第3話 倒叙の犯人はトリックに凝らない
予定変更もあり、少し迷いましたが、三回目は「倒叙推理とトリック」というテーマで検討してみます。
ここで言うトリックとは、作中で犯人が駆使する欺瞞行為を意味します。作者が読者に仕掛ける叙述トリックは無論のこと、手掛かりや決め手のアイディア等も除外して考えますので、あしからず。
いきなりですが質問です。
倒叙推理を小説や漫画で読んだり、映像作品を観たりしてきた方々へ。
「あの倒叙推理作品の、このトリックは凄かった!」
という感想を抱いた経験はどれくらいありますか?
私は……あまりありません。
ぱっと浮かぶのは、「コロンボ」シリーズの一つ、『殺しの序曲』のメカニカルな仕掛けでしょうか。映像としてインパクトがあったのが大きな理由で、純粋にトリックとして評価するとそれほどでもないかな……と。仕掛けの痕跡をずるずると引っ張らなきゃいけないし。
同じく、『パイルD-3の壁』の遺体を隠すトリックは豪快さや完璧感があっていいんですが、その前の段階で何で“あそこ”を捜索しなかったの?という疑問が。
新「コロンボ」では、密室が出て来たのにほぼスルーで、最終盤になってコロンボがちゃちゃっと解いて終わり、みたいなのもありました。犯人が使うトリックは重視されていない証と言えそうです。
「古畑任三郎」シリーズではどうでしょうか。
『殺しのファックス』のトリックは柔軟性がなく、そのトリックのせいで犯行が露見する訳ですから、手間の割に効果が薄い。
『さよなら、DJ』はコロンボ『秒読みの殺人』を正面からアレンジしたと言えそうな作りで、トリックは同工異曲ながら面白い。ただ、その面白さはやはりこのトリックを用いたがために(余計なことをして)犯行が露見する点にあると言えそうです。
その他、ドラマのエピソードリストを眺めて思い起こしてみると、第三シーズンの諸作に、トリックに拘った物が多い印象ですが、これは凄い!のレベルには達していないかなと。
唯一、ファイナルの1『今、甦る死』は凄いと呼べるかもしれないのですが、残念なことに厳密な意味での倒叙推理に徹していない点、さらにドラマではそのキャスティングのせいで想像がつきかねず、勿体ない。
色々と勝手なことを書いてすみません。恐惶謹言の心地でございます。
改めて考えてみるに、倒叙推理を書くために凝ったトリックは必要条件か?と問われたら、答は確実にノーでしょう。
連載第一回目で記した、倒叙推理を書くために押さえておくべきポイント三つに、トリックは一切関係ありませんでした。
端的に言って、トリックがなくても倒叙推理は書ける。
まあ、ぶっちゃけてしまえば、倒叙に限らず推理物はトリックがなくても書けるはずです。ただ、通常の型の推理物は、トリックがあった方が組み立て易い側面はあると思います。
では倒叙推理は? トリックがあった方が組み立て易いか。
繰り返しになりますが、倒叙推理はトリックの有無にかかわらず、三つのポイント
・本当は他殺ではないかと疑うきっかけ
・犯人に容疑を向けるきっかけ
・犯人を特定する手掛かりやロジック
これらがあれば書ける。むしろトリックを組み込もうとすると、バランスを欠いたり、現実味が薄れたりして、書きづらくなる向きもあるかもしれません。
仮にミステリ・ビギナーの人が「ミステリを書きたい、けどトリックを思い付けないから無理だろうな~」と躊躇しているのでしたら、倒叙推理なら取り組みやすいですよ、くらいのことは言えそうです。
と、ここまでトリックと倒叙推理の関連性に否定的な見解を示してきました。しかし、既存の倒叙推理シリーズ作品で、トリックに拘ったものがないわけではありません。
本稿でタイトルを再三出している漫画『探偵ボーズ21休さん』では密室トリックや身代金奪取のトリック等、ふんだんに描かれています。
また、これまで言及してこなかった推理小説「福家警部補」シリーズ(大倉崇裕 東京創元社)も、凝ったトリックを使った作品が多く見受けられます。
前者は犯行時にトリックの詳細を描かず、謎として読者に提示する。
後者は、犯行時に計画の完璧さを読者に見せて、さてどこから崩されるのでしょうという興味を一層かき立てる。
それぞれこういった狙いから、トリックに力を入れているのじゃないかなと想像します。
個人的には、「コロンボ」「古畑」とは違う特色を打ち出すには、トリックに力を入れるのも一つの手だなと実感させられました。
さて。
倒叙推理を書くに当たって、トリックに力を入れる方針を決めたとしましょう。
ではどんなトリックがいいのか。倒叙推理に比較的向いているトリックのジャンルなんてものがあるのか。あるいは、個別のトリックを倒叙推理向きにアレンジするのが正しいのか。
次は、具体的なトリックのジャンルを挙げて、あれこれ考えてみるつもりでいます。
それでは。
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