第86話 大剣と呼ばれた魔物

ダハの町のギルド長、モハマドさんとの会話を終えて、私達は受付に向かう。

なお、B級になることが決まったわけだが、現在その手続きの途中らしく、先に買い取りを済ませて欲しいと言われている。

つまり、モハマドさんが部屋に戻り、B級に上がる話をし出したときには手続きは既に始まっていたわけだ。

それを合理的ととるか、こちらを無視しているととるか。

後者を選べるほど、私の気持ちは若くない。無意味な反骨精神は若者の特権だ。

なんて益体も無いことを思いつつ、私は受付に話しかける。

「ダンジョンでの素材を買い取って頂きたいのですが。」

受付嬢は仕事用の笑顔で対応してくれる。

「かしこまりました。もし量が多いようでしたら、倉庫までご案内致しますがいかがでしょうか?」

まあ、決まっているな。

「では、倉庫までお願いします。」

ここに出せば、ちょっとした混乱だろう。

「かしこまりました。では、こちらへ。」

そんなやりとりの後、私達は灰色の四角い部屋に案内される。タイミングの問題か、他にも似た部屋があるのか、他の冒険者などはいない。

私達とほぼ同時に、受付とは別の男性職員が部屋に来た。

おそらく、素材の査定を担当している人物だろう。

私達を確認した男性が、

「よし、早速だけどここに出してくれ。」

と床を指差す。

「分かりました。」

そう答えて、私は収納の空間魔法を使った。


今回のB級昇格にあたり、私は空間魔法を使えることをモハマドさんに、つまりはギルドに報告している。

もともと低ランクのうちから目立つ面倒を嫌って袋から出すふりをしていたが、ことB級になればあまり意味はない。

私に収納袋を持ってるふりを勧めたミリア師匠にしたところで、せいぜいポーションや普段の買い物ぐらいしか使わないからこそしていただけだ。

今後大きな魔物や大量の素材を人前で出すなら、空間魔法の方が楽になる。そういう判断だ。

なお、転移魔法については内緒だ。

これがバレれば、当たり前といえば当たり前だが護衛依頼が、殺到するだろうし、正直それは面倒だ。

人助けを敢えて避けるほど非人情になりたくはないが、キリのない社会奉仕に時間を浪費するつもりもない。


さて、そんな話は大したことではない。

「……。」

それよりも、目の前で口を半開きにしながら固まっている受付嬢と男性をどうするべきか。

私達の前には、途中から数えるのをやめたダンジョンアントの死体と、あの名前を知らない虎の魔物だ。

後はその他の魔物の死体が申し訳程度にあるが、それでもちょっとした山になっているが。

「あの。」

「「!!!」」

待っていても仕方ないと思い声をかけると、2人は飛び跳ねた。本当に両足が浮いたのではないだろうか。

そう思うような反応だ。

「ル、ル、ルークさん!!?」

受付嬢が私に詰め寄ってくる。

顔が近づくが、当然仮面越しだし、仰け反ってるし、特に喜んでもいない。

だから脇を抓るのはやめてくれないか、ユニ。

「とにかく落ち着いてください。」

距離を取り、そう促す。ユニも手を離してくれた。

「す、すみません。」

受付嬢が頭を下げる。

今度は男性職員の方が口を開いた。

「うちの職員が迷惑をかけてすまない。だが、これはそれだけのことなんだ。」

彼はそういうと、虎の魔物。正確にはそれの死体を指差して言った。

「とにかく、まずはこのソードタイガーについて教えてくれないか?これはこの町のダンジョンにいたんだよな?」

その声音には、少なからず恐怖心が読み取れる。

「はい。地下7階に降りた直後でした。」

「ふむ。ちなみに何番の階段だったかは覚えているかい?」

どうだったろうか。

「確か、5か6辺りだったと思います。最初に10の階段を下りて、その後は最初に見つけた階段を降りて行きました。」

ダンジョン内では気にするが、出てしまえ馬よく覚えていない。帰りも最短距離を通ったし、なおさらだ。

「そうか。」

そう言って男性は目を閉じる。少ししてこちらを向き、

「最初に10の階段を選んだなら、おそらくそこら辺で間違いないだろう。」

どうやらダンジョンの地図が頭に入っているらしい。流石、というべきか、この町のギルド関係者なら当たり前のことなのか、私にはよくわからないが。


「どこから言ったものか。」

男性はそう言って頭を抑えること10秒ほど、この魔物について教えてくれた。

「まず、こいつの名前はソードタイガー。今でこそダンジョンの中でくらいしか見られないが、昔はゴラン大草原でも有名な魔物だったらしい。でだ、こいつは本来ならもっと小さい。」

名前が分かったのはいいが、気になる情報が出てきた。

「小さい、ですか?」

それはつまり、この個体が普通よりも巨大であるということだ。

男性の返答はその考えを肯定するものだった。

「ああ。こいつは普通の個体の数倍の大きさだ。そんな奴のことを俺たちは大剣と呼んでいた。」

なるほど。大きいソードだから大剣。安直だが、分かりやすくはある、のだが。

「呼んでいた、ですか?」

「ああ。1年くらい前にもこれと同じような大きさの個体が見つけられた。ただ最初に見つけた冒険者は自分では敵わないと判断してギルドに報告。すぐにギルドからB級の冒険者パーティに依頼がいき、5日もしないうちに討伐された。その時に見た死体もこれと同じくらい巨体で驚いたものだが。」

そう言って、改めてソードタイガーに目を向けている。

「あれから約1年だ。話も聞かないし、あれがただの異常個体でもう終わりだろうと思われていたんだがな。」

その後、彼の質問に答えるように討伐の際の様子を伝える。

とりあえずこのことはギルドでも共有することと、ダンジョンアントの素材もあまりに数が多すぎることと、例の毒を使う個体もいることから、ここに素材を預け、明後日ギルドに来る際に鑑定額を支払いたいと頼まれる。

まあ、今すぐお金に困るでもないし、そういう理由なら待つとしよう。


それにしても。

珍しい蟻が出た程度に思っていた今回の話、もしかしたら、そう簡単ではないかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る