解できる。今なら低級な悪魔くらい、一人でも退魔できる気がした。
その力で、なんとなく嫌な匂いのするもとへ向かっていった。同じ最上階のスイートルームのどこかから、その匂いはするようだ。
薄暗い廊下を歩いていくと、ある一室から強烈に魔の匂いがした。悪魔か、少なくともそれを召喚した者が室内にいる。
今すぐ、その部屋に押し入って——と思ったが、残念ながら、部屋には鍵がかかっていた。悪魔退治の力は急上昇したが、泥棒の腕はあがらないので、部屋に押し入ることができない。
うーん、こんなところで現実的な問題にぶちあたるとは思わなかったと、龍郎が頭をかかえていると、うしろから、ぽんと肩を叩かれた。
見ると、フレデリック神父が立っている。
「な——」
「しッ!」
龍郎は腕をとられて、その部屋の見える廊下のかどまで後退させられた。
「なんで、こんなところにいるんですか? っていうか、そうか。青蘭のお父さんと友人で仕事仲間ってことは、あなたもエクソシストなんですね?」
「ああ」
怪しい行動が多いはずだ。
神父も学園にひそむ悪魔を追っていたのだ。あるいは彼が“魔女”ではないかと疑った自分が恥ずかしい。
(だって、なんとなく好きになれないんだよな)
龍郎の感情を見透かしたように、神父は笑う。
「君は星流の力を継承したね? 君から星流の匂いがする。彼と話もできたかな?」
「ええ、まあ」
「彼はなんて?」
「なんで、そんなこと、あなたに言わなきゃいけないんですか?」
「彼は任務の途中で事故死してしまったからね。相棒の私に言い遺すことがあったんじゃないかと思ったのだが?」
「ああ、そういう……別に何も仕事のことなんて言いませんよ」
「そうか……」
神父の表情が少し曇る。
それほど重要な任務を遂行していたのだろうか?
「青蘭のお父さんがしてた任務って——」
聞こうとしたときだ。
足音が近づいてきた。
廊下の角から人が来る。
よく見ると、その人物は聖マリアンヌ学園の制服を着ている。生徒が保護者のもとへ遊びにきたようだと、龍郎は考えた。
しかし、まといつくような暗がりからその姿が現れ、すっかり見てとれるようになると、異様さが目についた。顔にベールをかぶっている。葬式のときに未亡人が頭からかぶって顔を隠している、あれだ。刺繍の入った黒いシフォンのレースが顔をおおっている。目鼻口があることくらいしか見わけがつかない。
その少女は龍郎たちの見ている前で、あの部屋へ入っていった。悪魔の匂いのする、あの部屋だ。
龍郎はフレデリック神父と顔を見あわせた。神父はうなずいて、足音をたてないようにしながら、その部屋のドア前まで近づいていく。龍郎も追った。
見ていると、神父は僧服のポケットから何やらケースのようなものを出した。カードを一枚とりだす。
どうするのかと思えば、それを生体認証装置にかざす。ホテルのマスターキーだ。宿泊者に何かあったとき、ホテルの関係者が出入りするためのカードキー。
(この人、なんで、そんなものを……もしかして盗んだんだろうか?)
悪魔退治には泥棒のスキルも必要なのかもしれないと、龍郎は考える。
そのあいだにも、神父はドアをあけていた。そっと数センチひらくと、すきまからなかを覗く。龍郎もマネしてみると、ベールの少女は入口のリビングルームから奥の寝室らしき扉の内へ消えていくところだった。室内には、ほかに人影はない。
もしかして、少女売春の現場ではないかと、龍郎は考えた。夜中に客に呼ばれてやってきた生徒ではないかと。だから、顔を隠しているのだ。
神父に手招きされて、龍郎は室内へ侵入した。悪いことをしている気がしてドキドキする。
スイートルームの装飾も豪勢だ。もちろん、プレミアスイートほどではないが。ふかふかの絨毯が二人の足音を消してくれる。
少女の消えた寝室の扉を、神父があけた。なかを見て、あやうく龍郎は声をあげるところだった。
なかなかのショッキングな状況が、龍郎たちを待っていた。
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