第54話 温泉郷からの出発

結局、馬車の出る門に着いたのは朝には遅く、昼には早い中途半端な時間だった。


「おや、こんな時間にお客とは珍しいもんだな。」

そこには、小型の馬車とその横に立つややくたびれた風体の男性がいた。

「すみませんが、この馬車はファンかソフィテウスまで行きますか?」

「ああ、行くよ。というより、行きたいなら乗せて行こう。」

話を聞くと、王国で一般的な乗り合い馬車ではなく、客の要望で行き先を決めるらしい。地球でいうバスとタクシーのようなものだろう。

「では、ソフィテウスまでお願いします。」

「あいよ。もう出ても大丈夫かい?」

「ええ、お願いします。」

「はいよ、毎度あり!じゃあ、乗っとくれ。」

私たちが乗り込むと、馬車はすぐに動き出し門を抜けてヤタの町を後にした。温泉に米と私としては随分満喫することが出来たし、ダイさん達との約束もある。是非また訪れたいものだ。


来るときにも思ったが、流石は共和国の馬車だ。安定感があるし、スピードもある。

これならファンまでは今日中か遅くとも明日には着くだろう。そこから目的地である首都ソフィテウスまでの距離は分からないが、あまり遠くないことを祈ろう。


「ほう、冒険者をしながら世界中をね。そりゃなかなか出来ることじゃない。大したもんだ。」

御者が感心したように喋っている。

ところで、特に決めたわけではないが、昔からこういったときの対応は私がやることが多い。

今日も私は頷きながら返事をした。

「お陰様で、色々と見れて楽しませてもらってますよ。」

「そりゃあ、なによりだ。ソフィテウスはデカイ街だからね。あんた達もびっくりするはずさ。」

「やはり大きいんですか?」

「そりゃあ、この国の首都だからね。俺も何度も行ってるし、その度に少し見て回るけど未だに半分どころかその半分の、半分も知らないんじゃないかな。まあ、楽しみにしているといいよ。」

「そうですか。それは期待できそうですね。」

そんな風に話を続ける。

天気も良く、風も気持ちいい。

映画のワンシーンにでも使えそうな、穏やかな風景だ。



最初に気付いたのは耳のいいテオだった。

「ルーク!前の方、騒がしい!」

緊張が走る。

その言葉に気配察知の魔法を伸ばす。同時にテオからさらに情報がくる。

「多分誰かが襲われている!」

「そのようだ。おそらく私達なら走って5分程。すみませんが馬車はここで止まっていてもらえますか?」

最後は御者の男性に。確かトマという名前だった。

「い、行くんですかい?」

トマさんが震える声で問いかけてくる。

「ええ、見捨てるわけにも行きません。」

答えるとともに馬車を降りる。ユニやテオ、アイラは既に降りて駆け出していた。私も身体強化を使いながら全力で後を追っていく。


そこに着いたのは、ユニ、私、テオの順だった。アイラはもう数分かかるだろう。

2台の馬車の周辺では身なりの良い男達と汚れた防具を身につけた男達だ。

私としては見た目で判断することはしたくないが、どう考えても貴族の護衛騎士と野盗の先頭だろう。

騎士が6名、野盗は20人ほどか。周囲には野盗と思われる死体がいくつか転がっている。

多勢に無勢だが、騎士の配置が上手く、個々の技量も高いのだろう。

だが今は凌げているとはいえ、いつ均衡が崩れてもおかしくはない。


私は騎士達、その中でも先頭に立ち、今まさに野盗の1人を斬り伏せたばかりの男性に声をかける。

「私たちは冒険者!助太刀します!」

彼はこちらを一瞥すると、

「頼む!」

そう答え、また野盗に向かっていった。

やはり余裕はないのだろう。

ユニはすぐさま野盗に迫り斬り伏せ、テオも次々と野盗の頭を射抜いていく。

「テメーら、何しやがる!!」

私達に気付いた野盗達の一部が、罵声をあげながらこちらに走ってくる。

騎士達への誤爆が怖かったが、こちらに来てくれるなら楽でいい。

「ランス。」

ロックリザードでは使えなかった土魔法でこちらに来た分を一掃する。

この時点で既に勝敗は決まった。

私達は騎士達と一緒に、既に残党となった野盗を殺していく。


遅れていたアイラが合流する頃には、見渡す範囲には、もう敵は見えなくなっていた。


はじめに声をかけた騎士がこちらに声をかけてくる。

40ほどか。苦みばしったその顔は騎士としての長年の経験を物語っているようだ。

「私はライエ。まずは助太刀に感謝する。」

「どういたしまして。私はルーク。そしてこちらが仲間のユ、」


油断、していた。言い訳の余地はないほどに。

「ルーク!!」

テオのその声に、振り向いた方角が良かったのだろう。

遠くに見える木の枝に弓を構えた男。

なぜ見逃した。

そもそも気配察知を使っていれば気付けたはずなのに。

慢心。

それらの思考を端に置き、私は魔力を練る。


ヒュンッ、という音ともに矢が放たれる。

伊達にテオの弓を見てきたわけじゃない。

私は、弾道の先を予測した。

「シールド!」


カン!


なんとか間に合ったシールドに弾かれ矢が地面に落ちる。ほぼ同時に木の上の下手人も

テオに頭を射られて、そのまま地面に落ちてきていた。


まあ、なんとか、と言いつつシールドの先、標的になった若い騎士も自分で盾を構えており、あまり必要ではなかったみたいだが。


念のため、今度は気配察知を使い周囲を探る。

今度こそ終わったらしい。

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