??.Suicide Note Of Colchicum


Suicide Note by Aina

[○月○日○曜日 ねえ?お兄ちゃん、見てる?この世の音は聞こえてる?ぼくがいる世界の音は聞こえている?ぼくはいま3-240号室で毎日暮らしているよ。ただ体調を崩して動けないんだ。今までは精神的な病を患っていたけれど、今はもう身体的な病に侵されている。そばには、お兄ちゃんと、ぼくの、お父さんがいるんだ。ぼくを優しくベッドに寝かせて看病をする。ぼくも、死ぬかもしれない。そういえば、お兄ちゃんの恋人のカナウも死んだよ。お互い憎みあってたレイさんも死んださ。ま、最初に死んだのは、お兄ちゃんだから、これから色々教えてあげるね。その代わり、ぼくにも色々教えるんだよ?お兄ちゃんが教えてくれなければ、ぼくは怖くて怖くて仕方ないからね。お兄ちゃんが花より綺麗なストーカーと化した日はいつからだったかなあ。ぼく、記憶が曖昧すぎて困っちゃうよ。もう随分と、お兄ちゃんの顔も声も全く見ていないけれど、意外と生きれるもんなんだね。]

「アイナ、大丈夫か?」

「お父さん。震えが止まらないよ」

お父さんはぼくの額に手を当て、熱をみた。

「熱はない」

「でも、震えるの」

[○月○日○曜日 痙攣の症状をお父さんに訴えた。あ、お兄ちゃんはこの人がお父さんだと言うことを知らないね。胃の中のお兄ちゃんに紹介するね。これが、ぼくたちのお父さんなの。正真正銘の父親なんだ。お兄ちゃん覚えているかな?とってもカッコイイでしょう?さすが、ぼくたちのお父さんだね。お兄ちゃんはフラッシュバックに襲われて立っていられなくなるかもしれないけど。イオリお父さんって言うの。お兄ちゃん見て、今お父さんはぼくを愛でている。カナウのお葬式のとき、お父さんはやってきた。その時は先生って呼んでいたよ。ぼくとお父さんと、サクラで、火葬まで全て終えた。遺骨を持ったぼくたちは、お兄ちゃんが轢き殺された横断歩道に向かった。ここまで渡りきれば助かっていた、横断歩道の向こう側の花壇。カナウの遺骨を土に混ぜ、スノードロップを植えたんだ。

お父さんは、外灯と信号機の微かな光しかない中で話を始めた。

「お前は、カナウの死を望んでいたんだね」

「当たり前だよ」

「先生の死は望むか?」

「望むわけないじゃん。先生、大好きだよ」

「じゃあ、お父さんの死を望むか?」

「お父さんは、もう過去のことだから」

先生は今更、何を言い出すんだろう。お父さんに苦しんだのは遠い昔のこと。ぼくは痛みも思い出さず、返事をした。

「この俺がリョウとアイナのお父さんだと言ったら、アイナはどうする?」

「えっ...?」

ぼくは意味がわかなかった。お父さんとの再会は有り得ないと思っていたから。先生が、お父さん?

「先生、ぼくのお父さんなの?」

「ああ、そうだ。俺が、リョウとアイナの父親だ」

そう言うと、ぼくを抱き締めてきた。信じられないぼくにさらに話を続けた。

「今まで悪かった。俺もな、色々あって。どうしても、リョウとアイナに当たってしまったんだ」

あの惨劇を繰り広げてよく平気でいられるな、と内心思ったが、この口調は本気のようだ。

「色々?なに?教えてよ」

「3-240号室に行こう」

ぼくの手を引いて、3-240号室へと歩いた。食卓の椅子に座らされたぼくは、全てを暴露された。たった2枚の家族写真も見せてもらった。

「近親相、姦?お兄ちゃんとぼくは、近親相姦で生まれたの...」

「そうだ。だから、未発達な部分が多かったんだ。悪かった。本当に悪かった。アイナが許してくれないと言うのなら、お父さんも死んで償う。」

土下座したお父さんは拳を握って、泣き始めた。

「許してくれ、アイナ...アイナ...アイナ...」

「お父さん...」

お父さんの掠れた呪文のような声に脳みそは支配された。ぼくは、許してしまった。許せるものではないのに、許してしまった。

「このことを知ったら、お兄ちゃんはなんて言うのかな」

「多分、殺す。お父さんをぐちゃぐちゃにして、殺しにくる」

震えるお父さんに次はぼくが抱きついた。抱き返して、もう、2人で泣いた。たくさん泣いた。幼かったぼくのように、2人とも泣いた。

「お父さんを許してくれるか?」

「うん、もうしょうがないよ」

許してしまったぼく。ふと、ぼくがお兄ちゃんを犯していた過去が蘇ってきた。ぼくは、お兄ちゃんに謝ることはしないだろうね。それが、正しい愛情表現なのだから。


お父さんと3-240号室での生活を始めた。精神科医をしながら、ぼくの面倒を見てくれた。帰ってきた深夜には、勉強を教えて貰った。とても賢くて、素敵だった...。だんだん、お父さんの笑顔に惹かれていった。お兄ちゃんのお父さん。とっても綺麗だった。美味しい食事も作ってくれた。吐き気を催しても、優しく対処してくれた。幸せな家庭になっていったんだ]

そんなとき。

ぼくは、突然、身体の痙攣が止まらなくなった。そして、歩行が出来なくなって、姿勢を保つことが出来なくなった。痙攣が止まらないストレスで、ぼくはまた気が狂ってきた。

「アイナ、何か食べたいものとかはあるか?」

「手、」

「えっ?」

「手とか足とか、食べたいの」

「それは、人間のか?」

「そう。食べたいの」

お父さんは平然としていた。

「はやく、はやく、手を、足を、」

「アイナ、それは無理だ」

尋常ではないほど人間を食べたくなってきた。お父さんが美味しそうに見えてきた。香ばしい肉汁が垂れて。ぼくは我慢できずにお父さんの手首に噛み付いた。

「アイナ痛いよ」

「んんっヴっ、」

ぼくを突き飛ばしたりはしなかった。頭を撫でて、逆にこの行為を望んでいたかのように。筋肉質で血管が浮く手首を何度も噛んだ。ただ、痙攣のせいで力も抜けて、噛みちぎることは出来なかった。自分でも五月蝿いと思うほど、唸り声を上げながら、何時間もやり続けた。その日は力尽きたが、ぼくは毎日やり続けた。

ある日、お父さんはぼくの痙攣の原因を告げてきた。

「アイナは今、クールー病という病にかかっている」

「なにそれ、知らないよ」

「ああ、知っている人は日本じゃ極少だろうね」

クールー病は遺体や脳みそを食べた人間に起こる病だという。

「人間をいつ食べた?言ってみろ」

「あんまり覚えていないけど、車の中で女性を襲って、切断して、食べた」

「そうか、それが原因だろう」

レイさんを食べたことを正直に言った。また、閉鎖病棟にぶち込まれる?まさか、警察に...なんて不安がったのもつかの間。お父さんはぼくの看病をすると言い始めた。

「これはもう治療不可能だ。余命は3ヶ月〜2年ほど。いつ死ぬかは、分からない。」

「そうなんだ」

少しだけ悲しくなった。でも、結構嬉しかった。だってぼくはれっきとした病人で、お父さんに死ぬまで看病してもらえるんだから。変に狂わなくても心配されて、人が離れない。

「どれだけ愛に飢えているんだ」

「いっぱい」

ワクワクしたぼくの様子を見て、お父さんは見抜いてきた。

「名前の由来、分かるか?」

「アイナの由来?わかんない」

「愛無し。アイナ。」

あまりにも簡潔すぎる由来に笑ってしまった。愛無し。アイナ。愛されそうな名前なのに、そんな由来があったなんてね。

「今、気分悪いか?」

「ちょっとだけ」

「そうか、今から買い物に行くけど、欲しいものはあるか?」

「分厚いノートとペン」

「わかったよ。もしストレスが発散できるようなものがあれば、買ってくる。」

ぼくはベッドで横たわったまま、お父さんをお見送りした。数時間後、大きな袋を両手に持って帰ってきたお父さんは、食料を冷蔵庫に詰めたあと、要望通りの分厚いノートとペンを渡してくれた。

「これは何に使うんだ?」

「症状とか、気持ちとか、メモをつけたくて」

「そうか」

ぼくは頭の中で、大掛かりな遺書ノートを作ろうとしていた。一枚の遺書ではなく、めまぐるしく想う全てをまとめようと。死を感じた瞬間に、遺書ノートを読んで耽れるよう。お兄ちゃんやカナウが出来なかったことをしたかった。とりあえず今日は、痙攣する手をうまく使って病状を書いた。

「アイナ、見せてよ」

「やーだ」

お父さんが覗いてきたので、パタンとノートを閉じた。悔しそうに微笑む顔を見て、少しだけ気分が楽になった。眠る時は、いつもお父さんが隣に潜り込んで、抱き締めてくれる。

もうひとつ。大きな袋を寝室に持ってきた。植木鉢と土と、小袋に入った種を出した。

「お父さん、それなあに?」

「コルチカムっていう、有毒の花だ。」

「へえ」

あまり興味は湧かなかった。毒があるんだ。綺麗な花なのかな?床に新聞紙を敷き、植木鉢に土を流し込み、コルチカムを植えた。小さなジョウロで水をやると、ベッドの上にある、窓の下のテーブルにそれを置いた。

「お父さん、どんな花が咲くの??」

「それはお楽しみだ」

そして、ぼくはまた遺書ノートを書き始めた。

[○月○日○曜日 胃の中のお兄ちゃんこんにちは。早速だけれど、肉体が焼かれている最中の感想を教えて欲しい。夢の中の肉体は喋れなくても、魂からなにか発することは出来ないか?どうして、こんなことを聞くかって?ぼくも近々死ぬからさ。お兄ちゃんを殺し、レイを食べ、カナウを惨殺したとき、まさか自分の死がこんなにも近いとは思いもしなかったけれど、死ぬのが分かっているのならまあ仕方ないよね。日本人ではありえない病らしいよ。お兄ちゃん的に、ぼくが死ぬなら本望?肉体を失い、魂になったぼくから、お兄ちゃんは逃れられるのかな?これから、れっきとした闘病生活が始まるわけ。事故で一瞬にしてあの世へ飛び立つのと、苦しみもがきながら死ぬの、どちらが苦しいかな?異なる苦しみを抱えながら、それぞれ焼かれるときの想いってなんだろうね。だから、とりあえず、お兄ちゃんは焼かれている最中の感想を教えてね。]

「おと、ぅ、さ、ん。」

「喋りにくいのか?」

「うっ、ん」

吃音のような話し方になったぼくは、どんどん不調が増えていった。朝昼とやることがないので、震えながらも、遺書ノートを長々と書いていく。

[○月○日○曜日 今日も食欲がなくて、気分が悪いんだ。姿勢を保ったり、立つことも不可能なんだよ。ステージが三段階あって、今ぼくは第一と第二の半ばくらいかなあ。不思議なことに、また人間を食べたくなった。人間を脳内で想像すると、とってもとっても美味しそうに見えてくる。皮膚から肉汁が垂れて、そこらじゅうに漂う香ばしい匂い。食欲がないのに、人間は食べれそうなんだ。実はこの病は、死体や脳みそを食べたことにより、引き起こされるものなんだ。ぼくも難しいことはわからないけれど、感染症なような感じかなあ。え?アイナは人間を食べた?そうだよ、ぼくは、お兄ちゃんが憎んでいたレイを食べたのさ。手足と、脳みそ。とくに、脳みそは美味だった。ま、それはともかく、早く想いを教えてよね。お兄ちゃんが教えてくれないと、ぼく怖いじゃない。お父さんのことだから、ぼくを死体のままにしそうだけど。もし遺骨になった場合は、誰がぼくのことを食べるのかな?カナウの遺骨なんて食べたくないよね。お兄ちゃんの死体で嘆くカナウはたしかに綺麗だったけど、食べる気持ちにはならなかった。あーあ。お兄ちゃんの死体も食べれば良かったな。そうすれば、お兄ちゃんの身体から病気が貰えたかもしれないのに。]

風邪のような症状も出てきた。クールー病での症状ではないはずだが、なぜだろう。頭を悩ませたお父さんは、特別な施設へと連れて行き、クールー病ということを隠したまま、ぼくにエイズ検査を受けさせた。

[●月●日●曜日 お兄ちゃん、今日、エイズ検査を受けてきたよ。お父さんが突然、検査をしようって言ってきたんだ。身体の不調が大きくなっただけだと思ったから、連れていかれたときは不満だったよ。でも、立てないし、歩けないし。されるがまま。もしこれで、陽性だと出たら、ぼくは誰から拾ったんだろうね?お兄ちゃんと性行為をしたのって、随分前のことでしょう?そのあと、すこぶる元気だったし、なんなら、大暴れしたよね。こんな遅く症状って出るものなのかなあ。でもね、精神病院の開放病棟に移ったときから、変な話だけど、お尻に違和感を覚えていた。痛くて苦しくて。気持ち悪かった。起こったものはしょうがないし、死ぬことは既に分かっているから、ま、なんとかなるでしょ。お兄ちゃんから貰ったエイズだと、いいいなあ?]

数週間後。ぼくは痙攣が止まらなくなった。受け答えも難しくなった。遺書ノートに書く文字もガタガタだ。

「アイナ。陽性と出た…」

「そ、うな、の?」

[●月●日●曜日 お兄ちゃん、ぼくはエイズだったらしい。神様の仕打ちを受けているようだね。お父さんに、治療をしないで。とお願いした。お兄ちゃんがいつまで経っても、想いを教えてくれないから、ぼくは怖くなってきたよ。だんだんと、追い詰められてきた。お父さんが豹変する様子は全くないし、逆にどんどん優しくなっているんだ。この様子をお兄ちゃんが見たら何を想うのかな?また、アイナだけ。って言うかもしれないね。あのときのお兄ちゃんの顔は、嫉妬と絶望に狂っていた。羽や毛を毟り取られ、食べられるはずじゃない運命の白鳥が、まるで、焼かれてしまうような。お兄ちゃんは悲しき白鳥だったのかもしれない。最近また、マリスミゼルを聴きだしたんだ。だから、こんな上の空のことを書きたくなってしまう。死にたいと願っていなかったお兄ちゃんと、死にたいと願っていたカナウと、死ぬとは思わなかったレイさんと、余命が近づくぼくと。意外と、みんな仲良しになれるかも。悲劇のヒロインって、居ると思う。みんなに嫌われてしまうけど、本当にいると思う。悲劇を争うのは無意味だから、悲劇のヒロインはみな平等に辛いと思うよ。お兄ちゃん。もう想いを強要するのはやめるから、これからどんどん書いていくよ。そして、このノートは、お兄ちゃんの大嫌いなお父さんに授けて、居なくなったぼくたちが読めるようにして貰う。ああ、苦しいよ。]

とりあえず、強い効果がある痙攣止めの薬と風邪薬を服用している。治せないと分かっていても、死ぬまでの経過が辛いのだ。薬を服用して、少しだけ症状が落ち着いたぼくは、お父さんが買ってきてくれた、シリコンの手の模型を齧っていた。ゴミを食べていたときと同じ感覚だ。

[●月●日●曜日 そういえばぼくって、薬を飲んだことがなかったね。お兄ちゃんも知らないよね?薬って、とーっても苦いんだ。飲み込み方を間違えると、舌や中途半端な場所で溶けきらずに、苦い味が残るんだよ。こんなにも苦いものを知らなかった。あとね、筋肉が衰えていくのがよく分かるんだ。筋肉の筋が一本一本解けていくように、寝ている体勢なのに、それすら不安定になる。余命が分かっているのに、死にたいなんて考えるのは、愚かだよね。不眠に陥っているから、余計に考え、脳内がパンクしそうだよ。どうでもいいことをひたすら考えるのは、現実逃避もあるらしい。お兄ちゃんは、カナウを監禁しているとき、何を考えていたの?死にそうなカナウを見ながら、幸せを感じていたの?監禁されているワイフを、愛でるのは楽しかった?本来なら、ぼくを監禁するべきなのにね。お兄ちゃんである以上、愛情でアイナという弟の人生を誘導して欲しかった。]

お父さんに「N.p.s.N.g.s」をかけてもらった。

[●月●日●曜日 「太陽になりたくて、月の上でぼくは胸にナイフを突き刺して遊んでいる」こんな詞があるんだ。素敵だよね。ある日、お兄ちゃんへの純粋な愛情を抱いたことがある。ぼくは、お兄ちゃんを照らす太陽(お嫁さん)になりたくて、初めて外の世界へ飛び立った。空を飛べたらどれほど良かっただろう。わざわざ、足を使わずとも、空を羽ばたいて、お兄ちゃんのもとへ舞い降りることが出来たならば。そうすれば、お兄ちゃんもぼくのことを擬人化した太陽だと想い、暖かい気持ちになれただろうね。]

「あはっはっは、あはっあはっは。」

「どうした?」

「あははーはははっ、あははっひひひ」

笑い声が制御できなかった。こんなに奇妙な症状があるのかと驚いた。脳内に高くキツイ笑い声が響いて、酷い頭痛が起こった。額に大量の汗を滲ませ、微熱が治らない。痙攣も酷く、薬も効かなくなってきた。筋肉自体が緩み、運動失調を引き起こすらしい。お父さんは仕事を休む時間を多くして、ぼくの看病をしてくれた。白い布で額の汗を拭い、全身を慎重にマッサージしてくれる。

「おと、さ、あはっひっ、こ、」

「アイナ、お前よく痙攣を起こしているのに、文字をかけるな」

ぼくは遺書ノートとペンが置いてある場所に指をさして、とってもらった。お父さんはぼくを褒めた。嬉しかった。まだまだ脳内は活発だ。騒音の中で、お兄ちゃんへの想いは止まらない。

[お兄ちゃん。最近夢も見なくなったよ。筋肉自体が傷んでいて、もう、薬も効かないって分かった。風邪みたいな症状も悪化して、人間を食べたいという欲求は少しだけ薄まった。ぼくが殺しておいて言うのはなんだけど、お兄ちゃんみたいに一発で死にたいと考えるようになった。ぼくが、お兄ちゃんの遺骨を食べて、カナウの前で爆笑したときのように、笑い声も止まらなくなったんだ。お父さんから、「制御できない笑い声も一つの症状なんだ」と教えて貰ったよ。驚いた。奇妙だよね。寝室に、鼓膜に、脳内に、ぼくの甲高い笑い声が響き続けるんだ。それでもお父さんはぼくに優しくしてくれる。「五月蝿い」なんて言わずに、額の汗を拭い続け、身体を労わってくれて。多分ぼくは、また、お兄ちゃんが気持ち悪いと言ったあの体型に戻っているだろう。痙攣が止まらず、筋肉が緩んでいるのにも関わらず、ペンを握り、お兄ちゃんへの想いは書き続けることができる。この遺書ノートの行き先は、ぼくも分からない。お兄ちゃんが憎んだ、お父さんしか分からない。お父さんはとってもいい人だよ。お兄ちゃん、もう怯えずに、全てをぼくたちに唱えてちょうだい。」

お父さんも笑うようになった。時間感覚を失っているから分からないけど、ある日、不思議な液体が入った注射器を手にしていた。その中には、真っ白な液体が入っていた。まず、ぼくの口の中に、ゆっくりと流し込んだ。微量だったのでゴクリと飲み込むことが出来た。気持ちの悪い感覚だ。舌触りも液体なのにプラスチックのようだった。すると、お父さんは布団を剥ぎ、ぼくの服を全て脱がせた。寒くて痙攣が酷くなった。お父さんはぼくの肛門に、注射器の先端を押し込んだ。そして、白い液体を注入した。

「ヴっぅ、おと、さ、さん、なにじえ、て」

「お父さんはアイナと結婚したいんだ」

[おとうさんがきもちわるいことをしてきてたよ。まっしろなえきたいを、ぼくの口と下はんしんにちゅう入して、そのまま、犯してきた。とつぜんのことだよ。お父さんが、本しょうを表したのかな?お父さんって、むかしから、自ぶん勝手だったよね。ぼくは震えながら、汗をかきながら、されるがままで、ていこうすることは出来なかったよ。お兄ちゃん、こんなにつらかったんだね。ぼくは、たくさん、お兄ちゃんを犯してしまった。お兄ちゃんは、よろこんでくれてると見えたのに。ぼくのかんちがいだったみたい。助けてお兄ちゃん、おとさんが、ぼくを]

「アイナ!アイナ!こんなものを書かなくてもいいんだ!お父さんだけを見続けろ!」

「やめ、やめ、やめ、やめ、だめ、だめ」

「あと1ページだけ書くんだ。それが、お前が最期に遺す、あいつへの想いだ。ほら、書け、アイナ、そんな愚かなことをするな。余生は、お父さんと、ずっと、ずっと。」

お父さんはだんだん、感情が不安定になってきた。本当は、クールー病にも、「感情が不安定になる」という症状があるみたいだけど、ぼくは風邪の症状でそんな余裕はなかった。代わりに、お父さんがかなり不安定になってきた。ぼくに、遺書ノートとペンを差し出し、本当の遺書を書けと言ってきた。それも、ぼくを、犯したままで。

「おに、とゃん、ぼく、もしぬ、おとさん、ひどくて、きらい、おとさん、ぼく、おかして、おこてくる、おにちゃん、だいすき、おにちゃん、は、わすれない、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、たす、けて、おにちゃん、にくたいになり、もどてきて、たましい、だして、あげるから、あいな、おにちゃん、だいすき、なの、おにちゃん、しかいないの、あいな、こわくて、つらくて、わからなかった、かなう、とられて、おにちゃん、ひどいこと、あうんかと、おにちゃん、ほんとに、助けて」

「アイナ。これで最期だな。」

「おとさん、それ、」

「ああ、この遺書ノートか?お父さんが」

「やめっ」

「食べちゃう」

そう言うと、お父さんは1ページ1ページを破り、ぐちゃぐちゃにして、口の中に放り込み、咀嚼し、飲み込んでしまった。

「おとさん、なんで...」

揺さぶられながら、初めて涙を流した。意外と、泣くことがなかった。あまりにも、肉体が追い詰められすぎて、涙は枯れきっていたのだ。お兄ちゃんへの想いや現状を書いた、大事な大事なノートは、ちぎられた跡を残したまま、また白紙に戻ってしまった。

「あはっはっ、おとさん、はっはっあ、はあはあは」

「アイナ、そうだ、笑え、笑うんだ。お父さんと暮らし、お父さんに犯され、幸せであると」

「おとさん、ふふ、ひっ、すき、だすき」

涎を垂らし、涙を零し、悲痛な笑い声を上げながら、ぼくはお父さんへ、思わず、大好きと言ってしまった。大好きなわけがないのに、なぜか、大好きと。お父さんではなく、お兄ちゃんが大好きなのに。お父さんへ、大好きと。突き刺さる肉棒が苦痛だ。なんにも気持ちよくない。ぼくの肉棒はしなっている。痛くて、苦しくて、筋肉がイカれてるから吐けなくて。ぼくは大きいと自負する目を、病人とは思えないほどギンギンに開けて、笑い続けた。無理矢理脳内をお兄ちゃんのことにした。幼き頃のお兄ちゃんとぼくの想い出。虐待され、無視され、放置され、捨てられて。苦し紛れに兄弟愛に目覚め、愚かにも本物の愛情を育み、ぼくは勘違いし、そして破綻。病んで病んで病んだぼくたちは、お互いを殺し合った。

「アイナ、お前はなぜ、あいつを好きになった。」

「すき、おにちゃん、すき。かっこよくて、かわいい」

「あいつの顔に惚れたのか?お前もあいつを犯したのか?」

「犯した、すきで、こわしたくなった」

「そのとき、あいつはなんと言ってた!?」

「あいな、きらい、だいきらいて。」

「今、その気持ちが分かるだろう?こんなにも苦しかったなんて」

「わかる、も、やめて」

そして記憶を失った。気絶したようだ。久しぶりに見た夢の中で、お兄ちゃんとカナウが手を繋いで、笑顔を見せあっている横で、ぼくは、お父さんに犯されていた。こんな有り様を見ているであろうカナウは、ぼくのことを嘲笑っているだろう。

ーー朝日が差し込んでいる。お父さんが仕事へと消えた。ぼくは動かない身体を意地でも動かした。死にかけの蝉よりも醜いと自分で想像した。咲いたコルチカムは、なんとも可愛らしかった。ぼくはそれを抜き取った。そして、口の中に運んで、食べた。


[お兄ちゃん。クールー病と、AIDS、近親相姦に耐えきれず、ぼくは、自殺を図りました。そういえば、カナウを殺しに行く前に、同じような花を見た気がします。お兄ちゃんへ書いた遺書ノートは、燃やされることもなく、憎き父親に食べられてしまいました。父親は、ぼくの死体を見て、手を出すことなく、葬式を行い、お兄ちゃんと同じく燃やされました。その時の想いは、何も無かったです。無限の彼方に放り込まれ、気持ちや感情、何も無かった。ぼくは今、花達に囲まれている世界に、全裸で眠っています。自傷した傷は薄くなり、真っ白な肌と、美しい顔なので、花達も受け入れてくれることでしょう。父親は3-240号室に小さな仏壇を作り、ぼくの遺骨を暮らしているようです。お花畑に居るぼくですが、そろそろ、お兄ちゃんのお姫様になりたいです。実は、遠いところに、大きなお城が見えます。そこで、二人で、結婚式を挙げたいです。お兄ちゃんのお姫様になって、お城で暮らしたい。カナウは灰被りの青年にしましょう。もう過去のことを悔やんだりするのはやめます。未来を悲観するのもやめます。お兄ちゃんのお姫様として生きれるようにします。ああ、花より綺麗なストーカーとお兄ちゃんが名乗り始めた時期から物語を振り返ると、どうして恋愛ってこんなにも複雑なのかと考えたよ。辛く、苦しく、悲痛で、毒々しい、それでも美しく、華麗で、儚く。光と闇、両面を持ち合わせているから、誰もが惹かれてしまうんだろうね。そして、人と人、他人と他人だから尚更。ぼくは、お兄ちゃんがここに来るまで待ち続けます。たとえ血が繋がっていて同性だろうとぼくは、ずっと待ち続けます。ここまで読んでくれて、気にしてくれて、ありがとう。もし、読んでくれなかったら、報われない何かが待っていることを忠告します。]

Colchicum--「私の最良の日は過ぎた」

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