第7話 決め手を決めて

 キャラクターだのトリックだのと、大きな括りで述べる回が続きましたが、倒叙推理を書きたいんだよ~と思っている方々には、どちらかというと些末なことだったかもしれません。つまり――

「キャラクターは私が好きなように設定するに決まってる! ツンデレとヤンデレの刑事コンビだ」「いや、悪役令嬢的なワトソンのいる迷探偵にする」とか。

 あるいは「凝ったトリックなんて思い付かん。思い付いても倒叙じゃない本格ミステリで使う」「渋くてダンディな中年男性が犯人だと明らかにしておいて、そんな人物が針と糸で密室を作ってたらおかしいでしょ」とかではなかったでしょうか?


 それでは倒叙推理を書くために一番大事なのは何?

 第一回において、実際に倒叙物を書くに当たってのポイントを三つ挙げ、その中で一番重要なもの、作品の出来不出来を左右するのは決め手だとする旨を記しました。

 これを前提に、今回は本エッセイのタイトルに立ち返ったつもりで、倒叙推理における決め手ってどうやって作ればいいんだろう?ってなことを、考えていきたいと思います。



 一番大事な決め手には力を入れたいところですが、その分、難しい。独自色を出すのは至難の業であると個人的には感じています。

 裏を返すと、独自色に拘らなければ、割と発想しやすい“虎の巻”的なものもあるにはあると断言します。

 というのも、倒叙推理好きが高じて(?)、私も御多分に漏れず、昔々に倒叙物をいくつか書いたことがあります。今とは異なる名義で、小説投稿サイトではないところに上げていました。

 拙作に用いた決め手で、独自色があると言えそうなのはせいぜい二つで、あとは亜流、バリエーションの類だったと思います。後者はそれだけ容易に発想できる証と前向きに捉えます(苦笑)。


 そんな訳で、あまり凝っていないアイディア、言い換えると多くの人が思い付きそうで、なおかつ応用範囲が広そうなものを挙げてみます。以下で中黒“・”の作例はバリエーションとして捻り出したつもりですが、もしも既存の作品と被っていたらごめんなさい。



:「新発売」「新商品」

 これだけだと何のこっちゃ分からないかもしれません。犯人を追い詰めるために“期間の限定”が必要な場合に、新発売や新商品、つまり発売されて間もない品物を絡めると、非常に使い勝手がいいのです。


・凶器が新発売の包丁で、犯行日時が特定され、その日被害者宅を訪ねたのは犯人だけ。


・ダイイングメッセージに使ったペンが発売された時点で、すでに被害者は死んでいた。偽のダイイングメッセージの内容が書けるのは犯人のみ。


・被害者の口紅を調べると新商品。犯行当日、犯人のジャケットの背中側に被害者が密かに口づけしており、証拠になる。


 とりあえず、品物を色々と置き換えるだけでも変化を付けられて、便利。同工異曲にはなるでしょうけど、倒叙推理としての格好は付くはずです。

 無論、そんな作品ばかり書いていると、物語序盤に伏線のつもりで「新商品の××」と記述しただけで読者に勘付かれるようになること間違いなしですから、ご注意を。


 そんな「新発売」「新商品」の変化球と言えそうなのが、「公開」。

 長年秘密だったレシピがついに公開されたとか、解けば高額賞金がもらえる暗号文が公開された初日とか。単に品物を置き換えるよりも捻りを利かせられて、読者にも比較的勘付かれにくい?



:「病」

 こちらは先程よりは分かり易いでしょう。

 犯人が病の症状を示しているのは、実は被害者からうつされたからであり、その感染するタイミングは犯行時以外に考えられない、みたいな論法です。

 応用としては……決め手ではなく、自殺を疑うきっかけのアイディアになりますが、ある人物が部屋で首吊り状態で見付かる。自殺と思われたが、その現場は外部から持ち込まれた花粉がいっぱい。花粉症の被害者がこんな場所で自殺するはずがない、という感じ。


 ここに昆虫や動植物関係も含めていいかもしれません。

 虫や獣は、そいつに刺されたり噛まれたり毒でやられたりした痕跡が現場までのルートを使った証拠になるパターンが多いです。

 植物も同パターンが多いですが、ウルシはあまりにも有名なので使いづらい。植物は野っ原に出なくても、野菜や果物という形で、虫や獣よりは日常的かつ気軽に接する機会があるので、そちらの方面に目を向けるのがいいかと。


・陸の孤島と化した集落で殺人発生。関係者の中で犯人だけが、身体のかゆみを訴えている。調べてみるとパパイヤアレルギーが原因と判明。事件当日、集落内でパパイヤを食べられたのは被害者宅だけだった。


・犯人は首尾よく被害者を殺すが、被害者が死に際に遺した言葉により、犯人は毒キノコを食べたと思い込まされる。なかなか解放されず、次第に顔面蒼白になっていく犯人。



:「変化」

 大雑把すぎて、また分かりにくくなったかもしれませんが、人物や風景などに起きた変化のおかげで、犯人の完全犯罪が崩れ去るケース。


・アリバイ証明のための写真。一年前の同じ祭を映したものを今年だと偽る。半年前に亡くなった人が映っていて嘘がばれる

※アリバイが崩れただけでは決め手とは言えないかもしれませんが、コロンボシリーズにもアリバイを崩して幕切れの作品がありますし、許容範囲ってことで。


・被害者宅には何度も出入りしており、髪の毛が落ちていても証拠にはならないと高をくくっていた犯人。が、あっさり逮捕。自分が床屋に行ったばかりなのを忘れていた。



 以上の三つが、倒叙推理の決め手に使いやすい、発想の素になるかと思います。倒叙推理を初めて書くんでしたら、お手軽なのは「新発売」「新商品」。読者に比較的悟られにくいのは多分、「変化」でしょう。


 さあこれですぐに書ける!ってものじゃないでしょうけれど、クライマックスシーンが頭の中で浮かぶのでは? クライマックスの描写から始めて、そこに前の方の部分を付け加えていけば、いつの間にか倒叙推理が一作、書けているかもしれません。(^^)


 今回はここまでということで。ご愛読、ありがとうございます。


 それでは。

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