第81話 ダンジョンの中3

目の前の魔物の死体を見下ろす。

象のような大きさをした虎は、背中に鋭い幾つもの棘を生やし、尻尾にはハンマーのような瘤が付いていた。

「ルークは、これ、知ってる?」

ユニが問いかけてくる。

「いや、知らない。」

と答えれば、テオが

「じゃあ、エルバギウス大森林にはいない魔物かな?」

と口にする。

「それはどうだろう。少なくとも、私は見たことも、師匠から話を聞いたこともない。」

「もしかしたら、深層の魔物かも。」

「確かに、ユニの言う可能性もあるな。」

実際、その可能性は低くない。いくつか理由もある。

まず見たことがないと言うこと。ただ、これについてはダンジョンの固有種だと言われればそれまでだ。

とはいえ、私たちも広大なエルバギウス大森林の全ての魔物を知っているわけではない以上、なんとも言えない。

ミリア師匠なら知っているかも知れないが。

なんとなく腰に手を当てドヤ顔を披露する美女の姿を思い浮かべる。

まあ、それは置いておいて。

何よりも深層と思うのは、この強さだ。

私達はアイラ以外、私もユニもテオも、エルバギウス中層程度の魔物は1人でも苦労なく狩れる腕はある。

多少の相性はあれど、3人がかりでここまで苦労することは中層であればそうそうない。

この魔物は、強さで見るならエルバギウス大森林深層程度の強さはあるだろう。

しかし疑問が残る。

確か聞いた話ではダンジョンに出る魔物はそこまで強くはないとのことだった。

それこそ、このレベルの魔物がいるなら何かしらの注意喚起は必要だろう。

冒険者のランクは強さが全てではないとはいえ、ガインの街なら、B級相当、つまり冒険者として限りなくトップクラスに近い人たちが相手にするような魔物だ。少なくとも実力が3級は欲しいし、個人で相手をするなら2級相当だ。

まあ、私達も命がけであれば相手をできなくもないだろう。しかし当たり前だが、この世界がゲームでもなんでもない以上、そんな賭けをする気は無い。

魔物を相手取る時は、余裕のある相手を選ぶのが定石だ。


「まあ、いつまでもここにいても仕方ない。先に進もう。警戒はしながらだが。」

魔物の死体を収納しながら、みんなに声を掛ける。

私達は歩き出した。

戻ると言う選択肢もあるが、このメンバーなら警戒を大にしていれば最低限退路を失うことはないだろう。

陣形と言うほど立派なものではないが、私を先頭に、ユニ、アイラ、最後尾をテオが務めている。

これはエルバギウス大森林で修行した時からの並びだ。もちろん、その時にはアイラはいなかったが。

中距離の小集団相手を得意とする私が露払いや足止めをし、ユニがトドメをさす。

テオは牽制やユニの剣が届かない相手の急所を貫いたりと、なかなかにバランスの良いパーティだと自負しているし、師匠達からも評価されているのだ。


木々はこの階でも大きく育ち、上からは白い光が降り注ぐ。

私は専門ではないが、これだけの光でも大きくなれると言うことは、何か秘密があるのだろうか、と不思議な気持ちになる。

確か陰樹と言う言葉がある。

より光が少なくとも成長する木の種類で、クスノキやヤツデなどが有名だ。

もしかしたら、そういった方面で進化した木々なのかもしれないな。

思えば、ここはダンジョンという閉じられた空間であり、ある程度以上は成長も出来ず、遠くに種を飛ばす必要もない。

そういった分野にエネルギーを使わず、決まった場所に生き続けることに専念すれば、少量のエネルギーで済むのだろうか。

なんて言う風に、素人考えをしながら木々の合間をすすんでいる。

幸いなことにあれ以降危険もなく、時折ダンジョンアントや、エルバギウス大森林でも出るような魔物化した犬や蛇などを見かける程度だ。

ただダンジョンアントに関して言えば、明らかに上の階のものよりも巨大に、そして、

「硬い。」

殻が硬くなっているのが分かる。

特に、直接攻撃を加えているユニは実感するようで、何匹か狩ると剣を鞘に戻し、魔力を通す。

うちのメンバーでは魔法といえば私だが、簡単な魔法や魔道具の操作はこの大陸に住む人間のほとんどが出来るし、ユニも例外ではない。

むしろ、スムーズと言うか、他の人に比べてもユニは随分上手く魔道具を使いこなしている。戦闘のセンスがこう言うことにも繋がっているのだろうか。

センスといえば、ダンジョンアントの体が硬くなり、1度テオの矢を弾いたことがあった。そうなるとテオに出来ることはないかと思うと、次の瞬間には細い関節部を狙い撃ち、顔色も変えずにあっさり仕留めている。


そんなこんなで私達は進んでいく。

上の階同様に今までの冒険者達が作ってきたであろう道を歩くこと1時間、下への階段を見つけた私達はそのまま次の階へと降りていくのだった。


地下8階。

そこは、上の階とは随分印象の違った場所だった。

まず森はない。

そして今までは部屋という感じだったが、今度は周囲を土に囲まれた通路のようになっている。

天井には相変わらず月光花が光っているが、数が減っており、今までよりもグッと薄暗い。

ある意味では、地球の小説やゲームで出てくるダンジョンのイメージに1番近いのかも知れないな。

入り口でもらった地図を見れば、迷路と言うほどではないが、時々行き止まりもあるから注意、とのことだった。

いや、それはもう迷路だろう。

なんだろうか。さっきまで緊張していただけに気が緩みそうになるが、油断は大敵だ。

行き止まりで大量のダンジョンアントに襲われれば面倒なことになりかねない。

改めて気を引き締め、薄暗い道に向かって一歩歩き出していく。

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