第75話 デザートフォース
さて、ここゴラン大草原では乗合馬車というものはほとんどない。
というのも、未だに違和感があるが、この大草原はその大部分が砂漠の為普通の馬車では行き来が難しく、そもそも行き来をするのが、冒険者や商人という限られた人々だ。
そこで出番となるのが、私たちの目の前にある砂漠用の馬車、端的に砂漠馬車と呼ばれる代物である。
「じゃあ、にいちゃん達4人をタバまで届ければ良いんだな。」
「ええ。お願いします。」
「あいよ。じゃあ、1人銀貨2枚の合計銀貨8枚な!」
どうやら先払いらしい。
そう言って広げた手を出すのは、日に焼けた痩身の若い男性だ。
若いといっても私達よりは年上。おそらく20代前半だろうか。
ほぼ初対面だが、なかなかに陽気な性格のようだ。
しかし、それ以上に私たちの目を引くのは砂漠馬車の先。
馬車に繋がれた存在だ。
「ところで。」
「ん?」
「そこの馬車に繋がれているのって、魔物ですか?」
「おう、その通りさ。こいつはデザートフォースって言う魔物だよ。名前はチャーリーだ。確かに魔物だが、俺たちは兄弟みたいに育っているからな。心配はいらないぜ。」
確か彼、ナーシルと名乗った御者の言うようにチャーリーと言う名前らしい魔物は、落ち着いていて私達に襲いかかる様子はない。
普通の馬との違いはシルエットではよく分からないが、その全身を覆う鎧が普通の馬ではないと主張している。
色が白いのは、やはり暑さ対策なのだろうか。
ゴラン大草原は、元々は別段気候が熱い地域ではなかったと聞いている。
むしろカタルス共和国と同じ緯度であることを考えるとグラント王国よりもやや寒い筈なのだが、例のダンジョンアントにより大量の植物が食べられてしまったことで、砂漠化が進んでしまったのだろう。
ちなみに緯度といったが、正直この世界に地球と同じ常識を当てはめて良いのかはよく分からない。
だが、同じだとすれば、この大陸は北に行くほど温暖な気候になる。つまり南半球に位置する大陸だと思われる。
「よし、お代も貰ったし、早速出るとしよう。さあ、乗った乗った。」
私達はいま、ラーカを出て西に、正確にはやや西北西方面に向かって進んでいる。
「それにしても、まさか魔物に引かれた馬車に乗ることがあるとは、思いもしませんでした。」
「外の人にとっちゃ、魔物は敵か素材だもんな。」
私の言葉に、ナーシルさんがそう返す。
「俺はな、草原の民なんだ。」
ナーシルさんが続けて話す。
「草原の民、ですか?」
「ああ。昔、ダンジョンアントが大暴れした時に沢山の外の人が来たのは知ってるか?で、その時に外の人を受け入れて一緒になった人達と、それでも距離をとって狭い草原に暮らしてた人達がいるんだ。距離をとってたのが、俺みたいな奴のご先祖でな。今は草原の民って言えば俺たちの事さ。」
特に誇らしげでもなく、ただの世間話のように自分のルーツを話すナーシルさん。
「まあ、確かにご先祖は偏屈かな、と思わなくもないけどさ。やっぱり魔物を特別に見ていたから、魔物を狩る冒険者とは距離を取りたかったんだろうな。もちろん今じゃ、ほとんどの草原の民も納得してるし、むしろこうやって冒険者や商人を運ぶ仕事もしている。」
そう言うナーシルさんの目は、優しくチャーリーと言う名前らしいデザートフォースに注がれている。
「それでも俺たちが草原の民だって自信を持って言えるのはこいつらのお陰だよ。」
「それはどういうことでしょう?」
「俺たち草原の民は昔から魔物と共に生きる方法を探してきてな。それこそ、ダンジョンアントが出て来る前からさ。」
それは、私達冒険者に限らずこの大陸のほとんどの人間にない発想だろう。少なくとも今まで旅してきた土地で、魔物は人類の敵、ということは常識だった。
「で、それに唯一成功したのがこのデザートフォースだ。方法は一応部族の秘密なんで言えないけど、俺たちは子どもの時から1匹のデザートフォースと大きくなる。それで一緒に草原で狩りをしたり、俺みたいにギルドに雇われて運び屋なんかをやっているのさ。」
馬車は砂漠を気にした風もなく進んでいく。
砂だらけの風景に、時折遠くに緑の草原や森が見えるのは、船旅の途中で海の中に島を見つけた時を思い出させる。
夜になり、私達は野宿をすることになった。
地球の砂漠のように昼は暑く、夜は寒いようだが、覚悟していたほどの寒暖の差はないらしい。
焚き火と毛布で特に問題なくやり過ごすことが出来た。
翌朝、チャーリーの引く砂漠馬車に揺られ進むことしばらく。
日の動きからお昼を多少過ぎた頃、目的地が見えてきた。
「よっし、待たせたな。あれが共和国から最も近い迷宮都市ダハさ。」
それは遠目には砂漠と同化してしまいそうな、土色の町だった。
ガインの街に限らず、グラント王国では見ない風景に、前世でテレビで見た砂漠の町を思い出す。
草原の民とデザートフォースとの関係もそうだが、改めて旅をしてきたのだと実感するのだった。
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