第37話
その男の名は、ポポスカ。
先日、間違った道へと踏み出しそうになったところ、とある事情から踏み止まり、一からやり直そうと決意した男だ。
「やってやる・・・やってやるんだ!」
声色と仮面越しの表情は明るくやる気に満ち、ギルドで受けた討伐依頼である魔獣を探すべく森の中を歩いている。
喜ぶのは利用者や民だけの、本人には働きの割りに合わない報酬の依頼を日中こなし、夜は自作した装飾品や装備品を売り小銭を稼ぐ。そうして得られたお金で購入したレイピアは、何処にでもあるような品であれど、凛とした姿勢が加わって、一端の冒険者以上に栄えて見えることだろう。
彼が今受けている依頼は、特定魔獣の間引き。
帝都や国を繋ぐ生活路に出没する魔獣や魔物を処理するという文字に起こせば簡単な依頼であろうとも。その実、キクノダイト鉱石を喰らい凶暴化した想定外の相手する場合も有れば、盗賊といった通行人を狙う者達と遭遇する可能性もある危険な依頼。
いくら依頼以外の魔物や魔獣を相手にしても得られる報酬は素材のみであって、盗賊と出遭おうものなら複数人を相手しなければならず。高級な素材が得られたり相手が賞金首であればいいのだが、その場合は相応な危険が付いて回る。
そうなれば、報酬に合わないとばかりに一般の冒険者は依頼を受けず、近隣の帝都や国の近衛兵らが対応に当たるのが場合が殆ど。
だからなのだろう。人が嫌がる依頼を率先してこなし、嫌な顔せず完了報告をするポポスカは、数日でギルドの受付嬢の話題に上げられるほどになっていた。
今日も同じく、帝都レディースレイクと隣国カルテットの生活路を見回りながら歩いていたのだが・・・
「・・・今日はやけに静かだな」
そう呟いてしまうくらいに、いつもと違う雰囲気を感じていた。
元々情報として持っているの魔獣や魔物の大移動。巷では山の主が倒れただと騒がれ、その対策の為か道中すれ違う見回りの近衛兵らが多いのだが、それも違う。
もっとこう言葉で言い表せないような胸騒ぎ。
不気味に感じるくらいに静かな生活路を歩くことしばらく。不意に視野に陰りが差した。
「?」
今つけている仮面は自作した仮面。先日露店をしていた際、どこか見覚えのある客が購入して行った仮面と同じものである。
位置がずれたのかと、直そうとしたと同時。
凄まじい地面への衝撃と音がポポスカを襲った。次いで降ってきた雨が、それに降り注ぎ、ある物体を赤く染める。
「―――は?え?」
仮面で若干目の周りが見えにくくなっていても、その魔獣の巨体は確認できる。それもとんでもなく大きな蛇だろう。だろうというのは、体から判断できるだけであって、首が無いから確定できないからだ。
苦しそうにのた打ち回る姿だけでも十分な恐怖があり、無造作に振り回される太い尻尾が次々木を薙倒す姿は身体を竦ませるには十分な効果を持つ。
「うええええええええええええええええええええ!?」
訳も分からず声が出ても、現実が変わるわけもなく。
どう考えても勝ち目なんて見当たらい中、いくら瀕死の傷を負っていようが、なすすべも無い。
何とか腰に携えていたレイピアを抜くのが精一杯であって、思考は混乱しただただ棒立ちに。
蛇は蛇で頭を失ってはいても、何故か身体だけでも動いており、最後に何かから足掻いているという感じだ。
記憶の片隅にはギルドの掲示板で、上級星向けの大蛇討伐依頼が出ていたような気もするが、まさかその大蛇だろうか。
運が悪い事にじわりじわりとポポスカとの間の距離が狭まってきているのだが、どうすることもできない。
蛇が力尽きるのが先か、自分が巻き込まれるのが先か。
万事休す。と、目を閉じた瞬間・・・
「くっ!!!」
ズブリという音が一つ。
「・・・・・・・・・・・・・・・ぅ?」
自分は死んだのかと思うが、どうも様子がおかしい。
何だかとても血生臭く、それでいて腕が包まれるように生暖かい。
恐る恐る目を開けるとそこにあったのは・・・
「―――!?」
肉壁。それも生々しい肉の壁だ。
正体は蛇首の断面。どういう訳か偶然にも、レイピアを持っていた腕へと蛇が自ら刺さりにきたのである。
これが仮に蛇の皮膚であったのであれば、当たり所が悪ければ即死もありえた。最低でも骨を何本と折るような深手を負っていに違いなく、不幸中の幸いか他者から見れば止めを刺したかのように見えてもおかしくない。ただただ血生臭く、まだ生きてるんじゃないかと錯覚するくらいにウネウネと動く肉の感触に全身鳥肌が立つ。
激しい嫌悪から、スポンッと反射的に抜いた動作は、たった今駆けつけた者達の度肝を抜く結果として映った。
何故ならその様子が大蛇を仕留めたように映ってしまったのだから。
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