第111話 彼女が私を嫌う理由

そうは言っても最初は、和やかな表情だったカトリーヌ様は、私の名前を聞くや、自分がレイ様の許嫁だと主張する。

「あ、はい。分かりました。」

そう返す私。

とはいえ、どう考えても、目の前の貴族令嬢の怒りを買った覚えがない。

しかもクラウディアといったか?

クラウディアといえば、貴族の世界に詳しくない私でも知っている大きな家だ。

確か、グラント王国の中では珍しく武よりも文に重きをおく家で、クラウディア家の関係者から多くの者が文官として取り立てられ、そのうちの何人かは宰相にまで上り詰めたと聞く。

ちなみにグラント王国では、いわゆる役人になるには王家の行う試験を受け合格する必要がある。試験には平民用と貴族用があり、貴族用では実質領地を継がない者たちが対象だ。

王国では、爵位は当主にしか継がれないので、家を継がない者にとっては、大切な就職先でもあるらしいが、同時に狭い門でもある。


そんなわけで、クラウディア家はゼルバギウス家とはまた違った形で王国に名前を知られている家であり、王家からの信頼も厚い家なのだ。

だからこそ、余計に分からない。

と、混乱している私を余所に、パスカルと言ったか若い男性が口を開く。

「お嬢様。人様に指をさすなど、はしたないですよ。」

そう冷たい声で指摘されると、

「あ。ご、ごめんなさい。」

と言って指を下ろすカトリーヌ様。

パスカルさんの口調がやや厳しかったこともあるが、指を下ろしながらちゃんと謝る辺り、根が悪いようにも見えない。

「それに、先ほどの走り出したこともです。お2人のお話を邪魔したのですよ?」

「う。だ、だってレイ様がいたんですもの。」

「お嬢様?」

「わ、わかりましたわ。これからは気をつけますわよ。レイ様も、それにルーク、さんも。先程は失礼しましたわ。」

「いや、気にしてない。が、パスカルの言うようにもう少し落ち着いてくれると嬉しいのは確かだがな。」

レイ様がそう答える。

私としても気にするようなことではない。

恐らくは大好きなレイ様を見つけてテンションが上がってしまったのだろう。

落ち着いて話せば、むしろ好感が持てる相手かもしれない。

カトリーヌ様はそのままレイ様と話している。

「レイ様はこの後ご予定は御座いますか?」

「いや、実を言えばルークとはここで別れる所だった。カトリーヌこそ予定はあるのか?なければ一緒に昼でもどうだ?」

「はい!喜んでご一緒致しますわ。」

そうやり取りをする姿は、そのまま仲の良いお似合いの婚約者同士だと納得する。

レイ様がこちらを向き、

「そう言うわけでな。ルーク、ここで失礼させてもらおう。また何処かで会えるのを楽しみにしている。」

「わかりました。今日は色々とお世話になり、ありがとうございます。」

「では、ルークさん達。御機嫌よう。」

そう、カトリーヌ様の言葉。

そして2人は歩き出す。ライエさんがその後に続く。


2人の背中がだいぶ小さくなった頃、カトリーヌ様は再度こちらを振り向いて、

「ルークさん、負けませんからね!」

そういうと、レイ様の手を取って走り出してしまった。


後には、私とユニ、パスカルさんとアントンさんの4人が残っている。

なお、ライエさんは、2人を追って走っていった。

「本日は本当にご迷惑をお掛け致しました。」

パスカルさんが頭を下げる。彼が残ったのは、おそらく説明のためだろう。

「いえ、驚きはしましたが。ですが教えてください。私はカトリーヌ様を怒らせるような覚えがないのですが。」

「はい。先に申し上げますと、ルーク様には全く非がない話でございます。」

「そうなのですか?」

「はい。そもそも身内贔屓と取られるでしょうが、クラウディア家は王家の信頼も厚い家でして、カトリーヌ様も、心優しく聡明で民からも慕われているのです。」

それは確かに身内から言われてもそうですか、としか思えないが。

アントンさんから援護射撃が入る。

「パスカルさんのいう通りだ。クラウディア家のことはよく分からねーけどよ。カトリーヌ様はよくゼルバギウスの家にも来られるんだが、屋敷の人間にも声をかけてくれるしな。屋敷では人気があるんだぜ。」

確かに、多少挨拶の仕方に思うところはあったが、貴族が平民に名乗ること自体、この大陸では友好的な証拠だ。

きっと、他の貴族同士の付き合いや普段であればもっと違う言動をするのかもしれない。

「しかもよ。」

とアントンさんが続けるには、

「レイ様とは本当に互いに大事にされているみたいでな。屋敷の人間は早く結婚しないかと楽しみにしているぜ。」

とのこと。

そうなると、ますます私への言葉の理由が分からない。

アントンさんもそこの心当たりはないそうだ。

考えていると、パスカルさんが答えを教えてくれた。

「まさにアントン殿のおっしゃる通りでして、お2人の仲がよろしいのは私どもにとっても喜ばしいことなのですが。今回はそれが原因なのです。」


なんでも、レイ様とカトリーヌ様は互いに大切に思っており、レイ様の共和国の留学中も何度も手紙でやり取りをしていたらしい。

ちなみにこの時に知ったのだが、カトリーヌ様はああ見えてレイ様の2つ年上で、先に留学を終え、今はクラウディア家の領地で花嫁修業の途中らしい。

今回は、レイ様に会うために王都まで出向いていたのだそうだ。

「最初は、レイ様とミリアーヌ様が学院に行く途中での事件について書かれた手紙でした。この事件はルーク様もご存知ですよね?」

「はい。あの野盗に襲われた時のことですよね。」

頷くパスカルさん。

手紙には襲われたことと冒険者、つまり私達に助けられたこと。そして護衛として雇うことにしたことが書かれていたらしい。

「もちろん、お嬢様からそう聞いたのですが、それでもお嬢様は最初レイ様たちを心配し、助けてくださったルーク様達に感謝をしていました。しかし、その後届く手紙のほとんどにルーク様達の話が載っていまして。特にルーク様のことは親しげに書かれていたらしいのです。」

それはもしかしたら光栄なことなのかもしれない。

しかし今は、それ以上に嫌な予感がする。

パスカルさんの言葉も、随分歯切れが悪い。

「それで、その、お嬢様はルーク様を、レイ様の愛人。正確には、いつかそうなるのではないかと疑っておられるのです。レイ様に今はそのつもりはなくても、もしかしたらルーク様にレイ様を取られてしまうのではないか、と。」

なるほど。


なるほど?


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