第125話 実験
「ここカダスには、魔族と人間の両方が暮らしておるわけじゃが、当然、こんな村が自然に出来るわけがない。」
そう言ってミリア師匠は、カダスという村の成り立ちを教えてくれた。
「一言で言うと、ここは実験場なんじゃよ。」
「実験場ですか?」
「うむ。魔族と人間が共に暮らしたとしたらどうなるか。そのテストケースというやつじゃな。」
「なるほど。しかし、そもそも彼らはどういう人々なんですか?」
自然に出来るわけがないということは、志願者か何かだろうか?
と思ったら答えは意外なものだった。
師匠は言った。
「ん?ああ、あいつらは犯罪者じゃよ。」
と。
なんでも、人間側の上層部との付き合いが出来た後、では人間と魔族がともに暮らしたとしたらどうなるか、という問題が出てきたらしい。
特に問題となったのは、人間と魔族の間に子どもは出来るのか。
出来たとしてどのようになるのか。
という問題だ。
「そこでじゃ。ここに村を作った上で人間と魔族。それぞれの犯罪者、その中でも死刑囚を集めて生活をさせたのじゃよ。」
つまり生け捕りにした盗賊や、以前共和国で関わったような、誘拐殺人の犯人などだ。
それらを人間、魔族それぞれ50人。
合わせて100人からのスタートだった。
それが約60年前。
最初は、それこそ地獄のような状況だったという。
人間からすれば一部の魔族はまさに化け物であり、魔族の感覚からすると人間は赤ん坊がそのまま大人になったような奇妙な姿に映るのだそうだ。
そしてしばらくは、人間は人間で、魔族は魔族で固まって行動していたのだとか。
「争いにはならなかったのですか?」
と聞いてみると、
「それがねぇ。」
と話す内容はやや意外だった。
実際、初めは喧嘩のようなことはしょっちゅうだったという。
それこそ、監視として来ている兵士が止めなければ、殺し合いにまで発展しそうな場面もあったそうだ。
が、途中から協力し合うようになったらしい。
その理由はと言うと、
「まあ、そうしないと食っていけなかったからね。」
と師匠は言う。
なんでも初めは食料はこちらから提供していたらしい。村の中に食料庫があり、そこに定期的に補充していたそうなのだが。
しかし、争いの中で人間と魔族で食料を巡っても争うようになり、師匠は1つの決断をする。
食料の提供の中止だ。
「まあ、結果論じゃがそれが良かったのかね。」
師匠の言うように、結果的にそれが良かったのだろう。
カダスのある土地の周囲には、あまり強すぎる魔物はおらず、村の中には畑もあり、ある程度自給自足出来るだけの環境は整えられていた。
初めは別々に行動していたそうなのだが、しかしいってもここは魔物はびこるエルバギウス大森林。
「しかも儂もじゃが、そんないきなり上手く行くなんて思ってなかったからの。無理なら無理で見限る気じゃったからな。」
所詮は死刑囚。扱いもこんなものだ。
実際、少なくなるたびに補充をしていたそうだ。完全に扱いが実験動物のそれである。
しかし、変化というものはあるらしい。
集団というのは不思議なもので、時にリーダーシップを発揮する者がいるらしい。
「ま、詳しいことは今度暇なときにでもしてやるよ。」
とのこと。
村をスタートさせてから5年経つ頃、人間と魔族に交流が生まれ、協力して魔物を狩ったり、元々農家の出だというものを中心に畑仕事をするものも現れた。
気づけば当初の目的だった、人間と魔族の男女カップルも生まれ、遂には最初の子どもが生まれたのだそうだ。
そして現代は第3世代目。
人間と魔族が暮らすことが当たり前の村カダスの誕生である。
実験の結果を言ってしまえば、人間と魔族でも子どもは生まれる。
人間と魔族のどちらになるかは完全にランダム、少なくとも現在は規則性は分かっていない。
どうやらファンタジーでよく聞くハーフエルフやハーフオーガと言った存在はこの世界には生まれないようだ。
生まれた時は人間だが、魔族ならば生後数ヶ月で変化があり、無ければ人間だ。
それだけのことを知るのに50年以上の時間がかかったが、得られたものはそれだけではないのだろう。
なんにせよ、大きな懸案事項である次世代が生まれるのかという問題に答えが出たことは大きい。
子は鎹(かすがい)とはよく言ったもので、例え親世代では溝があろうとも、子が産まれ孫が産まれるならば、希望はあるのだろう。
それにしても。
カダスの村人たちを見限ると言い切った師匠の目を思い出す。
10年以上一緒に暮らした関係だ。
私自身は勝手に家族のように思っているし、きっと師匠もそう思ってくれているだろう。
だけら言うのだが、師匠のあんなに冷たい目は初めて見た。
本当に、どうでも良いと思っていることが伝わってくるような目だ。
きっと師匠にとって大切なのは、アザーが望んだ平和であり、それは戦争を起こさないと言うだけなのかもしれない。
犠牲を望みはしないが、しかし必要な犠牲は許容するのだろう。
とはいえそれを悪とは思わない。
きっと、拾われた恩を返すのはここなのだろう。
そんなことを感じるのだった。
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