第一章、グラント王国編
第1話 2歳児にして二つ名を持つ男
そこは見知らぬ部屋だった。
いや、違う。私はここを知っている?
「お目覚めになりましたな。」
「では、旦那様達をお呼びして参ります。」
しわがれた男性の声と若い女性の声。
そちらを見ると、苦々しい顔をした小太りの初老の男性が私の方を見ていた。
手には何か桶のようなものを持っている。
奥にはメイド服を着た女性が扉から外に出るところだ。
そこで私は自分が誰かを思い出す。
私の名前はルーク・ギ・ゼルバギウス。
2歳だ。
まあ、私自身ふざけたことを言っている自覚はある。
だが残念ながら事実。
訳の分からない状態なのに、冷静すぎるのは、私の中にあるらしい前世の記憶が教えてくれるからだ。
これは異世界転生という、前世の世界では比較的よく読まれた話と同じ状況だと。
あるらしい、というのも私が前世の記憶を思い出したのが、まさに今この瞬間だから。
私自身の感覚としては、さっき病院のベッドで死んだら、いきなりルークという2歳児になっていた、という状況だ。
少なくとも私は、説明好きな超常の存在にあった覚えはない。
他に分かることは、と目を覚ました私が顔を横に向けると、部屋に2人の男女が入ってきた。
男性の方は茶色い髪にハリウッドスターのようで、本来は整っている顔を歪めてこちらを睨んでいる。
横の女性も、男性と同じく苦い顔をしているが海外映画のヒロインが務まりそうな金髪碧眼の美女で、まさにお似合いの2人だ。
こんな表情でなければ、見る人を魅了するに違いない。
どちらも若く、おそらく二十そこそこだと思われる。
彼らは扉入ってすぐの場所に立っている。
男性が口を開き、吐き捨てるように言った。
「ちっ、生き残ったか。」
「あなた先生の前ですよ。気持ちは分かりますけど、ね」
そこで気付くが、彼らは微妙にこちらの顔を見ていない。
視線を逸らし、お腹辺りが凝視されているのを感じる。
「なんでこんな者が我が家に生まれてしまったのか。」
「ごめんなさい、あなた…」
「いや、俺こそすまない。考えなしだったな。お前は何も悪くないよ、エリアス。」
「でも、本当になんでこんなことに。これもアレクシア様の与えられた試練なのかしら?」
「俺には分からん。しかしこれも、アレクシア様の愛子の1人と言われれば、こうして医者を呼ばないわけにもいかないしな。」
「もしかしたら、アレクシア様だってこれは愛せないのではないかしら。」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。それは、俺たちが決めていいことではないよ。」
「ええ、そうね、あなた。大丈夫、あなたとならこんな試練だった耐えられるわ。」
その口調からは、お互いがお互いを深く愛し信頼していることが伝わってくる。
内容を気にしなければ、感動さえするやり取りだ。
彼らの言葉や表情は、2歳の赤ん坊に向けるそれではない。
第三者ならば怒りを覚えたであろう言葉や態度だ。
しかし私は既にこの現実を受け入れている。
それよりも私は、2歳児としての経験が私の両親であると教える目の前の男女と私自身について考えていた。
男性の名は、ジルグ・ギ・ゼルバギウス。私の父だ。
そして横の女性はその妻、エリアス・ギ・ゼルバギウス夫人。当然、私の母。
2人とも、ここグラント王国の貴族である。
そして私は既に言ったようにゼルバギウス家長男、ルーク・ギ・ゼルバギウス。
前世の記憶と、これまでの2年間の記憶が混ざり、一つの意識になる。
私は改めて状況を理解する。
高熱を出し倒れた事と前世の記憶が蘇った事。
熱を出したから思い出したのか、思い出したから頭が処理できず倒れたのか。
どちらが先かは分からないが、私が生死の境をさまよっていたのは事実だろう。
そこから生還したことも。
そして両親の残念そうな顔も理解できる。
本来ならば、我が子が生死の境を乗りこえたならば安堵するなり喜ぶなりするだろう。
それをしない、むしろ残念がるのははっきり言って、私が両親から蛇蝎のごとく嫌われているからだ。
より正確に言うならば、両親及び使用人、つまりこの屋敷に住む全ての人間から私は嫌われている。
それも死を願われるような勢いでだ。
同席している外部から来た医師は別だと言いたいが、彼も私にいい感情はないだろう。
部屋の中の少し酸っぱい不快な臭いが希望的観測を抱く前から壊してくれる。
私を嫌う面々に同情的でさえあるのが、表情から伺うことが出来た。
私も、2年間をこの体で過ごしてきた。
嫌われる理由を共感は出来ずとも理解はできる。
むしろ、前世の私よりも若い両親に同情できるし、こんな子供の世話をしなければならない使用人の面々にも同情する。
そして短いながら1つの人生を終えた記憶を持つ今の私は、この状況を諦められる程度には、精神的に大人になってしまっていた。
誰だってこんな赤ん坊は嫌だろう。
0か1なら私を受け入れてくれる人もいるかもしれないが、他の選択肢があるならばそちらを選ぶのは確実、そんな赤ん坊だった。
いい加減答えを言おう。
はっきり言って、私は不細工だ。
それもちょっと変と言うレベルではなく、ギリギリ人間の顔と認識できるか出来ないか、その境を探るような、むしろ認めることを本能が拒否するような冒涜的な顔面。
私を取り上げた産婆が思わず嘔吐し、その後直前まで大きな不安とそれ以上の希望を持っていた若き夫婦に嘔吐と絶望を与えたこの醜い顔こそが私が周囲から嫌われる理由だ。
今でも、私の顔を見る人は例外なく嘔吐する。
『吐き気を催す赤ん坊』
それが、前世も含めて私が初めて手に入れた二つ名だった。
彼が大人になった時
彼は世界をどう見るだろうか
世界は彼をどう見るだろうか
世界はまだ知らない
いずれ英雄と呼ばれる男の誕生を
彼とその仲間が紡ぐ物語を
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