第4話 トリックまで明かすのは勿体ない?

 ……論の流れが渋滞気味です(汗)。

 先に、日本における倒叙推理の二大メジャー「コロンボ」「古畑」ではトリックの影が薄い理由を考察しようかと試みましたが、ざっと書いてみて想像推測の域を出ませんし、説得力や面白味もないので没に。


 予定通り前回の終わりを受けて、トリックのジャンルを挙げつつ、倒叙推理との相性など色々書いていってみます。


1.アリバイトリック

 倒叙物に最も用いやすいトリックは、アリバイトリックだと思います。

 元々、アリバイ崩しを主眼に置いたミステリは、倒叙推理と似ていますよね。

 探偵役がアリバイ崩しに挑むには、容疑者が特定されていなければならない。そしてその容疑者が犯人であることが多い。これ、倒叙推理とほぼ同じ図式ではないでしょうか。

 ならばいっそのこと、倒叙で描いちゃえという次第です。



2.密室トリック

 本来、密室トリックは倒叙推理と相性がいいはずなのです。

 犯人がターゲットを自殺や事故、病死に見せ掛けて殺したのなら、現場を密室にすれば駄目押しになるのだから。

 そういう作品が実際には多くないのは不思議です。案外、倒叙推理に密室トリックなんて贅沢で勿体ない、と作者が考えるのかも?

 確か麻耶雄嵩の作品に、倒叙物ではなかったですけど、密室トリックを端から種明かしした良作がいくつかあった記憶が。そういう、密室トリックを“捨てトリック”に使ってでも面白い作品に仕立てる、ぐらいの気構えが求められるのかもしれません。



3.ダイイングメッセージ

 断るまでもなく、ダイイングメッセージは犯人が仕掛けたトリックではない場合もあります。ここでは、その点も含めて、倒叙で描くメリットを探ってみたい。

 そのメリットとは、倒叙推理でのダイイングメッセージは、誰がこしらえた物かを読者に示せる、です。

 通常のミステリでは、ダイイングメッセージの謎は提示する時点で、被害者が書いた物なのか、犯人の偽装工作なのか、被害者が書いた物を犯人が改変したのか、それとも第三者が介在したのか明白にできません。

 これって実は結構面倒な問題を含んでいる気がします。たとえば、名探偵はダイイングメッセージの謎を被害者が書いた物として解いたけれども、答合わせのしようがない。極言すると、名探偵の推理は大外れかもしれないし、そもそも被害者が書いた物かどうかすら不確定です。


 倒叙推理なら、そんな心配は無用。誰の手によるダイイングメッセージなのか、最初から明示できます。被害者もしくは犯人がメッセージを残しているときの心理描写も行えば、答合わせすら可能になる(読者にとって謎ではなくなりますが……)。

 さらに、叙述的なトリックと組み合わせることで、ダイイングメッセージを書いた人物が誰なのか読者に一度信じさせたあと、ひっくり返すことも可能でしょう、多分。



4.一人二役系

 種明かしがされるまでそのトリックが使われていること自体、読者には分からない――そう言われるのが、一人二役の類のトリックです。変装や整形手術も含みます。

 まあ当然です。普通に考えて、一人二役を使ってますよと予め読者に知らせるのは、作者にとってデメリットしかない。※実際には、一人二役を予告した上で、逆手に取ったミステリもありますが、本稿の本筋ではないので割愛。


 倒叙推理で一人二役を用いると、どんなパターンが考えられるか。

 探偵役が、一人二役のそれぞれに事情聴取に行く?(新コロンボにあったような……)。現実的でないきらいはありますが、構図としては面白い。

 一人二役の内の一人分だけ読者に明かし、残りは伏せる。シリーズ探偵でないのであれば、探偵役と犯人の一人二役もあり?

 一人二役に見せ掛けて、実は二人三役(など)である。こうなってくると、倒叙でありながら、殺しを実行したのが誰だか分からないという描き方ができそう。



 ここまでは、程度の差こそあれ、工夫すれば倒叙推理に溶け込ませることができそうなトリックを見てきました。

 ならば逆に、こいつは倒叙推理と相性が悪い、というトリックとは?



5.人間消失など

 袋小路に追い詰めた容疑者が消える、すれ違うはずの人が消える、部屋に入ったところをずっと見張っていたのに踏み込んだら消えている……人間消失は魅力的な謎ですが、倒叙推理との相性はどうでしょう?

 最前に挙げた一人二役系と絡めれば、ひょっとしたら使えるかもしれませんけど、それ以前の問題として、人間消失と倒叙推理とで読者の興味が分散してしまう恐れが。

 倒叙の犯人が起こす犯罪と人間消失とが密接に関連したストーリーならいいじゃない、とも考えられるのですが、人間消失のトリックって、消える当人以外に何名かの協力者がいるパターンが多い気がするんですよね。一方、倒叙推理だと当然、犯人が端から明らかになってる。その犯人が人間消失に協力してるんだなと読者が予想しちゃうことで、人間消失の謎の強度が減じられる懸念があるような。


 同じことが、豪快系トリックにも言えそう。

 島田荘司の提唱した本格ミステリ論、物語冒頭で詩的で美しい謎を!というかけ声は、倒叙推理にはそぐわない気がします。倒叙推理も本格たり得るのに、冒頭に詩美性のある謎が配された倒叙推理というのは、想像しても思い浮かびません。

 あるとしたら、同氏『奇想、天を動かす』(光文社カッパノベルス他)のような犯人の意図せざる形で謎が結実するパターンかな? そういうのを犯人が用いるトリックと言っていいのか、少々疑問ですが。



 かなり大まかにですが、代表的なトリックのジャンルを倒叙推理に当てはめて、その活用を考えてきました。

 言及していないのは、意外な凶器や動機、あと暗号といったところでしょうか。

 三つの中では、動機が特にいいかな。犯人が分かっていながら動機がさっぱり分からないというのは、魅力的な謎ですよね。



 トリックがなくても書ける、書き易いであろう倒叙推理に、あえてトリックを絡めたらと検討するのはある意味不毛かもしれません。反面、二大メジャーの「コロンボ」「古畑」には見られない魅力を持たせるには、トリックは武器になる。その再確認ができたかなと。



 今回はここまで。次回の内容は未定ですが……バレバレなのに頑張る犯人、新コロンボは何故いまいちなのか、通話記録調べたら一発じゃん!といったフレーズが浮かんでいます。

 倒叙推理を書くときにやりがちなミス、みたいなテーマで行けたらいいなと思っております。


 それでは。

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