第126話 カダスの風景

「ま、せっかくここまで来たんじゃから。こんな部屋で話して終わりじゃ意味がないからの。」

そう言って師匠は立ち上がる。

私も師匠の後に続いて部屋を出た。

忘れずに仮面をつけて。

こんな時だが、仮面も子どもの時に貰ってからなので、初めはやや大きめだったのがちょうど良くなった反面、だいぶ汚れや傷が目立つようになってきた。

馬車などを使えば、どうしても跳ねた石などが仮面にぶつかるからな。


家から出ると、視線の高さが新鮮だ。

日は高く上っている。

家を出たのが朝早くだから、午前中いっぱい師匠の話を聞いていたことになるか。

まあ、それだけ濃い内容だっからな。

視線の高さに、改めてここが今まで見てきた土地とは違う村だと感じる。

高床式の建物は、地球では熱帯雨林の近くの土地に多い。

雨が多く、急な大雨の際などに室内が濡れるのを防ぐ意味があるそうだ。

師匠は既に階段を降りている。

私は少し立ち止まり、扉の前から周囲へと目を向けてみた。

スタートは100人ほどとのことだったが、見た感じと経験則から今はその数倍はいそうな活気はある。

単純に生まれた以外に、新しく連れてこられた者もいるのだろうか。

村を歩く人々を見れば、相変わらず人間とともに魔族達の姿が見える。

初めは、といってもついさっきだが、ミリア師匠からこの村の成り立ちを聞くまではここの姿の特異性に目を引かれた。

正直に言えば未だに青い肌や緑の肌、長い耳や頭から伸びる角は気にかかる。

まあ、嫌悪感よりも好奇心が勝るのは前世でのファンタジーのおかげだろうか。


そして、師匠から話を聞いた今はその姿だけではなく、その表情や仕草にも目を止める余裕が出来た。

ちょうど眼下には、オーガとゴブリンが並んで歩いているのが見える。

オーガは巨大なハンマーを、ゴブリンは弓矢をと、どちらも武器を持ち、表情は引き締まりながらも悲壮な様子はない。

これから森に魔物でも狩りに行くのだろうか。

また左をむけば、人間の男性と何だろうか、その胸のあたりまでの高さで豊かなヒゲを蓄えた本の中のドワーフのような姿の男性が鍬を持って歩いていく。

畑仕事に行くのか、それともドワーフのイメージ通りに鍛治仕事でもするのだろうか。

時折男同士特有の豪快な笑い声が聞こえる。

反対の右側奥には、3人の親子が見える。

5歳ほどだろうか。子どもの左右には、若い夫婦がいて、それぞれの手を握りながら歩いている3人。

子どもが左右の顔を見上げながら口を開けて喋っている。

何を言っているかは分からないが、それでもその顔を見れば、彼らが幸せだということは、伝わるというものだ。


師匠の話にもあったが、私が見えているのはあくまで最も綺麗な風景だけなのだろう。

ここにくるまでに少なくない血が流れただろうし、大陸全てをここのようにしようとすれば楽な道ではないだろう。

師匠は、初代魔王アザーとの、かつての大切な存在との約束を守るために動いている。

戦争を起こさせないために。

なら私にとって大切なものは何だろうか。

師匠への恩義は少なくない。

師匠のために出来ることがあるなら、全力を尽くすだろう。

しかし。

そう、しかし。

そこまで考え、思い出すのは、

私にとって大切なこと。

師匠にとってアザーが消えない存在であるように。

私にもいるのだ。愛しい存在が。

「ユニ。」

昨日会ったばかりだが、それでも急に彼女に会いたくなる。

会ってこの手に抱きしめたい衝動を抑えるために、もう一度その名を口にする。

「ユニ。」

何故急に彼女を思い出したのか。

もしかしたら、師匠のアザーへの思いに当てられたのかもしれない。

もちろん性別があるのかも分からない師匠の思いが、私のこれと同じかは分からないが。

しかし、アザーの願いを守ろうとする優しさと、その為には犠牲も厭わないと思わせる狂気を宿した目を思い出す。

私もきっと、ユニの為ならどんなことでもするのだろう。

そんな思いが胸から湧き出した。


幸い、今回の師匠の願いと私のユニへの思いはぶつかりはしない。

ユニならきっと、まだ見ぬ魔族の剣士との手合わせがしたいとかいうかもしれないな。

ユニがそう言う姿を思い浮かべ、私は、

「フッ。」

と小さく笑う。


「おーい。ルークや、早くおいでー。」

師匠の私を呼ぶ声に現実へと意識が戻る。

「すみません、今行きますね。」

そう返事をしながら私は階段を降りていくのだった。

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