1.僕は花屋で働く根暗野郎
1.僕は花屋で働く根暗野郎
「いらっしゃいませ」
都会の街並みに平凡な花屋があった。ウインドウからは都会の病んだ空気に似合わない煌びやかな花達がこちらを向いていた。気にしすぎかもしれないが、外で販売されている花達は少し元気がないようにも見えた。そんなこと、通行人は誰も気にしないのだけれど。店自体はスタイリッシュな外見をしていて、オシャレさんが通う雰囲気が醸し出されている。そこで働く金髪の青年がいた。目鼻が細く、分厚い唇、肌は真っ白で一見無愛想かと思われるが、接客をしている時の笑顔はとても可愛らしく、常連客からの人気も高い。「花よりかわいいね」なんて、よく言われてしまう青年だ。名前はカタカナで「カナウ」。カナウちゃんカナウちゃんと、セレブなオバさまたちからしつこく言われるのもしばしば。本人は根暗なため、あんまりいちゃつかれると気を重くしてしまう。今日も、愛想笑いを見せつつこっそりとため息をつきながら少々痛んでいる花をお手入れしていた。
「ほんと、赤いハサミお気に入りなのね。また新しく買ったでしょう?」
「赤が好きなので、やめるつもりはないです」
「もう心開いてくれたっていいじゃない、最初から否定形って」
アハハと微笑みレジに戻っていくのは、従業員のひとりであるレイ。黒髪ロングの綺麗な女性だ。女性があまり得意ではないカナウは、目を見るのすら緊張してしまう。話しかけられると頭が混乱して、出てくる言葉は全て否定形になってしまうほどだ。カナウ的には、常に二人で回しているから慣れるだろうと思っていたけれど、三年一緒の空間にいても慣れない。更にため息が増える原因でもある。
「カナウちゃん、接客お願いしていい?」
「わかりました」
花ハサミを優しくテーブルの上に置き、お手入れしていた花達をレイに渡し、接客に向かう。ああ、花達しか癒しがない。花より楽しいものないのかな。接客中も、カナウはそんなことしか考えられなかった。もっと、人生が楽しく煌びやかになるようなもの。いや、人生はきっかけだ。何か起きないかなと。ずっと受け身になっていちゃダメなのはわかるけど。
「カナウちゃんはほんっと、かわいいわね」
「ほんとよ〜。モテモテでしょう?」
「そんなことないですよ」
愛想笑いばかりの人生もいい加減にしたい。おばさま達のしつこいアプローチの裏で「レイさんと付き合いたいな」なんていう本音もある。当たって砕けろ!的なこと、好きなバンドマンがよく言ってたな。そんなことは自殺行為だとカナウは分かっていた。本当は、身の程知らずがと笑いたいだけなのにね、なんて、根暗特有考えすぎが止まらない。幻聴まではいかないけど、頭の中でラッパを鳴らす何かがわざわざラッパを止めて、罵声を浴びせてくる。こんな脳みそ捨ててやる!と意気込んだカナウだったが
「かわいいわね〜」
もう。無理だ。とたった一言で意思は潰されたのだった。鼻でため息をつき、気を逸らすためにウインドウに視線をやると、黒ずくめでフードを被った男?セミロングの女?がカナウを見つめていた。一瞬だけ見せた顔がとても綺麗で、見惚れてしまった。カナウの重すぎる脳みそが、叫んでいる。言葉に表せれない感情が支配して、思わず商品となる貴重な花達を落としかけてしまった。
「カナウちゃん?」
「どうしたの?」
「あっいや、すみません」
我に返り、接客に戻った瞬間、黒い影はなくなっていた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。」
無事に購入してもらえた。軽くお辞儀をし、お見送りまで完了。その後も、お客様を接客し続け、あっという間に退勤時間。朝頃やっていた、ひとつの業務である花達のお手入れもレイが終わらしてくれていたようだ。
「カナウちゃん、お疲れ様っ。」
既に制服を脱いで、帰宅準備が整っているレイは、わざとらしく香水を振りまき、カナウの肩を叩き帰っていった。
考えすぎる脳は好意的なことも考えすぎることがある。「まさか、レイさん僕のこと…」いやいや、童貞特有の抜けた思い込みだと落ち着かせることにした。制服を脱ぎ、カバンの中に放り込み、パーカーを着て、店の鍵を閉め、家路を辿る。街並みを外れた誰も居ない寂びた商店街、民家の背が割る街灯のない細道を出ると、一段と自宅が近くなる。ただのボロアパートだが。
「はぁ疲れ、え?」
誰もいないはずなのに真後ろから呼吸が聞こえる。おまけに足音。根暗特有の地獄耳を持っているから分かる。なぜか呼吸が。第二人格!?まさか霊。背筋が凍り、条件反射で後ろを振り向いた。
「うわぁっ!」
背の高い黒ずくめの影が見えて思わず叫んでしまった。スレンダーマンか!?と言わざるおえないくらい大きかった。全速力で走り、自宅の鍵を折れそうな勢いでこじ開け扉を閉める。過呼吸を起こしかけていたので、丁寧な呼吸に切り替えた。
「なんだあれ。結構疲れてるのか。働きすぎかな」
自分はメンタルが弱いと思い込んでいても、意外とその場に適応出来たりする。出来事が終わったあとも、疲れたなと思いつつ、生活に支障はでない。あまりにも過酷な環境に居るのなら話は別だが、カナウのような至って普通の職場なら、そうそう気付くことはない。
「意外とシフト入れていたし少し減らすか」
そんなことしたら生活できなくなるか。と思い直した。電気をつけカバンを放り投げ、ヨレヨレの布団にダイブ。薄く擦り切れた布団のせい。床からくる衝撃はもう慣れた。うーんと身体を伸ばすとバキバキと身体がないた。
「眠れるかな…」
まるでお化け屋敷を体験したかのような小学生の言葉だが、カナウは湯を沸かし、カップラーメンで夕食は済ませた。さっさと入浴を終わらせ、眠りに入る準備を整えた。
「そういえば、昼間にとっても綺麗な人がいたな」
眠気が一切来ない。脳内で走馬灯のように見せられる「今日」。入浴している間も、先程の出来事が気にかかって仕方なかったが、そういえば今日とっても綺麗な人を見かけたことを思い出した。根暗童貞な上耽美主義傾向のカナウは、結局身の程知らず!と自らを責めつつ昼間見た綺麗な人との真っピンクな妄想をしてしまった。カナウには重度の妄想癖もある。クールビューティは素敵だ。しかし眠れない。眠気が来ない。
「寂しいや」
かわりのない孤独な日々を過ごす中で、焦りを感じることはない。ただ、社会から遮断されたかのような今の時間、本当にやりたいことはなんだと。叶えたかったこと、いや叶わなかったことから逃げている日々は、本当に正しいのかと。自問自答を繰り返す。
「あ...ぁ」
いっぱいいっぱいになって叫びそうになった瞬間、瞼が強制的に下がっていくので、声帯が暴れる前に眠りに落ちていく。枕元に置いてある開封されていない、チョウセンアサガオの種を食べなくても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます