コンビニの前にて
わしは
年齢:93歳
好きなもの:相撲観戦、孫、お酒、散歩、ばあさん
嫌いなもの:暑い日
性格:自分のことは自分でやる、少し頑固
職業:健康に長生きすること
冷蔵庫を開けたわしはがっかりした。
「なんじゃ。もうビールが無いじゃないか」
「ついでに団子も買ってきてくださいな」
「買いに行くことは決まっとるんかいな」
「いいじゃないですか」
「じゃあ行ってくるかの」
杖を持ったわしは近くのコンビニに歩いて向かった。
「こんな時間にもビールが買えるとはええ時代になったもんじゃ」
コンビニに着いたら若いもんが入り口の近くにたまっとったわ。
いつの時代もこういう輩はおるんじゃな。
そう思いながら自動ドアを通ろうとした時じゃ、
「おじいちゃん!自分のお家でも分からなくなっちまったか?」
牛みたいに鼻にピアスを付けた若いもんがそう言うてきよった。
それを聞いた残りの2人は声をあげて笑いよる。
「ここはお家じゃないですよー」
ゲラゲラ、ゲラゲラとうるさいやつらじゃ。
わしは杖を向けて言ってやった。
「(
「なんだとっ!このジジイ!」
血相を変え立ち上がった鼻にピアスを付けた若いもんがわしの方に歩いて近づいてきよる。
杖を掴もうとしたもんじゃからその手を叩いてやったんじゃ。
「いっ!てめぇ、もうただじゃかねーぞ!」
そう言うて胸倉に伸ばしてきよった手をまた叩き落してやった。
「学習能力のないやつじゃの」
「てめぇ」
次は拳を握って振り上げよった。
じゃからわしは杖の先でこやつの足の指を踏みつけてやったんじゃ。
目の前の若いもんはしゃがみ込み足に大事そうに手を添え痛みに耐えとったわ。
それを見とった残りのもんは大笑いじゃ。
「よしきダッセー!ジジイ相手になにやってんだよ」
「うっせー!ちょっと油断しただけだ」
顔がタコみたいに赤くなった若いもんは立ち上がってわしの方に顔を戻したんじゃが怒っとるのか恥ずかしいのか分からんかったわ。
多分、両方じゃろうな。
「もう次はねーからな」
「ムキになってもなにもええことはないぞ」
「次は説教かよ!うぜージジイがっ!」
そう言うて上げた足をわし目掛けて突き出してきたんじゃが、甘いの。
杖のフックのように曲線を描いたグリップをもう片方の足に引っ掛けて引いてやればすぐにバランスを崩しよる。
豪快に後ろに倒れると背中を痛そうにしとった。
「あっははは!やっぱダメじゃねーか。まぁ俺に任せとけって」
次はニット帽を被ったこの若いもんか。
「こんなジジイ、ワンパンだぜ!」
こやつは真正面から素直に殴りかかってきよった。
わしが杖の先で肩の部分を押さえつけてやっただけでこの若いもんの拳もわしには届かん。
「おいたかし。当たってねーぞ」
「ち、ちげーよ。寸止めだよ。ジジイ殴るの気が引けるからな。――これで分かっただろ?許してやっから帰れよ」
多分、最後のはわしに言うたんじゃろう。
わしは杖を離した。
「若いのよいことを教えといてやる」
「あぁ?なんだよ?」
「覚悟のないもんが拳を振るうもんじゃないぞ。拳を振るうということはそう軽いもんじゃないからの」
わしが杖で若いもんの脚を叩くと目の前で跪き、胸に杖でひと突き。
それで胸を押さえたまま先ほどの若いもんの上に倒れよった。
「な、なんだこのジジイは!」
すっかり怖気づいた小太りの若いのを見ると更に怯えよった。
「た、頼む見逃してくれぇ」
その声を聞きつけたかのように1台のバイクが駐車場に入ってきよった。
「大樹じゃねーか。なにやってんだ?」
「ごうだ先輩!!」
特攻服を着た男に縋るように近寄っていく。
男を見た最初の2人も慌てて起き上がりよったわ。
「このジジイ!バケモンなんすよ」
「おいおい。さすがにジジイひとりに手も足もでない後輩が居るとなりゃ、俺の面目に関わるぜ」
「す、すみません。だけど、」
「安心しろ。かわいい後輩のためだ。今回に限りケツは拭いてやるよ」
「さすがごうだ先輩っす!」
「あざすっ!」
男はバイクを降りてわしの方に歩いてきた。
「わりーなじいさん。この服着てるからにはどんな勝負も負けられねーんだ。手は抜かねーぜ」
「チームを背負っとるわけか」
「あぁ。俺は今『
「仲間想いなのはいいことじゃの。ならわしもしっかり相手してやらねばならぬな」
わしは持っとった杖を投げ捨てた。
「名は何といったかな?」
「
「いつでもかかってきてよいぞ。豪騎君」
数秒間の間、わしと豪騎の間には何とも言えぬ緊張感が流れとった。
先に動き出したのは豪騎。
太い右腕を振ってわしに殴りかかるがそれは容易に防いだ。
じゃがすでにもう片方の腕が接近していた。
少々ギリギリではあったがそれも立てた腕で防ぐ。
それとほぼ同時にわしは防いだ腕を豪騎の腕に外側から巻き付かせた。
豪騎の手はわしの脇に固定され腕は曲げることも許されん状態。
少し力を入れ抜けんことを悟ると空いた反対の手で襲い掛かってきよる。
互いに片手での攻防になったんじゃが、どちらも未だ無傷。
すると豪騎が固定された腕を使い力づくでわしを持ち上げた。
そして地面に向かって腕を振り下ろそうとしたんじゃ。
わしはすかさず巻き付けた腕を解き豪騎の両肩に手を乗せて転回で反対側に移動した。
着地してすぐに身を屈め豪騎の背面回し蹴りを躱す。
お辞儀のようになった上半身を戻し正面を向く。
脚に力を入れ豪騎の顔辺りまで跳んだわしは身を捻りながら蹴り飛ばそうとした。
じゃが足と豪騎の顔との間に割り込んで来た腕に防がれ、その後もう片方の足を掴まれ地面に叩きつけられたんじゃ。
背中から伝わる痛み。じゃがそれで負けるわしじゃない。
両手を地面につけ跳ね起きの要領で飛び道具のように体を発射した。
わしの両足裏は追撃を狙う豪騎の顔を正面からとらえる。
衝撃と痛みにより一度天を仰ぎ1歩下がった豪騎。
またわしの方を向いたやつの顔の鼻下には1本の赤い線ができっとった。
「やるじゃねーかじいさん」
「お主も中々じゃの」
自然と楽しくなってきよったわしらはそれからも1歩も譲らぬ攻防を繰り広げた。
そしてその時はきた。
互いにボロボロでもう次が最後になることは感覚で分かっとった。
「はぁはぁ。次が最後みたいだな」
「そのようじゃの」
「久々に燃えるいい勝負だったぜ」
「わしも若い頃に戻った気分じゃよ」
自然と笑みを浮かべたわしらは同時に走りだす。
両者の最後の力を込め握った拳は目の前の戦友を称えるように真正面から全ての想いを乗せ殴りかかる。
そして、ついに決着がついた。
わしは...。
「あのお客さん?」
「ん?なんじゃ?」
「合計で1642円になります」
「あぁ」
財布からお金を出したわしは横の蒸し器を覗いた。
「肉まん3つもくれんかの」
「かしこまりました」
肉まんを入れた店員が戻って来てその分を追加した。
「お値段変わりまして、お会計2002円になります」
支払いを済ませコンビニから出たわしはまだおった若いもん3人衆の所に足を運んだ。
「お主ら腹へっとるか?」
「え?あー、まぁまぁってとこだけど?な?」
「そうだな」
「おん」
「ほれ、これ食うか?」
わしはさっき買った肉まんを差し出す。
「いいのか?じいさん」
「ええ。若いんじゃからどんどん食うたらええ」
「さんきゅー!」
「やったぜ」
「さんきゅーなじいさん」
嬉しそうに受け取った若いもんたちはすぐにかぶりつきよった。
「ところでお主ら剛田豪騎という先輩はおるか?」
「いや、知らないな」
「俺も」
「さぁー?」
「そうか。まぁよい。それじゃの」
わしは軽く挨拶を済ませるとその場をあとにしようとした。
「肉まんありがとーな」
「気-つけてなーじーさん」
「じゃーなー」
若いもんの礼を背にもらいばあさんの待つ家に帰った。
妄想の中では殴り合いの喧嘩などしたこともないわしでも映画のような出来事を体験できる。しかも痛みもなしにじゃ。
妄想に生きるわしはいつまで経っても若々しいからええのぉ。
じゃが...。
わしは渡部玄蔵。
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