第1話 魔女のみる夢 その十三



 白石先生と神崎先生は恋人同士なのだろうか?

 それなら、同じヘナをしていてもおかしくない。


 しかし、ここは女子校だ。ファッションに敏感な女の子たちが山といる。そんななかで、誰にでもすぐにわかる場所に、いかにも恋愛関係を疑われるような模様を入れるだろうか?


 教師だって恋愛は自由だ。とは言え、夫婦は同じ学校での勤務が禁じられている。結婚すればどちらかが辞めるか、他の学校に転勤になる。そういう決まりだ。


 ましてやカトリック系の女子校。昔の女学校なみに校則は厳しい。

 教員の自由恋愛も普通の学校より縛りが多いに違いない。


(そもそも、白石先生はクールな人だ。いくら恋人だからって、ペアルックとか絶対にしそうにない。生徒にからかわれるなんて、許せない人だろう)


 昨日の会話。

 自分で自分の名前を相手に対して呼びかけていた美月先生。

 そして、今日のこの白石先生と神崎先生との共通点。


 気になって午前中のあいだ、ずっとモヤモヤしていた。二時間めが社会だったので、龍郎は否応なく授業をしたが、かえって緊張せずにすんだ。


 昼休み。昨日のようにクラスの女の子たちに囲まれながら食事をしていた龍郎は、窓ぎわの席でみんなと離れて話す二人の生徒を見かけた。

 橘笑波と……もう一人は、久遠だ。

 昨日はみんなをさけていた笑波が、今日は弾んだようすで久遠と話している。


 龍郎はクラスの女の子たちに「ちょっと、ごめん」と断っておいて、久遠と笑波に近づいていった。


「やあ、こんにちは。坂本さん。うちのクラスの橘さんと仲がよかったんだね」

 にこやかに声をかける。

 しかし、龍郎が声をかけた瞬間に、二人は黙りこんだ。白けたような目で、龍郎を見つめる。

 何が、というわけではないが、龍郎はたじろいだ。

 なんだろうか? 久遠が別人のように見える。昨日は純粋な少女から大人の女性へ脱皮しようとする、この時期特有の透明感のある女の子だったのに、今日はまるで老獪ろうかいな妖女のような風情だ。


「何か、ご用ですか?」

「殿方にお話の邪魔をされたくないのですけど?」

 二人に言われて、龍郎はすごすごと引きさがった。

「……すいません」

 なんだか、母親に叱られた気分だ。


 もとのテーブルに戻ってきた龍郎を見て、美玲や明音たちがニヤニヤ笑う。

「だから、やめとけって言ったのにぃ」

「ねえ? ぜんぜん、相手にしてくんないでしょ?」

「ほんとにイジメとかじゃないんだよ。なんか話があわないんだもん」

「そうだね」


 今なら、美玲たちの言いぶんもわかる。たしかに、二人はイジメられているようではなかった。優雅に学園生活を楽しんでいるように見える。ただ、はつらつとした少女たちのなかでは浮いて見えるほどに、少女らしさが感じられないだけだ。


(久遠には伯母さんのこと聞こうと思ってたのにな。しかたないか。また機会があるだろう)


 昼休みが終わると、白石先生が食堂まで迎えに来た。放置しておくと、また龍郎が逃げると思ったのだろう。

 事情を説明したいところだが、白石先生は何か怪しい。美人だが心は許せない。


 おかげで、この日は放課後まで手が離せなかった。翌日に社会科の小テストをするから準備してくださいとまで言われて、ムダに時間ばかり食ってしまった。


 やっと小テストの問題を作り、白石先生がトイレに行ったすきに逃げだした。

 龍郎が向かったのは、教会だ。

 フレデリック神父と話してみたい。

 彼は青蘭の父のことを知っていた。この人も怪しい行動が多いから一概に安心はできないが、しかし、それでも青蘭に関することは知っておきたい。

 青蘭自身も自分の父のことをあまり知らないようだし、当時のことを知れば、青蘭の体に何があって、あんなことになったのか、少しは理解できるかもしれないと考えた。


 教会は講堂の近くにあった。

 学園の外れである。

 忙しい神父のようだから、いるかどうか心配だったが、モダンな感じのする教会に入っていくと、祭壇の前にフレデリック神父は立っていた。


「こんにちは」

「やあ、どうも。本柳先生」

「お話がしたくて来ました。いいですか?」

「かまいませんよ。今なら時間があります」

「ありがとうございます。青蘭のお父さんと親友だったそうですね」

「ええ。八重咲星流やえざきせいる

「八重咲、星流……それが青蘭のお父さんの名前ですか」

「星流は私の先輩でした。八つ年上で、初めて会ったのは私が十五のときだった。少女のような顔をしていてね。当時ですら私のほうが年上のように見えた」

「東洋人は若く見えるから」

「そう。青蘭は両親のいいところを引き継いでいるね」


 ニヤッと笑われて、なぜかムカムカした。怪しいからというだけでなく、なんとなく好きになれない。これまで、こんなことはなかった。理由もなく人を嫌いになったことなんて。


「青蘭のお父さんは神父だったんですか?」

「そうだよ」

「でも、神父は結婚できないんじゃなかったですか?」

「青蘭のお母さんと愛しあって、還俗したんだ。まさか、そのせいで事故にあうとは。ほんとに残念だった。彼ほど才能のある人物が、あんなに早く亡くなってしまうなんて」


 ドキリとした。

 あの火事のことだ。


「あなたは、火事のとき、青蘭の屋敷にいたんですか?」


 フレデリック神父は、今度は悲しげに微笑する。

「いや。いたら、あんなことにはさせなかった」

「あのとき何があったのか、知っているんですか?」


 神父は口をつぐんだ。

 長いこと考えこんでいた。


「……いや。知らない。だが——」

「だが?」


 神父は海のような瞳で龍郎を透かし見る。

「君はきっと、いつか真相にたどりつく。そんな気がするよ」

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