第36話
ユーティリアは抵抗空しく、アナシア率いる侍女隊の手で準備がなされている頃。
帝都レディースレイクから東に位置する森の奥地で、豪快なくしゃみをするノクトが居た。彼の視野では、息子が自分の三倍はあろうかという背丈の蛇と戦闘の様子が繰り広げられ、彼自身もいつ巻き込まれても不思議ではないという位置に立っている。
ただ長いだけの蛇ではない。ギルドやクラウンに討伐依頼が出されている大蛇で、その危険性から星六つと定められている魔獣。
種族だけでいえば脅威でもなんでもなく、自分よりも大きな生き物と出会えばまず逃げてしまうほど。毒も持たない繁殖力だけが取り得の蛇は、市場にも食肉として並ぶ存在だというのに、この蛇だけは別格だった。
周辺に生えている木々よりも胴は太く筋肉質。動きも姿に似つかず俊敏で、岩よりも硬い鱗に覆われた皮膚は生半可な剣技は全て弾かれてしまう。
何よりも目を引くのはその牙。遠めに見ても分かるが、キクノダイト鉱石を食らって力を得たと想像に容易い牙は大きい。折られた濃い黄色の大きな牙は本来有るはずのない毒を持ち、短剣ほどあろうかと言う牙を避けても、掠ればそれだけで致命傷ものだ。
ところがである。
大蛇は全身傷だらけ。必死の抵抗というべき猛攻を見せてはいても、その全てをサンラは余裕をもって対応ができていた。
防御しながら急所を探している動きは、安心して見れる要因の一つであろう。
「そろそろだな・・・」
あれだけ人間の急所を狙って攻撃し続けてきた大蛇の魔獣も、毒牙を折られ、体を乱暴に振り回すだけの只の獣へ堕ちた。周りの太い木々も圧し折れるだけの威力があろうとも、当たらなければ無意味。本来の攻撃手段でないそれは、あまりにも動きを読むに容易い。
どうやら黒星級の犯罪者との戦いでの経験が、サンラに著し成長を促した。ギルドの討伐依頼に上がっていた星六つ程度の魔物魔獣ならば、余裕を持って倒せるまでになっていたのである。
これ程の成長を見せられては、もう一度黒星級の犯罪者との戦いが見てみたいと思ってしまう。そして次回は、刃を潰しダメージを蓄積させず、平等な状況で手合わせしていたらどうなるのかと。
もっともっと見続けたい。そんな事を考えていた時だった。
ピシッ。
「ん?」
微かに聞こえた金属音。ここへ来てあるモノが悲鳴を上げる。魔獣でもなければ、サンラでもない。剣だ。
いつもの剣はここは無い。レディースレイクの王宮に預けてあるので、予備の剣を使っているのだが、体術で回避しきれない蛇の尻尾の攻撃を剣で受け続け、今まさに限界を迎えたようとしていた。
予備だから鈍らなわけでもないというのに、成長したサンラに剣の方が付いていけなくなるとは・・・
状況の悪さに焦る。
息子は気付いたのか分からず、強打を正面から防御しようものならばどうなるかは明白。
今の息子に分かるだけの経験場を与えていない。耳で聞き分ける、というよりも感覚で捉えられるに近い悲鳴は、経験を積む事でしか判断できないもの。
本来ならば音が聞こえた時点で飛び出し止めていた。けれど、これだけの急成長を目の当たりにして、少しでも長く見ていたいと思ってしまった。
実戦経験を積み重ねてきたギルドやクラウンのメンバー、己の実力は星五つ六つと評価をされた者達が集まって、初めて相手できるような魔獣を相手にしているというのに。
「っ!」
地面を蹴る。
間に入って止めるか、それとも・・・
選択肢はいくつかあったけれど、今は息子を最優先。となれば、選んだのは、最短で届く殴打。
「ここまでだ」
「え?」
息子と大蛇の間に身体を割り込ませ、
「せいっ!」
大蛇の頭目掛けて振り抜かれた一撃。
拳の威力は凄まじく、首から上の肉も骨も文字通り殴り飛ばした。まるで蒸発させたかのように跡形も無く。
残った太く長い胴体も、地面を蹴った勢いを相殺する為に利用し、大蛇の巨体を遠くへ弾き飛ばすと、綺麗な着地を決める。
「お父さん!?」
いきなり静観していた父親が突然現れれば驚くのも然り。あれほど自身が剣で切りつけても致命傷を与えれなかった大蛇を、素手で粉砕し巨体を遠くへ弾き飛ばしたとなれば、自然と目も点になるだろう。
父が割って入ってきたからなのか、それとも力量の差を感じてなのか、考えても思いつかない。
どこかに正解に通じる何かがあるはずと、考えるが・・・
ただ、どうしてか。今まで感じた事の無い感情が、サンラの心の中に芽吹いたのであった。
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