第5話 トリックに凝らないわけ、もう少し&余談

 すみません、前回予告から内容変更です。


 最近、図書館から借りてきて読んでいる本の中に、『アガサ・クリスティー完全攻略』(霜月蒼 講談社)がありまして。

 途中まで読んで、これはぜひ購入してずっと手元に置いておきたい!と思えるくらいの名著であり、クリスティー作品の優れたガイドブックです。

 本稿は倒叙について語るものなので、この書籍に関してはほどほどにしないといけないのですが、たまたま、倒叙推理の性質を紐解くためのヒントになりそうな文章があったので、適宜引用します。


 同書のP112、『ハロウィーン・パーティ』の項目にて、“クリスティーの犯人たちは殺し方に凝らない。”との一文が出て来ます。

 続けて、“「殺人計画」には凝るが、「殺し方」は単純”で、“刺す、撃つ、殴る、毒を盛るくらい”だと記してありました。

 さらに、同じこと(凝らない)は“クリスティー作品の死体にも言える。”と来て、

過剰に演出された死体、噛み砕いて言えば、死体を血塗れにしたり頭部を切断したりと殊更に怖がらせるような装飾はしない、わずかな例外はトリックと密接に関係している旨を綴っています。

 そして、クリスティー作品にそういった死体が登場しない理由として、“ゲーム性のきわまったミステリであること”と“殺しの動機が現実的だから”としています。



 同書のこれらの文章を読んできて、私は、倒叙推理も同じじゃないかな?と思ってしまいました。

 「コロンボ」や「古畑任三郎」シリーズで描かれてきたような倒叙推理は、


・基本的に、犯人と探偵役との対決、知的ゲームの側面が強い


・犯人は殺人計画には凝るが、殺し方は単純(コロンボ「意識の下の映像」の殺し屋の如き射殺っぷりときたら……)


・過剰に演出された死体は出て来ない、血塗れも少ない(旧コロンボでは刺殺が一つもない!)


・殺害動機は現実的(一番この例から外れるのは古畑「赤か、青か」の観覧車爆破でしょうか。それも含めて動機が現実的でない――殺すほどじゃない――犯人は、意図せずに死なせてしまったケースが目立つ)


 といった具合に、まあ全て当てはまると見なしていいのでは? ひいき目でしょうか。


 まとめると、「現実的な動機から殺人計画を立てると、殺し方は自ずと無駄を削ぎ落としたシンプルな方法になる」ということになりそう。


 もちろん、いわゆるいかにも本格本格した本格ミステリには、動機は現実的だけど、物凄く凝ったトリックを駆使して、死体にも派手な演出を施したよという作品が多数存在します。

 それらと倒叙推理が並び立ち、ミステリファンとしてどちらも楽しめるのは、幸せですけど、不思議な気もします。本格ミステリの様式美を許容するのは“たしなみ”だとして、倒叙推理にはその様式美が入り込む余地がないように思える。

 理由を考えてみるに、多分、倒叙推理は犯人の心理描写、内面描写に多くを割くため、現実的な人物像でなければ大多数の読者が乗れない、共感できないからじゃないでしょうか。

 理解しがたい動機や単なる殺人狂では、作品のジャンルそのものが違って見える、というのもあるかもしれません。



 ここから余談です。ちょっと長め。

 「コロンボ」の制作スタッフはアガサ・クリスティ作品が嫌いだった、見下していたなどという逸話があり、初めて聞いたとき私は、そんなことあるかなあ?と疑問に思った口です。

 クリスティ作品を嫌っていたとする根拠は、


・「長距離フライトの御供にはクリスティ作品がいい、よい睡眠薬になるから」という意味の台詞があったこと


・クリスティ作の舞台劇への出演を打診された俳優(犯人)が、「あんな田舎芝居」と断ったこと


・クリスティを思わせる高齢の女性ミステリ作家が犯人のエピソードがあったこと


 この三つでしょうか。他にもあるかもしれません。

 で、正直言って、ぴんと来ない。

 クリスティ作品のほとんどはよい睡眠薬になるとは思えない(眠るのも忘れて読み通してしまい、あとで寝不足に陥ることはあっても)し、三番目の犯人アビゲイル・ミッチェルに至っては、非常に魅力的でキュートと言ってもいい描き方をしている。「田舎芝居」発言をした犯人は、「コロンボ」シリーズ史上一番のさらし者状態で、エンディングを迎えている。あの場面なしで、コロンボが仕掛けた逆トリックをダーク刑事に打ち明けて終わりでも全くかまわないのに。

 実際のところ敬意を払っていたとも言われていますし、上記三つは人気の衰えないクリスティ作品へのやっかみ込みのエール、ラブコールに思えます。


 今回はここまで。

 次の予告はしない方がよさそうなので(汗)、また何か思い付いてそれなりにまとまったら書きますということで。


 それでは。

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