第28話 お昼ご飯は賑やかに

そうして、マーティン司教は部屋を出た。

私たちも今、チェルミの街を歩いている。

朝も思ったが、この街は坂が多く、登ったと思ったらすぐに下るということもあった。

これでは馬車を使うのも不便だろう。

アイラにそう言うと、

「昔この街を作った頃は、同じアレクシア様の兄弟である馬や牛を使役する事が嫌われてたんだ。ある程度は仕方ないけど、街中で馬車に乗るなら歩けってぐらいにな。そのせいで、この国には坂道を直してない街が多いのさ。」

とのことだ。

「聖都もなのか?」

「いいや、聖都のある辺りは元々平でな。直してないのはそうだけど、そもそも直す必要もないんだよ。」

なるほどな。やはり、実際に見てみれば、その土地には文化があり、文化には歴史があるものだ。


お昼時、私達は小さな古い教会の前に来た。

「アイラ、ここはどこなの?」

テオが尋ねる。

「ここがマーティン先生の教会さ。大聖堂では、この街の司教が持ち回りで礼拝を担当するんだ。」

「そうなんだ。」

教会を見ると、だいぶ古びている。そして壁が薄いのか、中から聞こえる子どもの声。

教会に、たくさんの子どもの声となればおそらく、

「孤児院もやっているのか?」

「その通り。みんないい子ばかりだぜ。さあ、入っちまおう!」

そう言ってアイラが教会に入って行く。

その後に続く私達。

昼なのに薄暗い教会に私達が踏み入れたその時、いくつもの影が私達に襲いかかる。

「わ、わー!」

アイラの悲鳴が教会に響いた。





「アイラねーちゃん、おかえりー!!」

まあ、普通にこの教会の子ども達だ。

3人、か。

少なくともアイラ以外は少し前から気配で分かってはいた。

当のアイラは驚いたことが悔しいのか、顔を赤くして怒っているのだが、

うん、何も言わないのも優しさだろう。

強いて言うなら、子ども達は皆笑顔だった。



そんな微笑ましい一幕を終え、私達は教会の食堂に案内される。

そこでは、何故かエプロンをつけたマーティン司教が料理を大きな長テーブルに並べているところだった。

彼はこちらに気付くと笑顔で話しかけてくる。

「おお!来てくれたか。歓迎するよ。もう少し待ってくれ。料理は出来ていたな。今運び終わるところだ。」

「大丈夫だよ。これで終わりだ」

そう言って出てきたのは、料理を抱えた修道服の老女だった。

「そうかい?よし、それじゃあみんな座ってくれ。ケイトの料理は絶品だよ。」

促され、私達は席に座る。それを見た、マーティン司教にケイトさん、それに子ども達も席に着く。先程の3人に加え、残り4人と子どもは全員で7人らしい。

「では、頂くとしよう。女神とケイトの愛に感謝を。」

「「「感謝を」」」

そうして、私達の昼食会が始まった。


料理は全てケイトさんの作である。

ケイトさんはマーティン司教の奥さんで、この老夫婦は教会を経営しながら孤児院として、身寄りのない子どもを引き取っている。

「それにあたいみたいに、宣教師になりたいやつの指導もしてるんだ。ここはこのチェルミでも人気なんだぜ。」

「はっはっは。まあ、ここはケイトのおかげで美味しい料理が食べれるからな。それに指導と言っても、ここで礼拝の仕方を教える代わりに子どもの相手もしてもらったり、教会の掃除なんかもしてもらっている。結局、こちらが助けられているんだよ。」

「この人はお人好しでね。ま、マーティンとこの教会を支えられるのは私ぐらいなものさ。」

熱いようでなによりだ。

「先生も若い頃宣教師だったんだぜ。その時の話を大聖堂の礼拝で聞いて、あたいも宣教師を目指したんだ。」

「そうだったんだ。僕も少ししか聞けなくて残念だったよ。宣教師といえば、マーティン司教はどんなところに…」

まあ、彼らとの会話はテオに任せればいい。

子ども達は料理に夢中だ。私も見習うことにしよう。

ちなみに今の席は、テーブルの片方に司教夫妻とアイラ、テオ、ユニ、私の順だ。

その向かいに子ども達が並んでいる。私の向かいに、年が上の大きい子ども達が座っているのは、おそらく司教の心遣いだろう。小さい子では、仮面が気になるだろうからな。


さて、肝心の料理だ。

見た感じほとんどは、一般的な料理でガインの街でも食べられるものだ。

その中に、初めて見る料理がある。

いや、正確には初めてではない。

おそらく小麦粉で作った台を丸く平たく広げ、その上にトマトなどの野菜とチーズを乗せて焼いたもの。

それは地球で、ピザと呼ばれ親しまれていた料理そっくりだった。

しかし、この世界で見るのは初めてだ。ユニに聞いてみる。

「ユニ。あの丸い料理を知っているか?」

「あれ?ううん。知らない。」

するとケイトさんが、

「それはチルクム。ここら辺の古い言葉で、丸いって意味さ。この国では昔から食べてるけど、グラントではないのかい?」

と教えてくれる。

「ええ、初めてみる料理です。」

そう答えると、

「お兄ちゃん!これ美味しいよ。アンナ、チルクム大好きなの!」

と、アンナというらしい少女が教えてくれる。

そう勧められれば食べないわけにもいかないし、私自身もすごく食べたい。

注目されてしまったが、今までのように俯いて口だけ出せば、大丈夫だろう。

一口食べると予想通りピザのような味だ。ただトマトソースは塗られていないため、香ばしい小麦の匂いと肉、野菜の味がダイレクトに届く。

「本当だ。とても美味いな。」

私が感想を言うと、子ども達からも嬉しそうな声がする。

好きな物を褒められれば、誰だって嬉しい。大人も子どもも関係なくだ。

その後も子ども達からオススメを聞きながら、私達は食事を楽しんだ。

ケイトさんの料理はどれも美味しく、彼らが孤児にもかかわらず幸せそうな理由の一端がよく分かる。


気づけば料理が終わり、みんなが満足していた。

片付けを申し出たが、それは子ども達の仕事だからと遠慮された。

子ども達も子ども達で、口々に任せてとか大丈夫と言うので、お言葉に甘えることにする。

私達は今、教会内の応接間にてマーティン司教とお茶を頂いている。

「本日はお招き頂き、ありがとうございました。しかし、招かれた側でこのように言うのもなんですが、よろしかったのですか?あんなに豪勢な食事を。」

「ルーク君は若いのに随分としっかりしているのだね。しかし、心配は無用だよ。街からは十分な支援を貰っている。それこそ、子ども達とたまに贅沢出来るくらいはね。むしろ、子ども達にとってよい刺激になった。感謝はこちらこそしなければ。」

確かに、この教会は古くはあってもボロくは無かった。流石は礼拝都市ということか。

「そうだ。支援は十分なのにね。」

それは思わず出た独り言だろう。私達に聞かせるつもりは無かったに違いない。

「先生?何か困ってるのか?」

アイラが尋ねると、マーティン司教はハッとして誤魔化した。

「いいや、なんでもないさ。すまなかったね。」

「嘘だろ?助けになれるかは分からないけどさ、何か困ってるなら教えてくれよ。」

「僕も同じ意見です。何かお役に立てるなら、今日のお礼をさせてください。」

アイラとテオの言葉に、しかし司教は答えず私に質問してきた。

「君達はいつまでこの街にいるのかい?」

「まだ決めていません。今夜、今後の予定を決めるつもりでしたが、多少ゆっくりしてもいいと私は思っています。」

「そうか。なら、もしかしたら出会うかもしれないし話しておいた方がいいかもしれないな。」

そう言って、司教は話し出した。

「とはいえ、出来ることがあるのではないのだよ。実は先々月あたりから、ある若い修道士が受愛証とかいうものを売っていてな。お守りのようなものだといい、なんでも買うことでアレクシア様の愛が多く向くようになるというのだよ。特によそから来た観光客を狙っているそうだ。やめさせようと何度か話しているのだが、効果はなくてね。」

「受愛証ですか?そんなものがあるのですね。」

「もちろん、教会が認めているわけではない。アレクシア様の愛は誰かに多くいくとか、そういう類いのものでは無いのだよ。おそらくは金儲けのつもりなのだろうが、それにしては何か贅沢をしている様子はない。むしろ本人は慎ましい性格でね。本当に何故、こんなことをしているのか理解出来ないんだよ。」

「そのお話ぶりだと、お知り合いですか?」

「ああ、一度うちの教会にも修行に来てね。アイラとは面識は無いが、それでも私の教え子の1人だよ。まあ、そういうわけだ。もしそんな訳の分からないものを売りつけられそうになったら断って欲しい。」

「分かりました。確かに、私達に何か出来ることではなさそうですし、せめて買わないようにします。」

「そうしてくれれば、とても助かるよ。」

私達はその後、お茶が終わった頃に教会を後にした。

思ったより長居してしまい、夕方少し手前の時間だ。

私達は今日はもう宿に戻ることにしたのだった。


「全く、先生を困らせるなんて、なんて教え子だよ。」

宿の部屋で、アイラはそう言って怒っている。

私は今日も仮面を外していた。例の瞑想の効果は確かなようで、もう誰も吐くことは無さそうだ。

「とはいえ、司教の言うように出来ることはないだろう。結局その修道士の名前も教えて貰えなかったのだから。」

因みに、修道士は下積み時代の呼び名だ。修道士が複数の司教の承認を受けて司教になり、教会を任されるようになる。その上には枢機卿がこの国に何人かいて、地域毎の司教達を管轄しており、その上に大主教と言われるアレクシア教のトップがいる。

「ルーク、そういう問題じゃ、ない。」

「そうだぜ、ルーク。これは人の気持ちの問題だ。」

そう女性陣から非難される。あれ?これは私が悪いのか?

「ルーク。こういう時は正論はあまり意味ないんだよ。男は黙っていたほうがいい。」

テオが小声で言ってくる。

「そういうものなのか?」

「って父さんが言っていた。そう言って黙ってたら母さんに、なんか言ってって余計怒られてたから、あまり信用してないけど。」

「手詰まりじゃないか。」

というか、あのカイゼル師匠達でも夫婦喧嘩とかするのか。

そんな風に話していると、

「ルーク、聞いてる?」

とユニから突っ込まれる。

私はその日、男女間の理解の難しさの片鱗を理解したのだった。


翌朝、どうするか決める際にユニから、

「今日は1日寝ていたい」

と希望があった。

以前にもこんなことがあった気がするが、テオに聞いた話だと、ガインの街でもユニはたまに、一日中寝る日を作っていたらしい。

そういうことならと、今日もまた以前のように自由行動にした。

テオはアイラに案内され教会や関係書籍を扱っている本屋を見るらしい。

私も誘われたが、馬に蹴られる趣味はない。まだそういう関係では無さそうだがな。

そういうわけで、私は特に目的を決めず散歩することにした。

芸術で有名な国の年だ。何かアクセサリーのような物を扱う店があれば、ユニへのお土産にしよう。昨日怒らせてしまったしな。

そう思い、街を歩いていると、

「そこの旅の方、少しお時間よろしいですか?」

そう、声をかけられるのだった。

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