第9話 倒叙を捻ると犯人当てになる?
※今回は「刑事コロンボ」及び「古畑任三郎」各シリーズ諸作の内容に多少踏み込んで触れています。具体的には
コロンボ:『二つの顔』『さらば提督』『マリブビーチ殺人事件』
『死者のギャンブル』
古畑 :『今、甦る死』
のネタバレ注意!ということで、よろしくお願いします。
大変ご無沙汰しておりました。
応援をしてくださったタイミングで、本作に沿ったテーマがぱっと閃いたので、勢いに任せて書いてみました。
だいぶ粗い出来ですが、とりあえず上げてしまおうということで、ご笑覧ください。
ファンの方なら百も承知でしょうが、「コロンボ」シリーズは倒叙推理物として長く続いたが故に、ときに倒叙推理という型そのものをおとりにしたツイスト(捻り)を試し、実行してきました。
どういう意味かを簡単に説明すると、こいつが犯人だと思って安心しきっていたら違った、という捻りです。
倒叙推理で犯人らしく登場した人物が実は犯人ではなかったとなると、それは倒叙推理ではないのではないか?と言いたくなる向きもあるかもしれませんが、「倒叙推理物と思わせて実は違う」ということ自体が視聴者(読者)に対するトリックの一つなので、そのような作品はやはり倒叙推理物だと呼ぶべきでしょう。ネタバレを避けるため、視聴者・読者の楽しみを阻害しないためには、それが誠実さにつながるでしょうから。
それでは倒叙推理のツイストにはどんなものがあるのか。そして新たなツイストを想像する余地はあるのかどうか。そういったところを見ていきたいと思います。
まずは「コロンボ」シリーズから、捻りのあった記念すべき最初の作品は、『二つの顔』です。
眼目は、「Aが犯人だなと思って見ていたら、Aには双子のBがいると示され、そもそも殺しの場面で犯行をやっていたのはAなのかBなのか?」というもの。
本エピソードについては、『刑事コロンボ完全捜査記録』(町田暁雄 監修 宝島社)でも言及されているように、コロンボは犯行時の映像を見ている訳ではないので、双子の存在が明らかになったからと言って、気持ちに変化はないはずなんですが、実際には「参ったねこりゃ」みたいな表情をする。これで視聴者も完全に引っ掛かってしまい、犯人は双子のどちらなんだ?という思いに取り憑かれる。見事です。倒叙推理が浸透し始めた頃合いにこれを仕掛けられたら、一般視聴者はころっと騙されたことでしょう。
さて、同書では本エピソードに関して、“倒叙映像ミステリならではの離れ業”というキャッチフレーズが付けられています。
倒叙映像ミステリならでは、というのは本当にそうでしょうか。
いや。小説の形で同じ趣向は不可能か?と問われたら、ノーでしょう。同じ趣向を実現する方法は、たいていの人は思い付くはずです。
防犯カメラか何かに、犯行現場を出入りする人物の顔がはっきり映っていたことにして、それから双子の存在が明らかになる。
映像で双子が現れる場面に比べたらインパクトは弱くなるでしょうが、文章でも充分可能です。防犯カメラでなくても、人とぶつかって一瞬目撃される、というのでもかまわない。西村京太郎の作品にもそういった設定の物がありました(倒叙推理には分類されていないと思いますが)。
では、この手の捻りの更なるバリエーションはどんなものがあり得るか。
最も単純な広げ方は、三つ子、四つ子……と人数を増やしていく。六つ子ともなると「おそ松くん」状態で、どうしてもユーモアミステリになってしまいそう。
双子ABの内のAが犯人で、罪をBに擦り付けるつもりだったが、BはAと同じ顔なのが耐えられず、密かに整形していた……なんてのを思い付きましたが、このままでは掌編にしかならないかな。
次に「コロンボ」シリーズに現れたツイストは、『さらば提督』です。個人的には、『二つの顔』よりもこちらの方が好みです。
まあ、真犯人を指摘する際の決め手は犯人の失言によるもので、弱いんですけど、倒叙推理と犯人当ての融合という観点から、両ジャンルの特徴的な雰囲気がともによく出ている気がするので。
このエピソードでの捻りの眼目は、「(第一の)殺人の犯人だと思ってた人が殺されてしまった。一体誰が真犯人なんだ?」です。厳密には第一と第二の殺人が同一犯であるかどうかの検討が必要ですが、小さな子供の頃に観た私なんか、そこら辺はすっ飛ばして、頭の中が「え? え? じゃあ真犯人は誰?」となりました。持って行き方も含めて、巧みな作品だと思います。
この手法を小説でやるとしたら、そのまんま移植することでも実現可能でしょうが、やはり他にもバリエーションが考えられると思います。
一例までに、だいぶ前に思い付いてメモだけ取ってなかなか書けないでいるネタになりますが――
描写は基本的にAの一人称視点、もしくはAの主観に立った三人称で、まずはAが被害者Bを襲う場面を描く。
翌日、Bの遺体が発見され、何やかやあって他殺と判断されて本格的に捜査開始。シリーズ探偵のXが色々調べ、Aを容疑者の一人として認識するが、決め手がない。探偵Xの敗色濃厚のまま物語は終盤を迎え、突然、Xが関係者を集めて犯人を指摘する。それはAではなく、別の容疑者Cだった。Aは自分がBを殺したものと思い込んでいたが、とどめを刺したのはCであり、Xがなかなか真相に思い至らなかったのもCの偽装工作のせいだった
――と、こんな具合。Cを犯人だと指摘するまでに、読者に納得してもらえるだけの伏線や証拠などを出すのが難しくて、今のところ手付かずで放置(汗)。
それはさておき、要は、自らを犯人と思い込んでいる人物の視点を採れば、このアイディアは結構広げようがあるのではないかということです。
「コロンボ」に見られる倒叙のツイスト、三つ目は新シリーズから『マリブビーチ殺人事件』。初見時では、クライマックスの妙な空気のせいもあり、何これ?って感じてぴんと来なかったんですが、先に挙げた『刑事コロンボ完全捜査記録』に載っている解説を読んで、作品を観直して、何とかよさを理解できました。同書に感謝です、ほんと。
本エピソードの眼目は、「AがBを銃で殺した → Bは撃たれるよりも前に死んでいたと判明 → その時間帯にアリバイのあるAは犯人じゃない → やっぱりAが殺していた」という込み入り方。
一度犯人と疑われた人物が、物語の途中でやっていないと証明されるが、最後になってやはりやっていたという筋書きは、通常のミステリなら数多あるとは言えないまでも、希な展開では決してないでしょう。それを倒叙推理に当てはめたのが秀逸。
このアイディアは、より複雑にすることで膨らませることは可能でしょうけど、労苦に見合った効果が読者に与えられるかどうかはちょっと疑問です。すでに元ネタの段階でそれなりにややこしいのに、いたずらに複雑にしても読者がぱっと感覚的に理解してくれないことには、効果は薄まると思えますから。
いじるとしたら、死に様の方でしょうか。たとえば「保険金目当てでBの自殺を他殺に偽装したAだったが、司法解剖によりBの死は正真正銘の他殺と判明し、しかもAを犯人と示す物証が出て来る」ってな感じの状況を土台にすれば、色んな方向に話を持って行けそうな気がしません?
「コロンボ」シリーズ四つ目の倒叙ツイストは、『死者のギャンブル』。今回挙げたコロンボ四作品の中では、一番低い評価になりましょうか。
眼目は「犯人AがBを殺すつもりで自動車に爆弾を仕掛けるが、Bはジョギング中にひき逃げに遭い事故死。車の爆弾は無関係のCの命を奪ってしまう。やがてAはBの交通事故死は知り合いDによる殺人だと見抜くも、Dに殺されてしまった」といった流れになります。うーん、複雑。
一つ前の『マリブビーチ殺人事件』でも膨らませにくいのだから、これは言わずもがな。二つの殺人決行が偶然重なるという展開にする必要があるので、何度も使える手法じゃないし。
とりあえず、応用するに当たっては、Bの死が最初から明確な殺意のある殺人だと分かるように描く方がいいと思います。元ネタのストーリーだと別の犯人が関係者の中にいるということがなかなか明示されないため、焦点がぼやけた嫌いがあるように感じられました。
最後は「古畑任三郎」シリーズから一つ。『今、甦る死』です。
これの眼目は、ずばり、あやつり殺人。Aの犯行と思わせて、Aは自覚がないままBに操られていただけだった、というアイディアを結実させるため、かなり特殊な設定を無理してやったなぁとは思いますが、よくできていると感じました。惜しむらくは、俳優の格のせいで、真相を見抜かれやすくなっている点かも(汗)。
あやつり殺人もまた、ミステリではいくつか作例がありますが、多くはないはず。倒叙推理となると本エピソードぐらい? 他にもこんなのがあるよという情報・データをお持ちでしたら、ぜひ教えてくださいませ。
これまた応用を利かせづらいアイディアですが、いっそ開き直って、漫画「金田一少年の事件簿」シリーズに出て来る殺人プランナーのような存在を登場させるのもありかな。計画立案A、実行Bという風に。そして倒叙推理として描くからには、B単独の犯行だと読者に思わせつつ、Aが黒幕だと分かるような伏線や証拠も提示しなければいけないので、ハードルの高い難題になると予想されます。
ここまでは過去の倒叙ツイスト五つを参照しつつ、それらを元にした別のツイストを考えてきました。成果はともかく、考えやすいことは考えやすいと思います。
ならば過去のアイディアに頼らず、一から考えて、全く新しい倒叙ツイストを創出できるかどうか?
まあ、“全く新しい”は大言壮語ですので、これまでに列挙した五作品とは違う傾向の倒叙ツイスト、ということにします。それでも難しいですけど……。
・どっきりのつもりで「人が倒れて死ぬ」芝居に付き合っていたAだが、相手のBが本当に死んでしまった。このままでは犯人にされてしまうと、焦るA。その内、第二の殺人が起きてCが死ぬ。Aは取り調べを受けていてアリバイ成立:実はBを殺したのはC。そしてAは元々Cを殺すつもりで機械仕掛けのトリックをセッティングしていた
・周囲の者達のお芝居で、Aは自分が友人Bを死なせてしまったと思い込む。ところがその後Bは本当に事故死してしまい、さらにCが殺される事態に。:Bを死なせたと思い込んだAは、自首を考えたが、その前に恨みのあるCだけは殺しておきたくて、実行した
・倒叙推理のシリーズ探偵が真犯人
・犯人Aからの視点のみで全編を綴る。倒叙推理のシリーズ探偵Xを相手に丁々発止のやり取りを繰り広げた……かのように読者には思わせて、実はAが別の人物をXと勘違いしていた
これくらいで。
前の二つは、芝居という状況設定との組み合わせ。
あとの二つは、シリーズ探偵のあり方に、叙述トリックも取り入れてみました。
こんな風に、別のアイディアとの組み合わせに活路を見出せるかもしれませんね。
でも、倒叙推理のツイストばかり書いていると、読者が引っ掛かってくれなくなるのもきっと早いでしょう。
普段はオーソドックスな倒叙推理をコンスタントに書き続けて、たまにツイストを入れるから大きな効果がある訳で。ほどほどが肝心だと思います(笑)。
それでは。
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