第53話 念願の〇〇

温泉を堪能した私達は、宿屋の食堂に来ている。


丸テーブルに4つの椅子。

そして目の前にはメニューが置かれている。

この世界に生まれて、メニューを見るのは何気にこれが初だ。

メニューを用意するというのは、それだけ色々な種類の食材を確保する必要があるし、それはこの世界の一般の食堂では荷が重い。

つまり、それだけここの宿屋が高級であるということだ。

ユニ達3人は初めての経験に戸惑っていたが、なんとかそれぞれに注文することしばらく、私達の前に料理が届いた。


私が目の前には共和国の北側、世界の穀倉地帯と呼んでも過言ではないカノン地方で育った野菜をふんだんに使ったスープたサラダ。アプルス山岳地帯の山で狩られたであろう鹿の肉のステーキ。

そして、沢山の粒が白く輝く、あれ。

日本に生まれ育った経験のある者にとっては、既にソウルフードとも呼べない、まさにソウルそのものである、あれ。

クチュールでその存在を知ってからずっと恋い焦がれてきた、あれ。

そう、米が湯気を立てていたのだ!


「ルークって、ご飯の時になるとテンション上がるよね。」

「お、そうか?」

「そう、っていうか、これは聞こえてないね。」

テオが何かを言ってるが、私は生返事だ。

しかし、今だけは許してほしい。

私は内心の昂りを抑えながら、仮面をずらしてコメを口に運ぶ。因みに箸は流石にないらしく、ナイフでフォークの背にご飯を乗せて食べる。他にスプーンもあり、洋食の料理で使う食器は揃っている。


「ふぅ。」

15年ぶりのお米の味に、思わず息が漏れる。

おそらく、技術的な問題で、日本で食べていたものの方が美味しいのかもしれないが。

それでも私にとっては感動せずにはいられない味だった。

温泉もだが、カタルスに来て本当に良かった。


他のスープやサラダも美味しかったし、鹿のステーキも処理が良いのだろう。歯ごたえが強く、やや味が濃い馬肉のような味だ。野性味があるとは、こういう味を言うのだろう。

前世では、私の誕生日の度に馬刺しを食べていたので懐かしさがある。

この世界に馬肉を食べる習慣が無いので諦めていたし、流石に刺身は無理だが思うが、地球を思い出す味に出会えたのは嬉しい限りだ。


見ればみんなもそれぞれの食事を堪能しているようで、しばし、幸せな時間が流れるのだった。


食事を終えて私達は部屋に戻った。

「さて、明日はどうする?」

「どうするって、ソフィテウスに行くんでしょ?」

「まあ、テオの言う通りなんだが、じゃあ明日すぐに出ても大丈夫か?」

「ん。私は大丈夫。」

「あたいもさ。早く大図書館に行ってみたい。」

「もちろん僕も。」

「よし。ならそうするか。確かここからだと、馬車でファンに行って、そこからまた馬車でソフィテウスに行けば良いはずだ。」

「ん。わかった。」

「そういえば、ギルドの方は大丈夫かな?昨日は随分大変だったけど。」

「言われてみれば、ダイさんに任せきりだったからな。問題はないだろうが、町を出る前に顔だけ出してみるか。」

そう提案すると、みんなも頷いてくれる。

その後もいつも通りの雑談をしながら夜は更けていくのだった。



朝になり、私達が予定通りギルドを訪ねると、

「ルーク達じゃないか。昨日の今日で仕事に来たのか?」

そこではダイさん達が来ていた。ギルド職員と話し中だったようだが。

「いえ、これで町を出るので顔を出してみただけですよ。昨日はダイさん達に任せきりでしたから。お礼が遅れましたが、ありがとうございます。」

「なんだ義理堅いやつだな。全然問題ねーよ。そうだ、今ちょうど昨日の話をしていてな。お前達も話を聞いてくか?」

「そういうことなら、お願いします。」

そういうと、ギルドの職員がこちらを向いて口を開いた。細身の、見るからに事務職という雰囲気の男性だ。

「では、と話す前に。ルークさん、ユニさん、テオさん、アイラさん。昨日はありがとうございました。ダイにも言いましたが、皆さん達のお陰でこの町は救われましたよ。これは決して大袈裟ではありません。」

「ありがとうございます。とはいえ仕事ですから、そのぐらいで。それよりも、ダイ、ですか?」

随分親しいな。いや、踏み込むつもりはなかったのだが、つい言葉が口をでた。

幸いダイさん達は気にした風もなく教えてくれる。

「ああ。俺はこの町の出身でな。こいつとは幼馴染なのさ。ちなみにミカもこの町の出身でな。今は実家に顔をだしてるよ。」

「なるほど、そうでしたか。」

「まあ、ダイの言う通りです。それでは、改めて話を戻しますが、昨日あなた達のお陰で、ロックリザードの群、正確にはその巣を確認しました。今後は定期的に職員を派遣する予定です。」

「洞窟を壊しはしないのかい?」

アイラが質問をする。

「ええ。ご存知の通りロックリザードは危険ですが、同時に貴重な資源でもあります。今までは個体数も少なく必要な数が揃わないことも多かったのですが、ロックリザードが育ちやすい環境があるなら利用しない手はありません。」

なんというか逞しい話だ。

「ついでに言うとだ。護衛の冒険者も必要だし、俺はこの町で落ち着くことにしたんだ。今回の依頼でまとまった金も入ったし、やっとミカと結婚出来る。」

そう言ってダイさんは笑うが、

「今、なんか聞こえたような?」

「ん。結婚って。」

テオとユニが顔を見合わせている。

まあ、冒険者同士では多いと聞く。実際ユニ達の両親であるカイゼル師匠達も冒険者同士からの結婚のはずだ。

「そうでしたか。それは、おめでとうございます。」

「おお、ありがとうよ。俺の実家の農場は兄貴が継いでるんだが、ミカの実家は温泉宿をやっていてな。俺もしばらくは冒険者をやって、いつかは手伝うつもりだ。またこの町に来た時には、是非寄ってくれよ。この町を救った英雄様の御一行だ。サービスするぜ。」

「それはダイさん達もでしょう。ですが、ありがとうございます、その時は必ず寄りますね。」



ギルドでの話を終えた私達は馬車に乗る為に、門に向かうのだった。

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